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165.最終章 黒の衝撃

「……ミコ……」


 休日の実家の中で、陽元シンはふと妹の名前を呟いた。

 ずぼらな性格の彼女は、実家を離れて以後あまり家族に連絡を取る機会が無い。向こうの町で新しい仲間を得た事や、そのメンバーがミコや自分自身に負けず劣らず、いや自分たちを遥かに凌ぐ凄まじい超能力を有していた事。全てミコと共に彼らがこの町に来るまで一切彼にも伝わっていなかった。もはやそう言うのはいつもの事、それ故にシンも両親も、あまり彼女の事を心配していなかった。だが、彼の脳内に突然浮かんだのは、妹の名前と、そこから連想される不安な要素である。

 彼ら陽元家には、母系の遺伝として代々「予知能力」が受け継がれている。文字通り未来を予知する他に、その未来を確固たる自信を持って認める事で神様の力ですら歪ませる凄まじい力を生み出す事が出来るともされている。しかし、それは逆に自分が悪い予感を一度でも考え、それを正しいと考えてしまえばそれは絶対未来で起こってしまう事。フリーの記者であるシンの場合はそれを大いに仕事に活かしている部分もあるのだが、いざ自分の身内となると話は別。


「母ちゃん、父ちゃん!」

「どしたん、シン?」


 慌てて二階の自室から降りてきた彼は、両親にミコから連絡が来たかどうか尋ねた。当然返事はノー、こちらから連絡してもいつも通り返ってこないと言う事だった。何故突然そのような事を聞くのか、というシンの説明は両親には不要だった。例え予知能力を持っていなくても、母と共に何十年も面倒を見続けてきたシンとミコの父は、彼が何やら不吉な予言をしている事などお見通しだった。


「理由は分からん、でもなんか凄い不安なんじゃ、俺……」

「……ま、楽に気にせんことじゃろうの」

「と、父ちゃん!」

「あのミコじゃろ?そんなピンチなんかコテンパンにするに決まっとるじゃろーに」


 その意見には、母も大いに賛成していた。陽元兄妹を超える力を有する彼女がそういう予知を一切感じていない事を見れば、シンも納得せざるを得ない所はあった。だが、彼の脳裏には依然として凄まじい危機を思い起こさせる信号が流れ続けている。それを聞いた母は言った。恐らく、自分の予知している未来は、シンの感じた未来よりも先の場面だろう、と。


「母ちゃんが、大事な娘の事信じんでどうするん?のぉ、父ちゃん?」

「そーじゃ、覚えとるじゃろ、シン。あいつが本当に苦しい時、何をするか」


 ……悔し涙を頬に流し、自分の胸に顔を押し付けてきたあの日。第一志願だった学校の受験に落ち、自分自身がいかに能力ばかりに頼り過ぎていたかを思い知らされ、不甲斐なさでどうすればよいか分からなくなった妹の姿を、シンは思い返していた。あれから彼女は立ち直り、より頑丈な脳みそとより大きな力を手に入れた。だから……


「頑張れよ、ミコ……」


================================================


「ガンバレ、っつわれてものぉ……」

「だ、大丈夫ですか……?」


 苦しそうな表情にクリス捜査官とサイカが心配そうに近寄るが、ミコは大丈夫だと押しのけ、再びパソコンの画面の前で解析作業に入った。

 デュークの能力の根源を司るとされる『ブラックボックス』の中心部に彼女のコンピュータが分け入ったのはおよそ十数分前。だが、それまで余裕綽々だった彼女の顔は、少しづつ焦燥としたものへと変わり始めた。今まで様々なプログラムやソフトウェアなどに触れ、色々な知識を吸収してきたはずのミコですら、このようなタイプのプログラムは一切「予想」していなかったのだ。そして、そこから彼女の自信は少しづつ崩れ始めた。自分の力だけで大丈夫だ、とメックたちに告げた事を、今彼女は少し後悔しているようである。目の前に広がるのは、幾重にも分岐した巨大な道の数々。どこを進んでも目的地には着くはずなのだが、今回は時間が問題である。


「お、おい……」


 先程からどうしても進まない彼女の解析作業に心配した郷ノ川医師も、充電作業に協力してくれている動物たちのケアの手を一旦休め、ボロロッカ号の所に乗り込んできた。


「ミコサン、マダ……」


 その時、ついサイカが言ってしまった言葉が、ミコの堪忍袋を封じていたクリップを解いてしまった。


「やかましい!情報量が多すぎるんじゃ!!いくらうちでも限界っつーのがのぉ!」


 怒鳴り声に、皆の動きが止まってしまった。全員の注目する先は、顔を真っ青にするサイカとミコ、二人ともこの事態を作ってしまった当事者である。自分の行いに衝撃を受けてしまったサイカの顔はやがて震え出し、目頭が熱くなり始めた。それを見たミコも、どうして良いのか分からないような表情になり始めてしまっている。

 二つの顔を前に、対処法が見つからない捜査官と動物たちの代わりに、郷ノ川医師が大きく柔らかく……と言うより少しごわついた手を、二人の肩に置いた。


「……ごめんな、二人とも」

「エ……?」「せ、先生……?」

「ちょっと、俺たちが二人にプレッシャーをかけすぎたかもしれないな」


 ミコの能力の神髄は、自分を信じ続けるという所にある、と言うのは、彼女とも専門医として関わりがある郷ノ川医師はよく知っていた。そしてそれは、彼女の自信を揺さぶらせるような事をすれば、ミコどころか世界そのものが危うい事態にもなりかねない、まさにデュークと同じようなものだという事も。確かに今回は時間も限られている。外の連中は今頃、大地も空中も埋め尽くす無数の偽者のデュークを相手に怒涛の戦いを繰り広げているだろうが、いくら凄まじい力の増殖能力でも、勝てると言う保証は無い。しかし、だからと言って速攻で負けるという保証もないのだ。それはこうやって彼女たちに全てを託したミコ自身が証明している。


「大丈夫だ、ミコ。お前は勝利の女神様じゃねえか?

