164.最終章 激突!異次元空間
ヴィオ・デューク、スペード・デューク、メック・デューク。
正直な所、三人のデュークは丸斗探偵局の面々の自信を完全には信用していなかった。確かに彼らは過去に最低一度は丸斗探偵局の面々の猛攻の前に敗れ去った事がある。狭い空間の中で袋叩きにされたり、腹をパンチでぶち抜かれたり。彼らの基となったオリジナルのデューク・マルトの力によって屈服させられた経験も持っている。時空改変と言う万能の力すら、無限の増殖能力や分身能力でねじ伏せる彼らの力がお墨付きであると言う事は一応は理解している。だが、それが今回において当てはまるのか、その不安が彼らの中には宿っていた。
皆の前ではふざけたり調子に乗ったり、はたまた真面目な様相を見せていたのだが、内心は過去の自分たちの群れに対してどうしても心配な心が残っていた。あの空間から離れると、その異常さがより際立つ。どこへ行ってもいるのは自分だらけ。皆一様に黒の燕尾服に眼鏡をかけた黒の長髪。そして皆どこか嬉しさと寂しげが入り混じる笑みを浮かべながら日々を過ごし、暇があればあちこちで自分の心に溜まった憂さを晴らす。そんな話も聞いてくれなさそうな相手が、さらに「時空改変」という恐るべき力を持ち、何億と言う数で襲いかかって来る。そんな地獄絵図を前に、探偵局がピンチになり、相手の懐を知る自分たちが大いに活躍するであろう……。
だが、それは良く言えば杞憂、悪く言えば舐めてかかっていた。
「……す、凄い……」
今、彼らの目の前で黒と紫、青、桃色が凄まじい勢いで入り混じり続けている。普通の人なら、同じ姿がいくつも並ぶと言う光景には嫌悪感を覚えやすいものだが、それが何千何万、いや何億とあるとむしろ壮観さすら覚えるかもしれない。三人の時空改変能力者の力でいちじてきに空を飛べるようになった探偵たちは、あの時の自信を表すかのように、次々に「デューク」を大地にねじ伏せ続けていたのだ。
やり方は正直スマートな物とは言えない。髪の毛を引っ張り回したり、顔面にパンチを食らわせたり、はたまた脇をくすぐっている隙にさば折りをお見舞いしたり。時空改変に対応するにはあまりにも野蛮かつ無謀としか思えないが、彼らだからこそ効果が期待できる戦法でもある事を、特にヴィオやスペードは知っていた。時空改変を用いて存在を消そうとしても、消した分だけまた新たな恵や栄司が現れる。有限の物を対象にする能力は、「無限」というカードを出させるとどうしても本気の実力を発揮できないようである。そして、蛍に関しては……
「「「「「「「おりゃあああっ!!!!」」」」」」」
数での攻めは二人と同じだが、こちらは的確に弱点たる頭を狙い打ちする攻撃を続けていた。彼女は単に数を増やすのみならず、瞬時に分身の配置を変え、自分自身の出し入れを連発する事で相手からの攻撃をまるで残像のように潜り抜け、パンチやキックを食らわせ続けていた。
……こうやって一方の様子を文章に書くと、探偵局側がかなり善戦していると思われる方もいるかもしれない。三人のデュークも一瞬だけ同じような事を考えてしまった。だが、いくらこちらが対処不能なほど無限に湧き出る存在だとしても、相手はその無限に対抗できる恐るべき力を次々に発揮し続けている事を忘れてはならない。
時空改変回路がショートし、地面に叩き伏せられたデュークだが、すぐに新たに現れた別のデュークによってその数は補充され、何千体倒そうともすぐにその分は増え続けている。さらに、役目を終えたデュークの体もまた無駄にはならない。アスファルトの上に現れた燕尾服の男の気絶した体の輪郭が少しづつ薄れ始め、次第に一つの大きな黒い塊へと変貌していく。そして、それはやがて一つの巨大な「龍」の姿を見せ始めた。それもここだけでは無い、あちこちで同じように龍の巨体が空に浮かび始めている。あの時、狐の隠れ里や柿の木山を火の海にした怪物も、この決戦の舞台に再び現れたのだ。
「きゃああああっ!!!」「のわああああっ!!」
