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16.ネコ屋敷を攻略せよ・2 ~囮作戦~

朝。住宅街を一匹の猫がしゃなりと歩いていた。静かに見えるこの街も、欲見ると通学中の学生や通勤に出かける人々、そしてゴミ捨てに出る人たちで結構外は賑わっている。

そんな中で、やはり例の「ネコ屋敷」の方を見て顔をしかめる人は多かった。白い毛並みが美しい猫の隣を、警官が動き出している様子も見て取れる。やはり警察への苦情も多かったようだ。ふんわりとしたその青い髪の後ろ姿は一見すると女性警官のようだが、「猫」の鼻は「彼」が男である事を告げていた。…ただ、それは今回の目的の本筋と外れているのは言うまでもない。


「局長…性別はどうでもいいじゃないですか…」

「えー、だって気になるもん」


探偵局は珍しく朝から賑わっていた。いつもの二人に加え、動物病院から仁と龍之介のコンビもお邪魔していた。勿論朝が苦手な恵がそんなに早く起きていられる訳が無い。今ここにいるのは、昨日の夜に打ち合わせが済んだ4人。本来の4人、すなわち任務が終了した皆は今頃寝ていたりそれぞれの仕事に戻っているだろう。念のためにデュークが未来の自分に確認したところ、全員しっかりと戻れた事を知った。恐らく任務も上手くいくだろう。ちょっとだけ未来の自分が普段より嬉しそうだったのは気になったのだが、そこは内緒にしてもらった。未来を知っては面白くないからである。

さて、今彼らが見ているのはパソコンのモニター。先程の「猫」の見た景色が鮮明に映し出されている。そう、あの猫はデュークが自らの長髪一本から製造した精密な「ロボット」なのである。このままネコ屋敷に潜入し、あわよくばそのまま主犯を御用にしようという計画だ。

猫の見る目線で、各地のゴミを烏が漁っている様子や野良猫たちがだらけている風景が見て取れる。ツキノワグマの龍之介曰く、犬がいないのは恐らく彼らは近くの山で寝泊まりしているのだろうとの事。


今回の計画の発案者はデュークなのだが、動物とよく触れ合っている仁は心配がぬぐえない。油断は大敵、と言う事で彼に自らの持つ動物の体臭の情報をインプットさせ、ロボットの猫は外見上解剖しない限りは完全に野生の猫と区別がつかないようになっていた。ただ、それでも…


「大丈夫です、僕たちに任せてください。探偵ですから」

「…ま、奥の手も考えてあるだろ?あれ」

「うん、あまり乗り気じゃないんだけどね…」

「お、オラは気にしなくていいべさ。悪いの退治だべ?」


龍之介はそういうものの、正直、猫や犬などにこの手を使いたくはない。ただ、場合が場合の時は…。


そうこう言う間に、ロボット猫はネコ屋敷に着いた。各地から猫やカラス、スズメが朝から集まっている。こんなに鳴き声がうるさいと、確かに苦情も相次ぐだろう。扉も開いたまま、寒いのに大丈夫だろうかと中に入ると、以前出会った例の女性の方が食事を用意していた。その横で…。


「相変わらず図々しい態度ね…」

「せっかく食事を作ってもらっているのに、ありがたみを全く感じてないですね」


ぐうたらで横暴な態度を取る猫や犬たちの前でも、女性は笑顔を隠さずに料理をふるまっている。汚く食べる動物たちに、明らかにデュークは敵意を向けていた。そんな彼を、龍之介が優しく諭した。確かに未来人にとっては人間至上主義は重要かもしれない。ただ、動物を舐めてはいけない、と。

料理が終わり、片づけの時間。相変わらず洗っている女性にちょっかいを出そうとしている猫たちがいた。しかし、以前見た場合と状況が違っていた。彼らに怒るかのように、大きく勇ましい猫の声が響いたのだ。それに気付き、怯え足でそちらの方に向かう猫たち。「ロボット」の猫もそちらへ向かっていくと、そこにいたのは…


「黒…猫?」


全身真っ黒、しかし背中の部分だけは灰色。そして黄色の目は、無礼を働いた猫を厳しく睨みつけていた。まるで怒ったように彼らに向けて鳴き続けているその声。念のためにデュークに翻訳してもらうと、女性へ対する暴行を怒鳴りつけているようだった。危害を加えるなと言ったはずだ、とも。

まるで人間のような考えの持ち主…するとやはり?


「あいつがボスね…」


噂の「ミュータント」。何かしらの特殊な能力を身につけている場合が多い、油断ならない相手。そんな「彼」を、他の猫たちは「親分」と呼んでいる事も分かって来た。このネコ屋敷をネコたちで占拠した張本人だと言う事も。

所詮人間などネコや犬たちに支配される運命だ。放置しておいても人間は自分たちを可愛がってくれるし、餌もくれる。いずれどこの家もこのような状態になる。机の上に乗り、誇らしげに語る「親分」。ある意味心理を突いている、と恵は思った。可愛いは正義、という言葉通り、大半の人間は可愛いものに目が無い。しかし、それをもし「可愛い側」が利用されたら…。ますますあの女性の事が心配になって来たのは言うまでもない。


その時、何かがおかしい事に龍之介が気付いた。猫たちの様子が変なのだ。リーダー格の黒猫に、スパイの匂いをまんべんなく嗅がれる。デュークによって通常の猫と同様のコーディングをされたスパイは、その直後、「偽者」だと暴かれてしまった。彼にとっても予想外の事態、急いで撤退させようとするも一時道はチェイス状態となってしまった。数匹のネコやカラスに追われ、何とか角に曲がって消滅させる事に成功した。


自分の時空改変の能力が、ネコに暴かれてしまった。一体どういう事か、尋ねるデュークに仁は言った。これが、「奴」の力だ、と。

まだ推測にすぎないが、恐らくあのリーダー格の猫は時空を超え、「存在」そのものを嗅ぎ分ける事が出来るのかもしれない。頭脳のみならず、ミュータントというのは時たま普通の生物以上の力を持つ事がある。動物だからと甘く見ていた事を、動物に関わるプロに突かれてしまった。

ともかく作戦変更、こうなれば直接乗り込むべき、という恵だがデュークや仁は乗り気ではなかった。相手に警戒されてしまった以上、もっと作戦を練る必要がある、と。しかし、それは不可能だった。だったら奥の手は…という時に龍之介が動物の勘で真っ先に異変に気がついた。そして、残りの三人もようやく窓の周りに集まるカラスやスズメたちの群れを目の当たりにした。

あの猫は、ネコ屋敷の周辺のみならずこの街の様々な動物の長。あの時聞いた言葉は嘘では無かったようだ。こうなれば強行突破しかない。


「デューク…」

「局長、申し訳ありません。どうやら僕は油断していたようです…」


真剣な目をするデューク。彼の眼を見て、局長は決心した。


「分かったわ。奥の手を使いましょう」

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