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151.最終章 二人だけの秘密(後編)

今、この部屋には丸斗恵が二人いる。

丸斗探偵局局長の彼女と、丸斗探偵局「元」局長の彼女…現在の銭湯のおばちゃんだ。


おばちゃんが突然若返り、口調も含めて自分と全く同じ姿になる。さすがの恵も、しばらく言葉を失っていた。


「…ごめんねー、変な事言っちゃって…なんちゃって」


前回「自分」が言っていた言葉を、今度は「自分」が返す。ただ、それでもまだ驚きの顔は薄れない様子である。しかし、それは彼女の心を砕いたと言う事では無い。単純に、頭の整理が出来て無いだけのようである。


「と、とりあえず…おばちゃんも私…なんでしょ?」

「ええ、そうよ」

「…と言う事は…未来の『私』?」


正確には少しだけ違うが、外れとも言えない。おばちゃん…と言っても今は何故か若返っているが、彼女はとりあえず頷いた。


「…で、私の未来って…どうなってるの?」


「…私のデュークは、相変わらずね。

 万能の力持ってるのに、頼りなくて泣き虫弱虫、そのくせ時空改変で自在に外見変えたりなんやかんや…」


やりたい放題と彼女は言っているものの、こちらは言いたい放題である。

ただ、一つだけ断言しておくことがあった。デューク・マルトは、丸斗恵を「道具」として見た事は一度も無かった。彼女は、真面目な顔つきで告げた。


しかし、それでも恵は信じられないと言った表情であった。当然であろう、ずっと信頼し続けた助手によって自らの存在全てが形作られたと知ったなら。昔のおばちゃんも、今の彼女と全く同じ状況であったと語った。…今おばちゃんの目の前にいる恵は、過去の自分自身だ。だからこそ、言っておかなければならない。


「この事態を解決できる鍵は、あなた自身よ」


「…え…」


「多分、ずっと外ではデュークの偽者たちが好き勝手してる。見たでしょ、デュークが未来に連れ戻された光景」

「うん…」

「あれで自分の目標が達成されて、調子乗ってはしゃぎまわっている。

 このままだと、地球どころかこの宇宙そのものが滅茶苦茶になってしまうわね」


「…それは…分かってる…分かってるけど…!」


「…」


少々言いすぎたかもしれない。静かに「おばちゃん」は自分の頭をなでた。

父も母もいない自分が、あまり味わった事が無い感触であり、そしてどこか落ち着く心地である。正直、ずっとこのままいてもよいと思っていた事もあった。しかし、そうは言っていられない事は互いに知っていた…。


「…ねえ、おばちゃんって要するに私なんでしょ?」

「そうだけど?」

「私って…将来…その…」


色々と思っている事はあるかもしれない。ただ、説明する必要はある。


「ごめんね、正直に言っちゃうと私は貴方の『未来』じゃないかもしれない…というか、多分違うわね」

「…え…どういう事?」

「未来は一つじゃない。パラレルワールドって、知ってる?」


もうひとりの恵は、自分の身の内を語り出した。


==================================


彼女が丸斗探偵局を引退したのは、過去も過去、気の遠くなりそうな昔の事。彼女もまた、こちらの恵と同様に様々な難問に立ち向かい、時には異世界に召喚されて仲間たちと共に強敵を打ちのめした事もある。そしてその後もこの世界に来るまで、彼女はデュークと共に宇宙を越え、様々な世界を渡り歩いた。話すと長いという事でそれらの詳しい話題は飛ばされてしまったが、確かな事は彼女も逃げ続けていたというものである。


「今の姿でいられるのも、永遠じゃない。いつまでもずっと、同じ日々が続くなんて有り得ない…」


彼女の目線が、一瞬だけはるか彼方を見ているような気がした。

恵は気づいた。いつか迎えるであろうその時を、彼女は拒否したのだと。もしかしたら、それこそ何世紀にも渡る旅だったのかもしれない。


「…逃げてきたのね、『終わり』から」

「情けないわよね、色々やってたどり着いたのが銭湯の番頭だなんて」

「それはないわよ、だってこうやって…」

「ごめん、冗談よ。また探偵局と関われたんだし」


今の彼女の姿も、運命から逃げるために助手から貰った『贈り物』を活かしたもの。皆の見ていない時には、これや自らの能力を利用して賑やかにしていたらしい。だが、それでも虚しさはぬぐえなかった。


