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15.ネコ屋敷を攻略せよ・1 ~動物病院~

探偵局に久しぶりに非常にまともな依頼が入った。


「飼い猫探しか…」


声が小さめで、少々早口な小柄の女性が、自分の飼っている大事な猫を探してほしいと依頼して来たのは昨日の事。特徴などを非常に明確に教えてくれた事もあり、捜索は今日来てから「1時間」で終わってしまった。勿論その裏では、恵の分身術やデュークの時空改変の成果があったのは言うまでもない。何度もタイムスリップを繰り返し、正確な位置を探知したのち恵数人を使って捕まえると言う形だ。


やはり少々暴れがちな猫を慣れた手つきで抑える恵。服装上あまり動物を載せられないデュークに代わり、連絡を入れた女性の元へ返した。その時の態度は、まるで無くしたと思われた大事な書類を取り戻したかのようだった。何度も無礼を謝り、礼を言い、そして帰っていく。


…明らかに何かがおかしい。そう感づいていたのは双方とも同じであった。

この探偵局から少し歩いた所に、近所でも有名な「ネコ屋敷」という建物がある。一人の女性が住んでいるようだが、数年前を境に何かが変わった。近所の野良猫や野良犬、さらにはカラスやスズメなどがこの家の周辺によくたむろするようになったのだ。糞やごみ袋荒らしなどで近くの住宅街ではよく文句を言っているらしいのだが、住んでいる人が誰なのかすらまだ把握していないらしい。警察を呼ぶ事態に発展する可能性も出てきたようだ。


今回貰った名刺の住所は、間違いなくそこだ。誤字が目立つのが気になるが、そこは我らが助手。そんな障害などまったく通用しないのである。やはり彼女はあそこの家の住人である事は間違いないようだ。あの時は余りの慌てようにそこまで気は回っていなかったのだが、あの屋敷で何かが起きているのは確か。もう少し調べてみる事にした。ただ、そのためには自分たちだけだと少々心もとない。今までの相手は人間が多かったのだが、今回は場合によっては動物と対立するかもしれない。プロの助けを得る必要があるだろう、とデュークは言った。ミコの時同様、複雑な顔の恵局長だが、その理由は報酬とはまた違う物があった…。


その翌日。


「お待たせしました局長、準備完了です」


デュークの掌にある米粒状の小さな物体。それを指ではじくと、あっという間に一枚のDVDディスクへと早変わりした。彼が時空改変で作りだした偵察用の小型マシンである。ただ、局長はどうもお気に召さない様子。それもそうだろう、以前見つけたはぐれ猫が自分たちと出会う直前にノミ状の「マシン」を派遣したのだから。確かに非常に小さい体の中に、「飼い主」の女性に返されてからの一部始終を納めているのは分かる。ただ、何故わざわざ形状までリアルに再現する必要があったのだろうか、少々彼女には理解できなかった。助手曰く、本物っぽくした方が動物相手にはしやすいとの事だが…。


「やっぱ貴方ゴキブリだ」

「なんでですか局長…」


ともかく、目的地へ行く事にした。以前貰ったフリーパスの期限はまだまだ十分にあるし、回数は無制限なので、久しぶりに清風電鉄を利用する事にした。探偵局から数駅先が、目的地の最寄り駅だ。向かってすぐに看板もあるのですぐに分かる。動物病院、「郷ノ川アニマルクリニック」だ。

近所の人々からも評判の良いこの病院、特に血液など内部の疾患においては最先端を行くと言われている。そんなクリニックの名物と呼ばれているのが、院長の元で働く「熊」のお医者さんこと副院長「月影龍之介」。二人が会いに来た時、院長が留守である事を伝えたのも彼である。


