168.最終章 そして、迷宮の中で
―――オリジナル、局長がやってきたよ。
―――やれやれ、どこまでも怯え続けるだけなんだね。
―――ほんと、君は局長に裏切られたくないんだ。
―――でも、一つだけ言っておこうか。
―――もう誰も、君の思い通りになんてならない。
「デューク!」「デューク!」「デューク!」「デューク!」「デューク!」「デューク!」「デューク!」「デューク!」「デューク!」「デューク!」「デューク!」「デューク!」「デューク!」「デューク!」「デューク!」「デューク!」「デューク!」「デューク!」「デューク!」「デューク!」「デューク!」「デューク!」「デューク!」「デューク!」「デューク!」「デューク!」「デューク!」「デューク!」「デューク!」「デューク!」「デューク!」「デューク!」「デューク!」「デューク!」「デューク!」「デューク!」「デューク!」「デューク!」「デューク!」「デューク!」「デューク!」「デューク!」「デューク!」「デューク!」「デューク!」「デューク!」「デューク!」「デューク!」「デューク!」「デューク!」「デューク!」……
異次元の中央部に佇む、数千メートル級の巨大なビル。美しく儚げな外見が醸し出す沈黙の空間の中に、一つの声が何十、何百、何千と重なりあい、響き続けていた。
「どう?」
「駄目、やっぱりいない……」
「こっちも駄目……」
同じ姿をした女性たちはその数を増やしたり減らしたりしながら、この巨大なビルの中を常に自分たちで満杯にし続けていた。彼女の持つ増殖能力を駆使すれば、未知の空間であっても自分自身の予備を無数に作りだし、あらゆる場所をくまなく調べ上げる事が可能となる。にも関わらず、彼女……丸斗探偵局の局長、丸斗恵が探し求めている相手がどこにいるのか、手掛かりは一つも見つからなかった。
思い直せば、そもそも恵にもたらされた情報自体があまりにも曖昧なものであった。
今回の探し主と同じ遺伝子の持ち主であるヴィオ・デュークから、探偵局の助手であり、現在この異次元を本拠地に持つ『犯罪組織』に囚われの身となっている男、デューク・マルトの居場所が判明したと言う情報が入ったのは、今からだいたい一時間近く前。激闘の続くさなかに伝えられた情報は、彼女のみならず、その事を聞いた他の皆をも動揺させた。吉報であるという事と同時に、不吉な予感も漂わせる話であったためである。
この情報を彼らが直接知った訳ではない、というのは、栄司にはすぐにばれてしまった。今までここにいた全員が、目の前にいる何億、いや何十億人ものコピーデュークの対応に集中してしまい、彼らのオリジナルの安否について、最低でも一瞬頭の中から離れてしまう状態にあったからである。例え遺伝子に性格は反映されないとはいえ、長い間ずっと同じ性格の存在と共に居続けた彼らが、そう簡単に生まれながらの素質を変えられるはずが無い。そして、その栄司の仮説は、彼に襲いかかるニセデュークの言葉で証明された。
行くべきか、行かざるべきか。
明らかに相手は何かを考えているのは見え見えだった。目の前にいるのは数十億もの「神様モドキ」、時空改変で文字通り何でも起こしてしまう恐ろしい相手だ。そんな奴らの事を、簡単に信用する事は出来ないと言う事を、今まで彼らは何度も味わってきた。これは絶対に罠だ、と言い張る蛍の一方で、彼女の考えに栄司は真っ向から対立した。迫りくるデュークを足蹴りにしつつ、罠だと思わせる事がそもそも罠だ、と強く彼女に言ったのだ。裏の裏は表、真っ向勝負で挑んだ方が良いのではないか、と。しかし、探偵局やその仲間たちの多くは、一度自分の考えを決めると、それに批判的な対応をされれば逆に真っ向から対立し、絶対に考えを曲げなくなってしまう厄介な面々が多い。幸い今回はその怒りの矛先が現れ続ける燕尾服の男になってはいるのだが、それでも栄司と蛍の議論はやまなかった。
『『『『『『『『『『『『『『『『『『『『『……私、行くわ』』』』』』』』』』』』』』』』』』』』