 ……それに、サイカちゃんだって」

「ワタシモ……?」


「……そうですね、郷ノ川先生の言う通りです」


 落ち着きを取り戻したクリス捜査官も、彼の言葉を援護した。女神は決して一人では成り立たない。彼女を支える天使や付き人、信者といった様々な要素が無いと、ただの空虚な「概念」に過ぎなくなってしまう。ただ、初めてでこういった物凄い事態に巻き込まれてしまっているサイカには荷が重すぎたかもしれない、と捜査官は自分の力不足を謝った。勿論サイカは慌てて否定するも、その彼女からは先程の震えは既に無くなっていた。そして、自分の心に湧き出ていた不安をぶちまけたミコも。

 車の外から聞こえる犬や猫、そして鳥たちの励ましの声も、彼女にとっては大きな支えとなった。いざ落ち着いて画面を見れば、先程まで無数に存在していた分かれ目が、まるで一つの大きな道のように一直線に繋がっている。自分の予知能力と仲間の応援を武器にすれば、未来の秘密兵器だってけちょんけちょんのコッペパンにすることなんて朝飯前だ。目頭に一瞬見えた水滴を拭き、改めて「勝利の女神」は行動に移ろうとした……


 ……まさにその時だった。突如として船内に強烈な揺れが発生したのは。幸いボロロッカ号は狸の親分がしっかり支えていたためにコンピュータへの被害は無かったが、バランスを崩した郷ノ川医師が盛大に転げ落ちていた。大丈夫か、と近づいて来たサイカや捜査官、動物たちを、再び横揺れ、そしてそれに続く縦揺れが襲う。一体何が起こっているのか、と大きな声で叫んだミコに返ってきた言葉は、ある意味予想していた事態、そして最も危惧していた事態であった。


『恵さんたちの防衛網が突破された!直接攻撃を受けている!』


===============================================


「「「「「「きゃあああっ!!!!」」」」」」「「「「「「「のわああっ!!」」」」」」」


 漆黒の龍や黒づくめのロボットが、次々に恵や栄司、蛍を跳ね除け、彼女たちの希望のシンボルに攻撃を加え始めていた。無限に自分の数を増やし、一体を地面にねじ伏せたとしてもまた新しい存在が次々に現れ続け、きりが無い状態だ。しかも、それらを援護するかのようにニセデュークも引き下がる事を知らない。


「ふふふ…」ふふふ…」ふふふ…」ふふふ…」ふふふ…」ふふふ…」ふふふ…」ふふふ…」ふふふ…」ふふふ…」ふふふ…」ふふふ…」ふふふ…」ふふふ…」ふふふ…」ふふふ…」ふふふ…」ふふふ…」ふふふ…」ふふふ…」ふふふ…」ふふふ…」ふふふ…」ふふふ…」ふふふ…」ふふふ…」ふふふ…」ふふふ…」ふふふ…」ふふふ…」ふふふ…」ふふふ…」ふふふ…」ふふふ…」ふふふ…」ふふふ…」ふふふ…」ふふふ…」ふふふ…」ふふふ…」ふふふ…」ふふふ…」ふふふ…」ふふふ…」ふふふ…」ふふふ…」ふふふ…」ふふふ…」ふふふ…」ふふふ…」ふふふ…」ふふふ…」ふふふ…」ふふふ…」ふふふ…」ふふふ…」ふふふ…」ふふふ…」ふふふ…」ふふふ…」ふふふ…」ふふふ…」ふふふ…」ふふふ…」ふふふ…」……


 何をやっているのか、と飛行船を防衛する三人のデュークを四方八方から怒鳴る栄司だが、いくら彼らでもこう何度も現れては対処が難しいようで、雨後のタケノコのように出現し続ける巨大戦力に対し苦戦を強いられていた。岩石弾がバリヤーを潜り抜けて狸の親分が化けた飛行船を襲い、内部を揺らし続けている。まるで自分たちが何をしているのかを知っているかのように、ニセデュークはほくそ笑んでいた。そして、ついに蹴って木的な瞬間が訪れてしまった。無数の防衛網を突破した一頭の龍が、とうとう飛行船に自らの爪を食いこませてしまったのだ。すぐさま攻撃を加えようとするが、龍の鱗が次々に剥がれ落ち、その一つ一つがニセデュークへと変貌を始めた事で、数の上でも恵や栄司は苦戦をする事になってしまった。蛍の怪力も妨害され続け、成す術も無く飛行船は被害を受け続けている……


 ……かと思われた、次の瞬間だった。


 突然、飛行船の内部から凄まじい力が、龍の巨体に作用した。莫大な運動エネルギーを食らった体はそのまま宙に吹き飛ばされ、自分の体内から生み出したニセデュークを巻き添えに、いくつものビルをなぎ倒しながら地に伏せた。何とかその様子を避けた恵や栄司、そして三人のデュークの前に、今までに見た事も無い「動物」が現れた。その姿形は、たてがみを背中や胸まで生やした、百獣の王の中の王「バーバリライオン」。しかしこの「ライオン」には大きな違いがあった。その大きさが何百メートルものビルをもなぎ倒すほどの巨体である事、そしてその体は漆黒に包まれ、首元には赤く輝く首輪が備わっている事……。



『お待たせしましたニャ!!!!』



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