「ケイちゃんもブランチも、栄司もミコも、ついでに探偵局の後輩たちも、結局最後は私から離れていった。まさか今になって自分の選択に後悔するなんて思わなかった…」

「…と言う事は、探偵局は、今…じゃなかった、未来もあるの?」

「さあ…離れてからもうかなり経つし、私が関わる時じゃないかもしれないわね」


…自分一人だけ佇むのは嫌だ。だから彼女は、デュークを道連れに別の世界へ終わりなき旅へ出かけたのだ。丸斗恵は、独りぼっちが苦手な人間。


…「おばちゃん」、いや別の自分の辿った道のあまりの険しさに、恵はつい自己嫌悪に陥りそうになった。他人との比較は全く気にしない彼女だが、いざ相手が全く別の「自分」となると、話は別になってしまう。それに、まだ最後の勇気が湧いて来なかったのだ。布団にくるまりながら、静かにため息をついた若き自分に、「おばちゃん」は静かに、そして優しく言った。


「…私が言うのもあれだけどさ、一つだけアドバイスしていいかな」

「何?」


「神様に、私たちも喧嘩売ってみない?」


その顔は、非常に悪戯っぽく笑っていた。


====================


…恵が目覚めた時、既に空には太陽が昇っていた。時計の針も、既に挨拶が変わり始める時間を指している。だが、それ以外の状況は、今まで過ごしてきた一週間とは全く異なっていた。


「…人に寝坊するなって言ってたのどこの誰よ…」


…とは言いつつ、彼女も「自分自身」だから仕方ない。恵の両隣で、ぐっすりと自分と瓜二つの女性が眠りについていたのである。年をとると朝が早くなるというのは、どうやら本当の事らしい。

二つの影が目覚めたのは、それから数十分後。いつもと逆に恵の方が朝ご飯を用意し、そのスープの匂いにつられて脳みそが再起動したようである。若いままの外見に似合わない寝巻は、双方ともしわの形まで同一である。


「おはよう、お寝坊おばちゃん」

「「朝早いよもう…」」

「仕方ないわよ、私てっきりおばちゃんが起きてるって思ってたもん」

「だってあれだけ深夜盛り上がったのよ?」「こっちも仕方ないじゃん…」

「「「むー…」」」


どこまでも引き下がらないその口調、やはり彼女も「丸斗恵」である。

朝ご飯は二人分のみと言う事で、二つに分かれたまま睡眠してしまったパラレルワールドから来た方の恵は元通りの一人に戻り、改めて朝食の時間が始まった。普段は和食なのだが、今日は珍しくトーストとハムエッグの洋食である。若い姿で過ごす時間は、いつもそうやって食べていると恵は前日の晩に聞いていた。


「随分元気になったみたいじゃん」

「おばちゃんのお陰よ、なんか心が一気に晴れちゃったみたい」

「へへ、まあね。だって私だもん、自分の元気くらい…」

「自分で取り戻さないと」

「「ねー♪」」


おばちゃんの一言以降、二人はかなり盛り上がった。布団の中で落ち込んでいた恵も、いつの間にやら話に夢中になり始めていた。互いの話題は一つ、「デュークをコテンパンにする」というものであった。物騒だが、今しかチャンスは無い、とおばちゃんは言っていた。


「あいつ、自分で原因作って逃げちゃったもん」

「そうだよ、腹が立ってるんでしょ?だったら思いっきり言っちゃえ」

「年取ってもさすが私ね、時空改変が何よ!」

「未来の犯罪者が何よ!」


自分は、丸斗探偵局の局長だ。騒動を起こしまくった助手に、一発鉄拳制裁を加える時が来た。

…なんだか色々と問題ありそうなのだが、創造主に対して創造物が堂々と文句を言える機会などそう簡単には無い。丸斗恵に足りなかった最後の鍵は、自分への自信であった。


いつも自分にばかり任されていたので、今回はおばちゃんが皿洗いの当番。腐っても自分、心も落ち着き堂々と秘密を明かせる仲間が出来たので、早速不平たらたら。


「せめて一緒にやろうよ…」

「べー」


…いつもの丸斗恵の様相を見せる彼女であった。しかしもう一方の丸斗恵の方はここぞと言わんばかりに居間でダラダラしていた。と、突然家のチャイムが鳴り始めた。もしかしたら郵便局や宅配便の人かもしれない。慌てて皿洗い中の丸斗恵は元のおばちゃんの姿に戻った。一旦そちらの作業を中断し、玄関の方へ向かった彼女だが、ドアホンに映った影は、予想外の存在であった。


「え、あれ!?」


当然ながら、恵も驚いた。何故彼女が突然やって来たのか…?

