167.最終章 巨獣大進撃・後編
……やれやれ、ようやく気付き始めましたか。
あの恵さんや栄司さんはともかく、勘の強い蛍さんが、オリジナルの救出の事を念頭に置いていなかったというのは少々意外でしたね。僕たちを倒す方に念頭を置いていた、という事になりますか。まあ、それだけオリジナルをぞんざいに扱うと言う事は、それだけ信頼を置いているという証でしょう。
ですが、いくらその事に気付いたとしても、既にあの人たちはこの空間と同じく、僕とメグミさんの掌の中にあります、よね?
「そ、完全に私たちの思い通りね。
それにしてもデューク、よくあの作戦を思いついたわね……」
メグミさんの能力のお陰ですよ。
今この場で暴れている恵さんも、確かに凄まじい力を持っています。ほら、先程も抜け落ちた一本の髪の毛があっという間に一人の彼女に変身しましたね。あれほどの増殖能力を持つまでになると、さすがにいくら「僕」の物量戦でも勝ち目は薄いでしょう。でも、こちら側にも……ですよね?
「うんうん、いくら能力が凄くても、あっちは『デューク』と一緒の存在でしょ?オリジナルは私だもん、ねー」
ええ。それに、オリジナルも探偵局の皆さまも、まだメグミさんの能力を把握していない、というのも幸いですね。
「楽しみねー、デューク♪」
本当ですね。
……さて、そろそろ僕たちも、動き始めますか。
「え、もう?もうちょっと待ってもいいんじゃないの?」
陽元ミコさんの『ブラックボックス』の解析が、予想より早く進んでいます。今回彼女が目標にしているプログラムはデータの奥の方ですからまだ時間はありますが、油断をしてはいけないですからね。
「それもそっか……のんびりしたかったんだけど、まあいいか。
じゃあ、私準備して来るから連絡お願いね」
了解しました。
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遅ればせながら参戦した巨大戦力によって、探偵局や仲間たちと『犯罪組織』の戦いは新たな局面を迎えていた。
次々に襲いかかるデューク・マルトのコピーを蹴散らす恵、蛍、栄司らを援護するべく狐夫婦のドンとエル、探偵局のブランチが凄まじいパワーアップを経て参上する以外にも、飛行船の周りにも新たな戦力が現れ、ニセデュークの猛威に対処していた。
『まだか、まだ終わらぬのか?』
数人のニセデュークが融合して誕生し飛行船に襲いかかろうとした漆黒の龍は、その体を上回る巨体を持つ存在に足蹴りにされ、鋭いくちばしで体を貫かれていた。まるで古代の王者である恐竜を思わせる姿だが、その真の姿はそこからは一切想像が出来ないだろう。彼こそ、かつてニュージーランドに生息し、ネコの家族によって一羽残さず喰われた飛べない小鳥「スティーブンイワサザイ」の亡霊なのである。一時は怨霊としてネコたちに復讐を誓い、呪いで苦しめ続けた亡霊だが、憎しみ続ける事に対する苦しみや、それを解放する方法を探偵局との出会いで知り、今の姿になった。今回この戦いに自ら参加する意志を表明したのも、彼らに対する恩返しという意図もあった。自然界は、互いに恩を分け合う事で成り立つ世界でもあるからだ。
だが、イワサザイの亡霊もまた、今の状況に対して少しづつ違和感を感じ始めていた。現在彼は、化け狐のエルが持ってきたお札の力を借り、怨霊だった頃によく似た姿を取っている。憎しみに囚われていた頃よりも力は落ちているように最初は感じていたようだが、自らの純粋な決意と根性で変身すると、自らの力の増大曲線は自分の意志次第でどんどん上がり続けるという事に気付いた。何度も何度も遅い来る強敵に対しても、元からある野生のセンスも相まってか次第に慣れ始めていた。だからこそ、いつまで経っても終わらないこの戦いに苛立ちのような物を覚えてしまったのである。飛行船の中で今の時間は何が起きているのか、少々怒鳴り掛けるような口調で聞いた彼に、同じくらいの低音で返事が戻ってきた。
