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162.最終章 殴り込み作戦決起集会

「……あれ?」


 丸斗探偵局のある町の隣町、探偵局から歩いて行くときついかもしれない距離に位置する動物病院『郷ノ川アニマルクリニック』。現在、そこの院長でもある郷ノ川先生は「別件」のため欠席しているために、病院の管理は彼の一番弟子でもあるミュータントのツキノワグマ、月影龍之介に託されている。相変わらず病院には様々な動物たちを抱えた飼い主たちが、大事な「相棒」を治して欲しいと悲壮な思いで駆け付ける。それを優しくも真剣な気持ちで受け止め、そして万全を尽くすのが彼の使命であり、この動物病院の証だ。

 ただ、そんな中で彼は一つ気になる部分を見つけた。彼の部下である看護師の人から薬品が必要と言われ、それが郷ノ川先生の部屋にある事を知っている龍之介が彼女に代わって捜索に向かった。「別件」の準備の際に、いくつかの薬を先生は自室にしまい込んだままにしてしまったのである。幸いどれも密封されている粉薬のために安全上は大丈夫なのだが、それでもずぼらなのは変わらない。今回のはそれくらい慌てないと危険な状態である、というのは龍之介自身も知っているのだが……。


 目的の薬は無事に見つかったのだが、問題はここからである。

 この場にある他の薬も、ついでに整理しよう、と細かいところまでしっかりしている彼は動き出したのだが、郷ノ川先生から連絡が入っていない、ある一つの「薬」が消えていたのだ。龍之介が驚き、緊急事態だと感じたのも無理は無い。慌てて先程整理したばかりの薬やその他机の上に散らばっている紙類などを必死に探し、先生から何かメッセージが残っていないかを探した。その甲斐あって、棚の中の大きな医療箱の下という非常に分かりにくい場所に、ある一つのメモ書きがあるのを彼は見つける事が出来た。


「えーと、なになに? ワクチンの原液見つけたからついでに持っていく……」


……僅か数行のメモだったが、龍之介はそれが何を表すものかすぐに分かった。そして、安心を示す大きな息をついた。


「さすが先生だ、万全に万全を尽くしてるべ」


本当は郷ノ川先生の出番が無ければ幸いな所。しかし、万が一という事もある。だからこそ、彼はこの『ワクチン』の原液……病性を維持し続けているバクテリアを、厳重な保護体制を維持しながら戦場へと持って行ったのだ…。


===============================================


……しかし、その郷ノ川先生の乗る飛行船は……


「す、す、す、数億!???!?!?!?」

「あ、あんな怖いのがもーっとうじゃうじゃいるの!???!?!」

「ド、ドウシヨウ蛍…」

「そ、そんな……」


 阿鼻叫喚の事態になっていた。


 その原因を作った三人のデュークは、一体どうして慌てるのかという顔でその狂乱を作り出してしまった面々を眺めている。彼らにとっては、自分自身…デューク・マルトのコピーが数万数億と溢れる世界の方がある意味自然だったからである。全く同じ時間に起き、同じ事で笑い、同じ服を着て、同じ眼鏡をかけ、そして同じ心を持つ。悩む事も苦しむ事も無い、彼らにとっては安住の世界だったのは間違いない。しかし、それはそう言った場所に慣れており、なおかつ彼らのような力を有していたものでないと味わえないもの。先程までせっかく自身を保ち続けていたブランチや蛍まで、彼らの口から出た衝撃の事実を目の当たりにして、本当に大丈夫なのかと迷いが生じてしまっていた。

 一体どうすれば良いのか、こういう時に二人が頼りに出来るのは、一人しかいない。その視線が向かう先にいた一人の女性は、少年のような外見に似合わぬふくよかな胸の前で手を組みながら、皆の騒乱を静かに眺めていた。そしてその横で、彼女と同じ姿の女性もまた、机に肘をかけながら、はっきり言うと少し退屈そうな表情を浮かべるばかり。


「きょ、局長!」「どうしますニャ…!?」


完全に慌ててしまっているブランチと蛍に、二人の恵は同時に一息つき、そして一緒に立ちあがった。


「「大丈夫よ、これくらい」」


…自信満々にユニゾンしたこの言葉に、批判が飛ばない訳が無い。根拠もない自信がどこから来るのか、相手が誰だか分かっているのか。それに、あんな「数」相手にどうやって立ち向かえば良いのか。戸惑いと苛立ちが混ざる中、恵局長と恵捜査官は堂々と言った。


「向こうは数億『しか』いないんでしょ?」「そうそう、たった数億だもん」

「…いや、恵殿、億と言う数はそんなものでは…」

「何言ってるのよカラスさん、あの時私がどうなっていたのか見たでしょ?そこにいるイワサザイさんも」


 恵局長に指摘され、彼らはクリスマスから数日前に起きたあの出来事を思い出した。カラスは数歩歩いただけで物事を忘れるとか言う言葉もあるが、一度様々な印象が脳裏に残ると、それはなかなか彼らの頭から消える事は無い。それが強烈なインパクトを持つものならなおさらだ。