口からの火炎弾に包まれた栄司や恵が悲鳴を上げる。今回は消耗戦、自分の身代わりはいくらでもいると割り切ってはいるものの、やはり自分と同じ姿の存在が息絶える姿を見る事に耐えられるわけが無い。こういう時こそ、ヴィオたちデュークの出番。
「はあっ!」
気合い一発、スペードが繰り出した電撃を浴びた龍の一頭が再び地面にひれ伏した。ヴィオも別の龍やコピーデュークの体の細胞を改変させ、植物の根でがんじがらめにして動きを止めている。絞め殺し植物という物騒な異名を持つ熱帯の植物の機能をさらに上げれば、動物の体にも十分効果がある。少々グロテスクすぎたのか、近くにいた恵や蛍の顔が引きつっていたのだが……。
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一方、彼らの激闘に守られ、もう一つの戦いの方も動き続けていた。
「ミンナ、大丈夫?」
「かたじけない、サイカ殿…」
息を切らしながら、サイカの持ってきた水をカラスは一気に飲み干し、心臓の鼓動を整えるや否や再び嘴にレバーを咥えて回転を始めた。彼女が一回りするごとに、パソコンの電池がより長く保てるのだ。そしてそれは、カラスの横で同じように飛び続けている鳥たちや、床のベルトコンベアを必死に走り続けている犬や猫たちも一緒である。ある程度予想はしていたのだが、『ブラックボックス』の解析に要する電気の容量はかなりのものだった。ボロロッカ号に積まれているコンピュータが唸り声を上げ、複雑極まりない未来の構造物を調べるために頑張っているからである。
動物たちのサポートに回っているのは、彼らのメンタルチェックにかけては他のメンバーに引けを取らない郷ノ川医師が中心となるグループ。飛行船の中に残っている仲間たちの多くが、数十匹の町の動物の応援やバックアップの仕事だ。特に老犬やおばあちゃんスズメと言った面々は無理をしない範囲で協力が出るように、機械から得る事が出来る電気の量を最大限に調整している。しかし、彼らもまた自分たちの将来や町の安全を守るために全力を尽くす覚悟を決めていたのが幸いだった。精神力にかけては、どんな若い動物たちにも負けていない様子である。その二匹を見た他のメンバーもまた気合を入れ、充電作業に全力を注ぎ続け始めているのだ。
そして、皆の努力の結晶は、ミコが見つめるパソコンの画面にも十分届いていた。
「ミコさん、現在どういう状況でしょうか」
「ええ感じじゃ!さすがアニマルパワーは凄いのぉ…」
先にメックが過去のコンピュータでも十分に調査できるように機会を調整してくれたおかげで、予知能力を発揮せずともミコはしっかりと複雑なプログラムの中身を読みとり続ける事が出来ていた。それでも、覗き見したサイカや郷ノ川医師が目を丸くするほど、素人だと手も足も出ないコンピュータ言語が並び続けているのだが…。
クリス捜査官もある程度はこういった技術を身につけていたため、今はミコの指示に従い必要な文面のコピーや切り取りなどの編集作業に協力している。今回の対決において一番必要なのは、時空改変能力をどう打ち破るか、そしてデュークの弱点は何か、という所。人間のDNAと同じように、
ある程度目的を絞ると不必要な部分が圧倒的に多くなってくる。それらの整理整頓も、こういった解析には必要なものである。とは言え、クリス捜査官は自分の部屋ですら片づけられないと言う事もあり、予知能力を持つコンピュータのプロの指示に素直に従って行動していた。
そして、ある文章まで来た時、ミコのキーボードを打つ速度が急に上がり始めた。捜査官の予想通り、どうやらこの『ブラックボックス』に関する重要な箇所の入り口に辿りついたようだ。ここから先は、自分の持つ能力を最大限に活かす時。クリス捜査官の仕事は、ミコの現在の解析状況を皆に伝えるというものに変わった。
「皆さん!ミコさんが本筋に入りました!」
「おお、やったぜ!」「待ってましたでござる!」
嬉しい言葉に、皆の気合もさらに増す。無理をせず、しかし出来る限りの事はする。
異次元の内外で、探偵局と仲間たちの戦いはより激しさを増し始めていた……。