163.最終章 Dの空間
未来世界に本拠地を置く、時空警察の巨大ビルの一角。
『……』
一人のロボットが、静かに通信を続けていた。無言の中、静かに佇むその姿だけを見ても、現在「彼」が重要な使命を帯びているという事に気づく者は少ないだろう。現在、とある過去の時間と未来の時間を繋いでいるのは、「彼」が送り続けている通信のみである。
犯罪組織の本格的な活動は、未来世界においては「時空乱流」、天気に例えると台風による大荒れの天気のように侵入が阻まれると言う形で伝えられている。それをリアルタイムで観測できると言う不可解に聞こえるかもしれないこの状況こそ、その大荒れの天気が人工的に起こっているという事の表れである。だが、「彼」はその使命感を持って、そんな嵐を乗り越えて必死に通信を送り続けていた。
『……ダメカ……』
しかし、それも限界を過ぎていた。時空警察の特別局に勤めるこのロボットさんが通信を続けている相手である、クリス捜査官と恵捜査官。基本は恵捜査官と常時命綱も兼ねた通信を続け、いざという時には直接的な上司であるクリス捜査官に状況を伝える。だが、彼女たちから亜空間に入ると言う連絡が伝えられて以後、ロボットさんの脳裏に伝わるのは雑音だけである。今まであらゆる困難な事態を乗り越えてきた彼らなら多分大丈夫だろう、というのはロボットさんも感じていた。しかし、それが心配をしないと言う強制的な感情操作には至らない。
『私モ信ジテミマスカ……』
ため息代わりに内部の圧縮空気を少し漏らしながら、ロボットさんはそのまま待機する事にした。彼女たちの無事と、健闘を祈りながら。
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……そして、どうやら彼の祈りは天に届いたようである。
「い、いてて……」
「クリスはん大丈夫かのぉ?うち整理整頓苦手じゃけぇ……」
それは自分もです、と先程「ボロロッカ号」の入口に頭をぶつけてしまったクリス捜査官は明るく勝利の女神に返した。見た目は大きめの旧式ワゴンだが、その入口の大きさや中に積まれた機器の数々にも関わらず、意外に広々としているようだ。普段ミコが寝泊まりしているだけあって、最低限の居住空間は用意されている。これでもう少しあちこちに散らばっているゴミを整理すればさらに広く場所を取れるのだが、あいにく今いる場所は化け狸の体の中、無闇にゴミを出してしまうとあちらが参ってしまう。今回は少々見苦しめの形で、解析に協力せざるを得なくなった。
早速解析に移ろうと張り切る彼女だが、そもそも内部に詰まっている回路をどうやってこの「ボロロッカ号」の機器に繋げばいいか、という問題をすっかり忘れていた。原理は現在のコンピュータと同じとは言うものの、その働きは大幅にグレードアップしている。普通に繋いでも何も意味が無いのだ。それを受け、早速クリス捜査官は彼女の管理下に置いてあるデュークの一人、真面目で丁寧な機械のプロであるメック・デュークを呼び出した。
「これでいかがでしょうか、陽元さん」
「おぉ……ええ感じじゃ、サンキュ!」
普段下の名前で呼ばれる事に慣れている彼女、こうやって苗字で呼ばれるというのはどこか新鮮味のあるようで、嬉しそうな顔つきだ。
そして、それと同時に沸いた疑問を、ミコは彼にぶつけてみた。確かに自分は予知能力もあるし、コンピュータにかけては恵や栄司と言った仲間たちに負けない自信がある。しかし、それでも彼女は探偵局に協力し続ける中で、デューク・マルトの能力に毎回舌を巻いていた。彼は謙遜して自分を立たせてくれているのだが、はっきり言うと彼一人で何でもできる。それは三人のデュークも一緒なのは当然、ならば何故あの時自分にこの仕事の全てを一任したのだろうか。と言うより……
「自分の頭ん中じゃろ?自分で分かるんじゃないん?」
その言葉に、本物そっくりの優しい笑みを浮かべながらメックは答えた。
「何でもできると言う事は、何も出来ないのと同じ事です。
私は陽元さんのように、成長するという事が出来ませんので」
それに、自分の事を一番よく分かっていないのは自分自身である、と。
難しい言葉は苦手だ、と恵のような返事をしたミコだが、相手が自分の事をどう思っているのかは分かった。謙遜と言うのは自分自身が凄いと言う事を分かった上でしか出来ない、より実力のある相手を敬う心の現れ。彼にそのようなお膳立てをしてもらった以上、本気を出す他ない、とミコは彼にもう一度お礼を言い、改めてやる気を振り絞った。そしてもう一度ボロロッカ号に積まれたコンピュータの画面を見た時、彼女の頭に新たな要望が現れた。すぐに大声で、この飛行船に変身していると言う狸の親分の名前を呼ぶと、車内に響くように低く渋い声が返ってきた。
「親分はん、この飛行船って充電とかって出来るん?」
『電気か……そうか、コンピュータは電気が問題だからな』
それくらいは可能だ、という返事が変化の達人から返ってきたものの、目の前にいる仲間たちの力を借りるのはどうか、というアドバイスが飛んできた。最初意味が分からなかったミコだが、ボロロッカ号のガラスの外を見て理解した。尻尾を振ったり羽をばたつかせたり、様々な動物たちがこの自動車を囲んで集まっていたのだ。勿論その先頭には、彼らの言葉を通訳する事の出来る存在がいる。