議論の発端になりながら、次第に議論の輪から外されていた何十万人もの恵が、一斉に口を開いた瞬間まで。
当然、蛍は彼女の考えに反論をしようとした。しかし、恵は既に決意を固めていた。どんな小さな情報でも、それが事件の解決に結びつく事がある。一見して嘘に見えても、その奥に真実が隠されているかもしれない。僅かでも可能性があれば、追求しない理由は一つも無い。
『……それにね』『デューク・マルトは』『この私の』『助手なのよ』
もし嘘の情報なら、思いっきり偽者を叩きのめしてやる。
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「……でも、本当に嘘なら……」「ケイちゃんの気持ちもわかるわね……」
敵から与えられた情報を基に、三人のデュークの手によって『犯罪組織』の本拠地に潜入した恵。自分が戦場から居なくなる分の戦力という心配は、その言葉に呼応して次々にデュークにミサイルをお見舞いした狸の親分の飛行船と、その中から聞こえてきたサイカや親分の奥さんの声を聞いて払しょくされた。恵自身にはまだばれていないのだが、この大騒動が始まった時には、一時的に恵の行方が仲間たちの眼中から外れていた、つまり先程までのデュークと全く同じ立場にいたのである。しかし、それは言い換えると彼女に頼らなくとも自分たちで十分それは補える、ただし「恵」という存在に対する安心感があるからこそできる事なのだ。恵本人が、その頼もしい援軍に全てを託したのは言うまでも無い。
そして今、この場所にいる恵は「一人」に絞られている。正確に言うと、増殖を解いた数人の恵が『本拠地』内の廊下に集まっている形なのだが、皆一様に同じ服を着ている。紫色のパーカーに青色のジーンズ、少年を思わせる、丸斗探偵局局長のファッションだ。
この戦いには、もう一人の丸斗恵も参戦していた。すらりとした生足を見せつけるスカートファッションに身を包む、時空警察所属の捜査官の丸斗恵だ。現在、恵捜査官の意志は恵局長の中に融合した状態となっている。どちらとも全く同じ方法で誕生した存在という事もあり、こういった事は自由自在なのである。そして、その中で恵捜査官が恵局長にデューク・マルトの捜索を託した理由は、彼女の持つデュークへの信頼感、そしてデュークから彼女への信頼感というものだった。同じ遺伝子、同じ姿、そして同じ声を持つ「丸斗恵」だが、辿ってきた道は全く異なる。彼への思いは負けていないつもりだが、それでもデュークと共に過ごしたという経験、そして彼と言い争ったり打ち負かしたりした思い出は、「恵局長」の方が上……。
悪く言えば、もう一人の自分に責任を押し付けられた格好になってしまった恵局長だが、今の彼女の体にはその「自分自身」も宿っている。だからこそ、味方が一人もいないであろうこの空間でも、持ち前の図々しさややる気が保てるのかもしれない。ただ、結果がまだ導き出せない状態だが。
「でも、あのデュークが……」「ねー、馬鹿正直なデュークの事だから」
「絶対に」
「どこかに」
「「「「入口があるはずよ」」」」
デューク・マルトの持つ能力によってこの世に生を受け、生まれながらに探偵局長となった恵。しかし、この事実を知って以後、自分の気持ちはまだ本人には打ち明けていない。あの日からずっと、局長と助手は離ればなれのままなのである。
ただ、彼が自分…丸斗恵の事を現在どう思っているのかは、何となく彼女には分かっていた。これまでも、自分のかつての悪事を追及される度、彼は涙を流し、その罪の重さを感じ続けていたのだ。そして、いつも過去の鎖は彼をがんじがらめにし、その中へと彼を封じ込めようとする。仕方ないかもしれない、彼は歴史や文明をも変え続けた大犯罪者だ。彼の犯した罪は永遠に消える事は無いだろう。しかし、それでも……。
「……あれ」
そんな時であった。ふと触った壁に、妙な違和感を感じたのは。