訳も分からぬまま、取りあえずドアを開く事にした。一応「ニセデューク」では無い事は、おばちゃん自身が証明済み、と言う事は彼女は…


「久しぶり、局長!」


三人目の丸斗恵…あの時、デューク・マルトが時空改変で造り出してしまった「アナザー丸斗恵」であった。


「あとそっちのおばちゃん…じゃなかった私も、どうも」

「…へ!?」


==================================


「「未来のデュークがばらした!?」」

「うん、もうばれてるって言ってた」


腑に落ちない時はとことん彼の意向を無視しがちなのが丸斗恵である。

事件解決後、未来の「特別局」入りしていたアナザー丸斗恵は、その後オリジナルの自身の正体についてデュークから既に聞いていたと言う。特別局の詳細に関しては他から念入りに言われたので語る事は無かったものの、「おばちゃん」…パラレル丸斗恵のいた未来とは少しだけ違っている事は何となく分かった。デューク自身が未来世界から離れていないという点から見て、もしかすればそれがやがて訪れる未来になる可能性が高いと睨んだのである。


「それにしてもさー、逆に何でデュークにばれたの?」

「おかしいわね、おばちゃんは私なんだから、調子乗るようなタイプじゃないのに…」

「えーと、デュークからの伝言だけど、『言っても無駄かもしれませんが、能力の使用はほどほどにお願いします』だって」

「…なんか知らないけど…」「腹立ってきた…」


明らかに未来の自分の責任なのだが、それを棚に上げて勝手に闘志を燃やし始めた二人に、少々冷や汗気味のアナザー恵であった。


ただ、彼女が来たのはそういう伝言をするためではない。オリジナルの丸斗恵を、デューク・マルトの奪還に乗りださせるためであった。一応未来のデュークから説得も頼まれたが、今の様子を見る限りはその必要はないだろう。やる気十分の彼女、昨晩興奮しているうちに準備を整えてしまっていたようだ。


久しぶりにいつもの探偵局の様相を取り戻した彼女。紫のパーカーに青のジーンズ、少年も思わせる格好は、やはり彼女を落ち着かせる。その隣には、同じ顔に同じ体型だが、スカートとニーソックス、こちらも動きやすめの格好の同伴がついていた。


「でも、おばちゃんって凄いわね…」

「でしょー。言っておくけど、これは『私』だけの秘密よ」

「さすがにこれは企業秘密だからねー、未来のデュークは変な事言ってるけど」

「大丈夫よ、自分との約束だもん」


事前におばちゃんが、安全なルートを用意してくれていた。いつもの公園のベンチの傍、そこできっと誰か仲間と待ち合わせる事が出来るだろう。

今まで彼女がずっと偽者のデュークに見つからなかったのは、デューク自身が対処をするのが苦手な「別宇宙」の存在であったためでもあるが、もう一つはこの銭湯自体を彼女が「時空改変」でカモフラージュしていた事もある。デュークから旅の贈り物に授かった力は、伊達なものではないようである。だが、公園を抜けだした後はもう二人の身を守るものは無きに等しい。偽者が襲って来た時は、自分で対処する他ない。もしくは、安全なルートを超えた「近道」を行く時は…。


「でも、近道を通る事も考慮しといたからね」

「ありがとう、おばちゃん…じゃなかった私」

「どっちでもいいさ」


…自分が歩む事が無かった新しい未来を見る事が出来る。これほど幸せな事は無い。


お礼もそこそこに、二人の恵は一気に走りだした。案の定、安全な道を避けて、近道を通って行くのはおばちゃんにも丸見えであった。未来のデュークには釘を刺されたものの、たまには(?)羽目を外さなければ自分らしくない。


「待ちな!」


彼女たちを音も無く襲おうとした複数の影は、その鋭い声の方に視点を向けた。

先程まで姿も見えなかった建物が、突然「彼ら」の前に姿を見せる。いくつも並んだ驚きの顔の前に、おばちゃんは堂々と腕を組み、言い放った。


「時空改変を使えるのは、自分たちだけだと思ったかい?」


…見事その挑発に乗ったニセデュークの脳裏に、「亀の甲より年の甲」という諺が刻まれたのはその少し後である。

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