「え、今日会えるって連絡があったのに」

「す、済まねぇだ恵にデューク。なんかセンセ、急に会議が入ったみてーで…」

「忙しいみたいですからね…」


そう言いながらも、二人はこの街の人々の順応性の凄さを改めて感じていた。当然だろう、被りものでは無い本物の「熊」が白衣つけて、ネクタイ締めて、青系のジーンズで決めてるというあまりにも滑稽な姿。しかも流暢に日本語を話している。確かに彼はいわゆる「ミュータント」で、命の危機を院長に助けてもらって以降医療の道を歩んできた。ただ…やっぱり普通に病院を二足歩行のでかいツキノワグマが服を着て歩いているのはシュールな光景だ。龍之介本人もそこら辺はある程度分かっているようだが。

次の患者が来たと言う事なので、また夜にもう一度お邪魔する事にし、一旦局長と助手は病院を離れた。患者であるウサギを心配そうに見つめる少年に優しく語りかけ、一緒に来ていた母親と親しげに話す龍之介の様子を見た恵は、彼がこの街に順応している理由が分かった気がした。彼が持つのは技能だけでは無い、誰かの信頼を預かり、それを預けてくれた事に対する感謝の念を忘れないと言う心。


一旦外に出た恵とデューク。中にいた時間は十数分だったが、外は既に「夜」となっていた。…勿論、デュークのせいだが。どうせ夜まで待っているのも致し方ない、と言う事で少し未来へとタイムスリップし、お邪魔する事にしたのである。今は病院は緊急用件以外は受け入れていない形だが、約束している旨を看護師の人に伝えた所、あっさりと入る事が出来た。双方とも信頼を置いている仲というのがあるらしい。本日の夜勤担当は、院長のようだ。


「よう、メグちゃんにデューク。昼は悪かったな」

「メグちゃんはないでしょ、おじさん」

「へへ、売り言葉に買い言葉、か。デュークも相変わらず決まってる衣装だな」

「ありがとうございます。そしてお久しぶりです、郷ノ川院長」


顎ひげを生やし、茶色の地毛はオールバック。見た目は少々強面だが、その屈託のない笑顔はいたずらっぽさと優しさに満ちている。彼こそ、「郷ノ川アニマルクリニック」の院長、「郷ノ川仁<ごうのかわ・じん>」である。


「よせよ、仁さんで良いんだぜ。ただし、おじさんは余計だけどな」

「えー…むぅ…」


恵たちより年上かつ大柄な彼。ラテン系の血も混ざっているらしい。

かなり以前、まだ探偵局を開設していない頃から二人は彼にお世話になっていた。動物病院としての一面もあるこの病院だが、裏で彼らのような特殊能力を持つ人々の治療にも携わっている。タイムスリップによって三半神経などに狂いが生じる時空酔いにかかり、ダウンしてしまった恵を見つけ、治療したのが彼であった。デュークもあのナノマシンの不調の後、彼に検査を依頼したという。何故そのような凄まじい力を持っているかは、デュークですらまだ全容が掴めていない何かがあるらしい。油断ならない相手だが、確かな事がある。彼は有能な医者であると言う事だ。

最初会った時、仁は一瞬で二人の能力を見抜いた。それゆえ、一時デュークから敵視されてしまった事がある。ただ、その隙に襲いかかって来た未来からの犯罪者相手に共闘し、見事捕らえた事で、今や二人の良き相談役ともなっている。


「で、これがその…」

「そ、例のネコ屋敷の一件」


彼に手渡ししたのは、あの時デュークが録画したネコ屋敷の様子が入ったDVD。動物に関わる仁としても見逃せない内容であった。

そして、院長室で映像が流れ始めた。それを見るや否や、飄々としていた顔が変わった。

映し出されていたのは、小奇麗な部屋の一室。そこで寝転がる猫たちの元をゆっくりと一人の人間が通る。先程の女性のようだが、手には何かが山盛りになっている。良く観なくても、だいたい分かった。いわゆる「猫まんま」である。テーブルの上に置くと、そこに多数の猫が群がり、我先に頂く。食べ方はどれも非常に汚く、あっという間にバランスは崩れて床に御飯が飛び散ってしまった。だがそれらも後からやって来た猫たちによって食べられるので、そこまで床は汚れない様子。…猫の毛による汚れは別だが。女性はその間、その様子をにこやかに見守っていた。