『こちらは順調にやっている。ただ、調べる量が予想以上に多いみたいだ!』
『……ふん、状況は内外とも同じと言う事か』
そう言うや否や、心配の種が吹き飛んだかのように、彼は再び目の前の敵に向かって突進し、漆黒の壁を次々に薙ぎ払い始めた。
そして、そんな彼の後ろでも、同じように現れ続けるニセデューク相手に挑むもう一人の存在がいた。まるで漫画やアニメに出てきそうな雰囲気を醸し出すロボットを思わせる形状の巨人が、迫りくるニセデュークを次々に無力化させている。勿論ただのロボットでも巨人でも虎でも鯉でも無く、その正体は化け狢……正確に言うと化けアナグマのジュンタである。親友であるドンと対照的な痩せ型でである彼は、化けた形もまた怪獣そっくりになったドンと対照的になったようだ。異次元の中を包み込む光を利用し、体内に吸収した光にエネルギーを貯めて、レーザーとして発射している。彼の背後から撃ちこまれる、飛行船からのドングリ状のミサイルとは異なる近代的な装備だ。
ただ、ジュンタの方は面白いように次々に倒れ続けるニセデュークを相手に少々舞いあがっている様子もあった。
『いやー、なんだか楽にやっつけれるようになってきたなぁ』
「油断しちゃだめですよ」「相手はデュークさんですから」
独り言のつもりがかなり大声で響いてしまったらしく、すぐさま近くにいた数名の蛍に注意されてしまった。そしてその言葉が正しいかのように、芋虫の化け物のような姿に変身したニセデュークがジュンタの体をなぎ倒さんと襲いかかってきた。蛍のキックの援護も借りて、何とか追い払う事が出来たのだが。
そんな探偵局や仲間たちの戦いの様子を見つめながら、改めて彼らの力の凄まじさを三人の『デューク』は感じていた。
先程まで恵や蛍、栄司の実力に目を丸くしていた彼らだが、今度は自分たちの力の源流ともなった本家本元の変化能力の凄まじさを目の当たりにする事となった。ヴィオとスペードは『犯罪組織』時代に一度、狐の夫婦の変化能力を自ら体験した事がある。今回の物ほど精密ではないが、恵や栄司の能力を最大限発揮できる異次元世界の中で、彼らの動きは封じられてしまったのだ。もうあのような思いはしたく……
「……あれ……?」
ふと、ヴィオは何かしらの違和感を心の中に抱き始めた。続いてスペード、メックと同じような事を考え始めている事が、彼ら同士のアイコンタクトからも明らかである。
「なぁ、いくら何でも……多すぎないか?」
目の前に現れた過去の自分自身を二人まとめてノックダウンさせながら、ヴィオは自分の疑問を仲間たちに伝えた。その事を聞いて、彼らを嘲るかのように笑うコピーデュークを蹴り飛ばしながら、スペードもメックもその言葉に頷いた。
「私たちの推測ですと、数億人のはずでしたが……」
「僕たちが観測できる中だと、ずっとこの空間に現れているのは同じ数、か……」
そう、自分たちは決して有利な状況では無い。むしろ、今の状況は相手の思い通りになっている。いくら探偵局や変化動物たち、そして自分たちがデュークの機能を停止させ意識を失わせても、相手の数は一向に減る気配を見せないのだ。既に下には黒い残骸が既に大量に重なり合っており、それが巨大な脚に踏みつぶされると言う、より詳細に書き表すとかなり恐ろしい光景になりそうな事態になっている。ただ、その層を形作るデュークの数は、明らかに三人が予想した当時の最大人数である「数億」の数倍にも及んでいる。にも関わらず、空は相変わらず黒ずんだまま、遥か遠くまで黒い点が無数に散らばっているのを見ると、デュークの数は間違いなく数十億、多く見積もれば数百億という桁はずれの数にまで及んでいるだろう。