現在、分身を解いた恵たちが一か所に集まっているのは、地上から覗く部分と同じくらいの広さを持つ地下の空間。自分たちがやって来るまで、中にあのデュークのコピーたちが溢れんばかりにいたであろう場所も、今やもぬけの殻。そんな中で、偶然触った壁の肌触りが、今までとはどこか異なる事に気付いたのだ。試しに傍の壁を同時に叩いてみると、明らかにその場所だけ音が違う。
恵のせいで落ち込んだり、恵の言論に呆れるといつもデュークは何かしら自分に甘えてくるような態度を取る。本人は諦めたり見放したような事を言っているが、その裏ではいつも自分を頼るような形をとっているのだ。例え本人が否定しようとも、無意識のうちにそれは表に出てしまう。
恵は確信した。
「いてて……」
…当然ながら、恵一人だけの力では建物の壁に穴を開ける事は難しい。しかし、彼女の増殖能力を応用すれば、このような事はいとも簡単にできてしまう。
「……どう、そっちは?」
「うん、間違いないわね……」「この壁だけ、異様に硬いのよ」
後ろに現れた二人の恵の後ろの壁には、彼女の拳と同じ大きさの凹みと、そこから続く大きなひびが入っていた。
元々こういう事を得意とするのは、恵局長よりも後輩であり新人探偵である丸斗蛍の方だ。自分の分身を瞬時に出し入れする事で、何万発ものパンチやキックを僅かな時間に集中的に当てる事で、途轍もない力を出してしまう。細胞一つからでも自在に新たな自分を生成し、そしてその自分とも融合できる今の恵局長にも、似たような技が可能であった事は、この戦いの中で少しづつ証明されてきた。ただ……
「や、やっぱりケイちゃん、凄いわね……」
蛍には過去に学んだ様々な習い事などの実績が備わっている。荒削りな恵にとっては、まだまだ慣れないやり方のようである。しかし、今ここで諦める訳にはいかない。拳に息を吹きかけ、一瞬で数千人もの恵のパンチやキックが、僅かな時間で炸裂した。蛍のように分身を異空間から出し入れするような方法とは違い、一か所では無く、同時に数か所に自分を配置する事で自在に自分自身を入れ替えるという技を取っているのだ。とは言え、数に変化があるだけで実質蛍と同等のやりかたなのかもしれないが。
「……もう一度!」」」」」」」」」」」」」」」」
それでも壁には傷一つ付かない。二度目、三度目、四度目……何度やっても、「壁」を解きはなつ事は出来ない。
だが、一度決心すると恵局長はなかなかその信念を曲げない。例え蛍が文句を言おうとも、ブランチが茶々を挟もうとも……
「「「「「「「「「「「「「もう一度…もう一度っ…!」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」
……例えデュークが、その考えを否定しようとも。
丸斗恵は強引だ。どんな事態においても、常に前に突き進もうとする。
例え相手や要件がどれほど難しそうな場合でも、あらゆる手を駆使し、解決に導こうとする。一人では無理な時は、大勢になって挑む。そして、何度でも、自分が諦めない限りは何度でも。
「「「「「「「「「「「「「「「「「「くっ…開いて…!」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」
彼女はどうしても伝えたかった。今この中にいる存在は、自分を拒絶し続けている。だからこそ、思いを伝えたかった。
「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「開いて…開けっ…!」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」
時空改変?最強の能力?万能の力?神にも等しい存在?
そんな相手、自分の前にはただの紙切れだ。
「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「
ひらけええええええええええええええええ!!!
」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」
何故なら、自分は丸斗恵。
丸斗探偵局の、局長だから。