 あの時彼らは見た。増殖能力の弱点を突かれて再起不能になりかけた彼女が、デュークたちの手によって復活した後の凄まじい反撃ぷりを。彼女の体を粉砕しても、すぐにその破片一つ一つから新たな恵が蘇り、倒しても倒してもその数は減る事を知らず、「増える」ばかりであった。思い返せば、それはまさに先程三人のデュークたちが言っていた『犯罪組織』の面々と一致する。恵の真骨頂は、自らの数を増やす事。それも一人や二人、十人や百人というレベルでは無い。それこそ空間さえ確保できれば、無尽蔵に丸斗恵は増殖する事が可能なのだ。


「そういえば、確か貴方も故郷の異次元を貴方自身の体で覆っていましたね」


先程までの会議を静観していたクリス捜査官が、恵の言葉の補完をした。もう一人の丸斗恵である恵捜査官が、まさに上記の言葉を証明している。かつてデュークによって生み出された彼女は、そのまま彼を追い求めるかのように異次元中に増え続け、時空改変能力者であるはずのデューク・マルトですら処理が追い付けないほどのペースで彼の体を弄び、やがて異次元に構成されたもう一つの「地球」をも覆ってしまった。本人以外にとっては伝聞にしか過ぎない情報だが、その元が誠実さと正直さが売りのオリジナルのデュークとならば、信用せざるを得ない。


「ま、億だろうが兆だろうが、どんな数を合わせても『無限』には敵わないってことだ」


 それが言いたかったんだろう、ともう一人彼女たちに助け船を出したのは、恵と同じく「増殖能力」を駆使する有田栄司である。そして彼の口から大丈夫だという言葉が出ると、説得力はさらに増す。そもそもあちらの『犯罪組織』に存在すると言うオリジナルのメグミ・マルトの力の根源は、彼の姉である有田恵が有していたもの。その血を引く彼もまた、二人の丸斗恵同様に凄まじいほどの増殖能力を有している。その規模は常に数万人が同時に動き、金儲けや悪人退治などの憂さ晴らしで喜怒哀楽の感情を満たし尽くしているほどだ。頭を掻き、そこから落ちた一本の青地の髪の毛を弾いた途端、その毛根に付着していた細胞群があっという間に三人もの有田栄司に変わったのを見れば、それは実証できるだろう。当然全員とも、椅子に座る栄司と同一の外見、同一の記憶の持ち主である。



「栄司が言うんだったらさー」「否定できないでしょ?」

「「「「さりげなく俺に全責任を振るな」」」」


 ただ、恵の言葉は正しい。あくまで彼女たちは、栄司の姉から得られたデータのみで作られた、言うなれば模造品のような物。本家本元がそういうお墨付きをしたならば、従わざるを得ないかもしれない。

 そしてもう一つ、彼女がここまで自信を持とうとする要因があった。


「メグはんが言うなら、うちは信用するけぇの」


 そう言いながら、ミコは立ち上がった。彼女もまた、勝利を信じる……いや、勝利その物を確信している、と言い放った。無茶だと再び批判が起ころうとしていたが、彼女の持つ力を思い出した一同は、その口を一旦閉じ、金髪に染めた髪をたなびかせる勝利の女神を見上げた。彼女の持つ予知能力は、単に「未来」を見るだけでは無い。彼女が見据えているものは、その願望に確信を持ち、それに向かって動き出す事でより理想の形へ変化するのだ。ある意味、彼女もまた未来を改変する力を有している。


「取りあえず言える事は、やるなら今という事じゃ。もう時間はのうなっとる」


 いくら亜空間に滞在するとは言え、相手側がどう出るかまではさすがのミコも予知する暇もないし、どういう形なのかという想像もつかない。だったら、四の五の言わず、やるだけやって散った方が増しだ。彼女は親友の言葉を徹底的に補強し、先程までの会議で出た結論をもう一度皆に伝えた。

 「勝つ」という事に関しての不安は、皆完全にはぬぐえていない。だが、「やる」という事に関しての反論や批判は、これで全て無くなった。皆の心の中に、不思議と希望と勇気が湧いてきたのである。そうなれば、それが潰えないうちに準備をするに限る。

 恵や栄司、蛍ら出撃組はこのまま待機する形となる一方で、ミコたち解析班は早速仕事が待っている。蛍がずっと大事に持っていたブラックボックスが、ようやく本物のミコの手元に渡った。勿論彼女はそれをないがしろにする事は無い。勝利の女神にとっては、まさに勝利のアイテムになり得るものだからである。


====================================


 ……だが、既にこの時、彼らは手中に収められていた。


「なるほどね、劣化品はずっと変わらない、か……」


 彼らから外れ、探偵局側についた三人の「元」自分自身の言葉を、デュークは反芻するように口走った。確かに彼らも自分も、オリジナルのコピーであり、ずっと性能が変わらないまま居続けた存在である。能力自体は、オリジナルに敵う事は無いだろう。だが、強化は出来ずともアレンジは可能。今の探偵局側は、間違いなく自分たちのみしか見ていない。彼らですら厄介と思っているあの勝利の女神でさえも。


 もう少しだけ相手側に準備をさせる。そこから先がいよいよ本番、この『犯罪組織』全てが戦場となる。

 面白い事になって来た、と思いながら、彼は一人の男性の元に辿りついた。先程まで彼を囲み続けていた黒い群衆は消え、虚ろな静寂のみが流れている。そんな中、足音を響かせながら、デュークは「デューク」の前に静かに座り、うずくまる自分と同一の存在の耳元にそっと唇を近付けながら言った。


 局長が、連れ戻しに来た。


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