にも関わらず、先程から何故彼らはずっと苦戦をしているふりをしているのだろうか。このままの状態ならば、ミコが彼らの持つ時空改変の秘密を解き、数十億、数百億もの大群は一瞬にして消滅するはずだ。だが、考えても三人には明確な答えが思い浮かばなかった。相変わらず飛行船を攻め続ける無数の自分……過去の自分に似た姿と、現在の自分とかけ離れた心を持つ存在をなぎ倒し続けても、全く分からないままであった。
……彼らがふと攻撃よりもそちらの方に意識を集中させた、まさにその時であった。突如、三人のデュークの脳内に「四人目」の自分の声が響き渡り始めたのは。
ふと気づくと、周りのあらゆる物の動きが、まるで凍りついたかのように止まっていた。間違いない、完全に自分たちの時間だけに絞って、奴はメッセージを送りつけて来たのだ。
一体どういう風の吹きまわしか。二人目のデューク・マルトとの久しぶりの会話は、喧嘩腰を緩めないスペードの怒鳴り声から始まった。
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「いきなり周りの時間を止めて……」
「だいたい、僕たちの時空改変プログラムはお前たちと違うはずだ!」
『まぁまぁ、落ち着いて。君たちと違って、まだ僕は時空改変を使って何でも出来る頭だからね。これくらい、朝飯前だよ?』
「一体、何を企んでいるのですか……?」
「ま、どうせ答える意志はないだろうけどね」
『さすが「僕」、よく知ってるね。
正解のお礼に、良い情報を教えてあげようか』
「じょ、情……おい……ちょっと待てよ!何だよこれ!」
「わ、私たちが調べても、一切分からなかったのに……!」
『当然さ、この情報は『量子暗号』で記録されている。
知ってると思うけど、量子暗号は宇宙全体の法則を変えない限り、解く事は不可能な無敵の暗号。
僕たちでも意識をしなければ、「見つける事」は不可能だったという事さ』
「くそ、全部お前の思い通りだったってことか……」
「お前、何で突然こんな情報を送って来るんだよ!」
「私たちを、掌で踊らせているつもりですか!?」
『なんで怒るのかな?いい情報じゃないか』
「当たり前だ!お前、僕たちを有利にさせて……」
『へえ、じゃあ本気出してもいいのかい?』
「い、いやそれは困る、困るけど……」
「余計な事言うなヴィオ!」
「何だとスペード!お前だって同じ事考えたじゃないか!」
「うるさい黙れ!」
「ここで喧嘩しないでください二人とも……」
『メックも大変だね……で、どうする?伝えるの?』
「仕方ないか……滅茶苦茶なことしたらどんな事になるか」
「覚えておけよ、『僕』」
「どちらが悪役なのやら。
最後に確認しますが、これは真実の情報ですか?偽りの情報ですか?」
『……それは、本人の意志次第さ』
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連絡が終わった直後、時は動き出した。三人のデュークも、再び延々と続く戦いの舞台へ引き戻された。しかし、時間が止まる前後で異なるものが一つある。
今、彼らにはこのこう着状態の現場を動かす事が出来るかもしれない重大な情報が握られている。だが、それを提供したのはこの情報を知られると一番困るはずの「敵」側。間違いなく、何らかの罠が仕掛けられているに違いない。しかし、それが一体どういう事なのか、時空改変を使って調べれば楽なのだが、もしかしたらそれ自体が大きな罠である可能性もある。このまま無限に湧き続ける自分を相手にし続けるか、罠かもしれない状況を打破する情報に賭けるか……。
しばらくの沈黙の心を経て、三人の心は決まった。自分たちだってデューク・マルトと同じ遺伝子と同じ力を持つ、責任を取るだけの能力だって併せ持っている。どんな罠だろうが、絶対に砕いて見せる。相手の思い通りになんて、なるものか。
――局長さん!聞こえるっすか!
――デューク・マルトの居場所が、判明しました!