「ミコ殿、拙者たちにもぜひその『電気』とやらに協力させて欲しいでござるよ!」
彼らのスタミナや根性は人間も目を見張るものがある。このエネルギーを電気エネルギーに変換する事が出来たら……という考えこそ、まさに狸の親分が思案していたものだったようだ。気付けばボロロッカ号の近くに、いくつものベルトコンベアや風車が現れていた。そしてその全てから黒く太いコードが、ボロロッカ号の外に備え付けてあるコンセントへと伸びている。どの機材も動物サイズ、彼らの体力を存分に活かす事が出来るものだ。再び見せつけられた変化能力の実力にクリス捜査官が驚く傍で、ミコは彼らに自分の口から改めて協力要請をした。
そして、それぞれが配置につこうとした、まさにその瞬間であった。突如として船が大きく揺れ始めたのは。
「な、な、何じゃ!?」
「大丈夫ですか、親分さん!」
『こ、コントロールが……利かない!』
それはまさに、荒波にのみこまれる船のようだった。次々に訪れる縦揺れに、親分は必死にボロロッカ号や動物たちを守るために様々なものを繰り出し、ミコもクリス捜査官も自分の愛車や仲間たちを守るために懸命だ。そしてそんな中で、捜査官はメックに対し、持ち場に急いで戻るように指令を出した。一体どうしてなのか尋ねたミコに、彼女は緊張や困惑の色を隠さぬまま言った。
『奴ら』から、襲撃を受けた。
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恵や栄司、変化動物、そしてデュークたち前線組は、揺れる船内の中で準備をする必要が生じてしまった。急いでこの部屋から出て、外へつながる場所へと向かわなければならない。中へ留まる事になったサイカと言葉短く挨拶を交わした後、蛍は局長や栄司と共に廊下へと行った。途中でバランスを崩しそうになりながらも、周りの壁を柔らかくしてくれた親分のお陰で何とか万全の態勢を保ったままで仲間たちと共に目的地まで辿りつく事が出来た。
「い、一体何が…!」
「あいつら、僕たちを引きずり込んだんだ!」
苦虫を噛み潰したような顔を隠さないスペードの言葉に、蛍も恵も何が起こっているのか気がついた。例え亜空間に入っても、あのデュークの追撃が止まる事は無かった。完全に自分たちは油断していたのである。ただ、それでも先程固まった決心が崩れる事は無い。次第に揺れが小さくなり始めた船の中で、蛍は小さく息を吸い、恵はつばを飲み込む音を響かせた。
『……何だ、あれは……?』
恵の肩に乗っていたイワサザイの亡霊が、目の前に何か大きなものが輝いているのに気がついた。その言葉に恵が返そうとした途端、そのものは一気に光り輝き、薄暗い亜空間に慣れていた探偵局の面々の眼を瞑らせた。そして、次第に瞳が辺りの眩さに順応し始めた時、周りに浮かぶ景色は、今までに見た事も無いものであった事に誰もが気付いた。
そこに並ぶのは、一面高層ビルや道路に覆われた町の景色。探偵局のあった町よりも建物の様子や道路の形がより近代的になっている、まさに未来都市そのものである。だが、それ以外に慣れ親しんだ町とひとつ大きな違いがあった。この町の全てが、「黒」一色で覆われていたのだ。最初、それは単に道路やビルの塗装であろうと皆は考えていた。ここが皆の予想通り、『犯罪組織』の本拠地ならば、これくらいのカモフラージュか何かはするであろう、と。だが、この推理はある程度まで正しかったものの、結論としては間違えているという事が次第に分かってきた。
『な……なんだ……これは……』
いつも強気の姿勢を崩さないはずのイワサザイの亡霊が、驚愕と恐怖の心に支配されようとしている。飛行船が少しづつ地面に近づくにつれ、「黒」…正確には多数の黒と一部の白、そしてそこ以外に点々と現れる肌色の正体が明らかになり始めたからだ。そして、同じような構造が、親分たちを囲むように空にも現れている事にも気付き始めていた。夜のような亜空間に比べるとまだこちらの世界は明るいのだが、妙に薄暗い。まるで薄暗い雲に覆われているかのように、空はどんよりとしたものに覆われているのである。それもまた黒だけでは無く、白や肌色も並んでいる事を、動物たちは感じ取り始めた。そして、人間たちも否応なしにその事実を突きつけられた。この空間を埋め尽くすかのように、一つの単調な響きが包み込み始めた時に。
震えまで出てしまった亡霊を鎮めるかのように、恵は静かにその冷たい体を抱きかかえた。まるで覚悟を決めてもらうかのように。
そして、彼女は笑みを浮かべた。隣でその意味が分からず蛍は唖然としているが、恐らく彼女は気づく事は無いだろう。多分、この場で同じ表情を取っているのは自分以外にもう一人の自分と栄司、合計三人だけだろう。
どうやら、『犯罪組織』は随分とサービスをしてくれたようだ。思う存分、自分をさんざんに弄んだふてぶてしい助手と同じ顔をボッコボコに出来る。まさにおばちゃんの言った通り、神様をこの手で滅茶苦茶にする事がここなら可能なのかもしれない。
ビルも、道路も、家も、空気も、空も。あらゆる場所に数億ものデュークが存在する、この空間ならば。
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