…ここで恵からストップがあった。一見すると、猫を大事に思うあまり自分すら犠牲にしている典型的なネコ屋敷の持ち主ようだがそこは探偵、局長は何かに感づいていた。勿論、向かいの席に座っている院長も。

ここで再びデュークの本領発揮。試しに猫マンマの中身を少々猫たちの口に合わないように改変してみると、思っていた通りの反応が起きた。一口食べた途端に猫たちは口アから吐き出し、女性向けて怒りの声を上げ始める。中には爪で服を引っかき始めるものまで現れ始めた。当然女性の服はそのせいでボロボロだ。そして、怯えながら食べ物を外に捨て、もう一度台所へ戻っていった。ノミ型マシンは、そのあと図々しく女性の傍で鳴き続けるネコの様子を映している。さすがにこれは可哀想なので、埋め合わせで作り直しの猫まんまを美味しくさせてあげたのは言うまでもない。そして、外に捨てられた残飯は、夜が開ける頃にカラスやスズメたちによって食べられた事が、猫の視線からもはっきり見て取れた。


…これ以上再生する必要はない。仁はそう言い切った。今回の解決すべき事項は、間違いなくネコではない、女性の方だ。普通はネコと人間と言うのは人間が優位の立場にい続ける事が友好を築く重要な部分だ。頼もしい仲間…ちょうどデュークに対する恵のような存在。どんなに力が強くても、いないとどこか落ち着かない。そういう関係こそ、理想的なペットだというのが郷ノ川院長の考えだった。だが、先程のネコ屋敷は明らかに違う。人間とネコの立場が逆転しているのだ。


「こき使う側が、逆にこき使われてる…っていう事か…」

「そ。それに、今回はちょっと深刻なようだぜ」


普通このような逆転が起こっていても、傍目には普通のネコ大好き人間にしか見えない。気付かない間にネコとの主従関係が逆転し、ネコのために生活リズムを組むようになってしまっている。だが、今回は余りにも露骨だ。まるで主人が仲間と共に配下をこき使っているように見える。知識を持つ者がうぬぼれた時、誰かの上に立った時、必ずと言っていいほど経験する現象だ。


「と言う事は、黒幕は…」

「ああ、デューク。間違いないぜ、ミュータントだ」


自分が助けた月影龍之介のように、慈愛に満ちたミュータントというのは少ないと言う。そもそも彼も、もし仁に罠から救い出されていなければそのまま復讐心のまま暴れ狂う怪物であっただろう。今回も、ネコのリーダーと思われる存在が自らの欲望のままに暴れ狂っている。恵やデュークが、そのような事項を持ちこんだ事を仁は大いに感謝した。久しぶりに、自らの持つ「能力」を活かす事が出来るからである。龍之介を除き、絶対誰にも見せる事が出来ない理由を、苦笑いの恵は知っていた。


「…あれ、また使うの…?」

「ちょっとだけ、な。大丈夫、あのときみたいな事はしねえから」


そう、あの時。決め技に欠けたデュークの隙を突いて犯罪者が襲いかかろうとした時、その脳の働きが突然停止した。体の節から一気に体力が奪われる気がした。

その時、恐らく彼の視界に入ったのは目を覆いたくなる光景であろう。腕に食らいついた色とりどりの無数の…。


『俺のダチ公、相当お前から血を吸いたかったようだぜ

 …あ、悪い悪い…やっぱ女の子だもんな、ヒルが苦手なのはしょうがないぜ』


…郷ノ川仁、本名郷ノ川・ウェイバー(W)・仁。ヒルを相棒とし、様々な生物の体を流れる体液を我が者にする戦う医者である。


「…あのー、主役私たちなんですけどねー…」

「だ、大丈夫だって、次回は思いっきり活躍させてあげるからさ」

「局長…出番までとことんがめついですね…」


ともかく、作戦会議は始まった。

決行は、仁の時間が空いている数日後の夜。


※補足※

今回から登場します「郷ノ川・W・仁」及び「月影龍之介」に関しましては、pixivにて詳細を投稿しております。詳しくは筆者のマイページにありますリンクよりご参照ください。

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