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149.最終章 スクランブル!・後編

…未来世界。

二人だった『探偵局』の局長の椅子が、再び空席になった。恐らく、これで二度とこの席に座るものは現れないだろう。端麗な指を顎に当て、物憂げな顔で見つめていたデューク・マルトに、彼と同じ顔の男が声をかけた。寂しくは無いのか、と。


「…当然寂しいよ、もう会えなくなるんだから」

「一人くらい残せば良かったんじゃないか、オリジナル?」「恵さんも賛成してたし」


…でも、その発想はデューク本人が断った。もしそのような事をしては、あの時自分の流した別れの涙が無駄になってしまう。恵局長とは、一度互いの意思で決別し、一つの時代の別れを告げたからだ。奇跡は何度も起こせば、次第にその効用を失ってしまう。最悪、奇跡で自分が堕落してしまう事だってあるのだ。


「それに、過去を変えることが出来るのは、恵さんだけだ」

「…そうか、僕たちは過去に関わることは」「不可能だからね…」


シナリオを握った存在がその内容にケチをつければ、劇の内容はゆがんだ方向に進んでしまう。物言いをする者が介入すれば、必ずその対象は滅茶苦茶になってしまうのだ。だからこそ、時空探偵特別局は捜査官を送り込んだ。彼女なら、絶対に心配は無い。この後に起きる過去を知っている存在だからこそ思える言葉だ。

一息ついた後、デュークは『探偵局』のソファーを立ち、彼の近くに立っていた彼と同じ顔の男たちと共に元の業務へと戻ることにした。部屋を出る直前、彼はもう一度、局長の椅子を見つめた。何かを告げるように頷き、彼は過去を模した扉を閉じ、未来へと歩み始めた…。


松山の狸夫婦、恵捜査官とデュークのコピー、そして狐夫婦や町の動物、亡霊たち。多種多様な仲間たちが、探偵局と歩んだ絆という共通点で、恐るべき脅威を迎え撃つべく続々と動き始めた。

その戦場には、既に来客が訪れていた。緊張した面持ちの女性と…


「うわ、古臭い建物ばかりだな…」「こんなところを襲ってたのか、『僕』たちって…」


緊張感がまるで感じられない、燕尾服の二人の男だった。どちらとも声も背丈も一緒だが、髪型や顔は大きく違っている。一方はまるでチリチリのパーマを当てられたかのような、ライオンを思わせるセミショートヘア。眼鏡は派手な赤縁だ。もう一方の男性は正反対にすっきりとしたベリーショート。裸眼の顔に、左側の頬に刻まれた大きな痣が目立つ。かつて隣の男と死闘を繰り広げた際、相手側の髪質の劣化と同時に刻まれた過去の罪の記録だ。


様子はどうか、と女性に尋ねられたセミショートの男は先程とは変わり、真剣な表情となった。脳内の時空改変回路をフルに動かさなくても、辺りにはデューク・マルトの気配がむんむんだ。自分自身とほぼ同じ気配が広がっているのは、今となっては双方とも気分が悪いようだ。


「スペードさん、例の場所は…」

「ここの近くっすよー、クリスさん」


時空警察の捜査官、クリス・ロスリン・トーリは今、二人の囚人を連れてこの世界へ緊急出動している。ヴィオ・デュークとスペード・デューク、大犯罪者「デューク・マルト」のコピーとして生まれた彼らはこの世界で死闘を繰り広げた際に本物のデュークや探偵局の仲間によって押さえつけられ、時空警察に身柄を拘束されたのだ。あの時一度時空改変プログラムが焼ききれ、そこから改めて再生されたことでその構造はかつてとは変わっている。彼ら流に言えば「歪んでいる」というらしいが、その力を見る限りとてもそうには見えない、というのはクリスの考えであった。その理由は、この直後に証明されることになるのも、彼女は既に承知済みだった。

着いた、という彼女の言葉を合図に、三人は一斉に物陰に隠れた。見事に時間通り、かつてのヴィオやスペードと同じ姿を持つ5人の男が、一人の女性を取り囲み、脅している。


「確か捜査官やってるんだって?」「そうらしいね、この世界は立ち入り禁止のはずなんだけど」「どうして入ったのかな?」「教えてほしいんだけどなぁ」


かつては何の疑問も持たずにこのような行いをしてきたのだが、今こうやって見るととても偉そうで図々しくて、見れば見るほど腹が立つ態度だ。しかも、彼らが囲む女性が震えているにも関わらず、相手はそれを楽しむかのように声をユニゾンさせ、追い詰めている。ふつふつと沸いてきた怒りを発散させるタイミングを、ヴィオとスペードは待ちわびていた。


「言えないの?」「じゃあ仕方ないね…」


ルールを守らない者は消し去るのみだ。

5つの声が重なり、目の前の存在を抹消しようとした。それが、まさに逆襲の合図だった。


――それ、見事にブーメランっすよ。


…5人のニセデュークの視線は、一つの声と同時に固まった。女性…過去のクリス捜査官の目の前にいたニセデュークの体がまるで感電したかのようにけいれんを起こした後、そのまま気絶してしまったのだ。スペード・デュークが空気中の静電気を操作し、ニセデュークの体内で一種の「雷」を作り出し、体内からショートさせたのである。偉そうな顔をしていた存在が一斉に余裕をなくし、こちらを睨みつけている。その瞬間、ヴィオと現代のクリス捜査官が宙を舞った。気づいて首を回そうとしたが、それすらニセデュークたちには敵わなかった。かつて彼らが柿の木山で探偵局の後輩に味あわせたかのように、今度はニセデュークたちが何重にも絡まった植物の雑草に自由を奪われ、身動きが取れなくなっている。生物を操るというヴィオの得意分野をもってすれば、雑草をダイヤモンドクラスの堅さに変えることなど朝飯前。それに、「経験」という恐ろしい加算点が彼らには宿っている。大量生産品は今、オーダーメイド品の前に圧倒されていた…。

その間に現代のクリス捜査官は過去の自分を抱きかかえ、安全な場所へと逃げた。自分と同じ顔つきだが、まだどこかあどけなさと未熟さが残るものだ…。


「あ、貴方は…」


呆然としていた彼女の心がようやく体に戻ってきたようだ。ここから先、どうやって自分自身が戻ったのかはすでに把握している。記憶どおり、クリス捜査官は過去の自分へと語った。


「全く…相変わらず無茶ばかりですね」

「は、はい…すいません…」

「無茶は良いですが、無謀だけは絶対にやめてください。お願いですよ」


過去の自分の腕につけていた簡易型タイムマシンの時間を調節し、クリス捜査官は彼女を未来へと強制的に帰還させた。何がなんだか分からない表情だが、しっかりと感謝の礼は忘れずに去っていったことを見る限り、ちゃんとこの過去が今の自分へとつながることは明確のようだ。こちらで一息ついた一方で、道の真ん中で繰り広げられてた時空改変者同士の戦いも無事にこちら側の勝利に終わったようだ。近くにはがんじがらめ、黒焦げになった5人のニセデュークが気絶していた。


「やれやれ、もっと手ごたえあると思ったっすけどねー」「全くだよスペード、もっと力強いかと思ったのに」

「貴方たちも十分偉そうで傲慢ですよ」

「「はーい…」」


いくら心を入れ替えたとはいえ、その素質は昔と変わっていないようだ。

クリス捜査官の言葉通り、油断は絶対に出来ない。事前に恵捜査官から聞いた情報が正しければ、既にこの町には大量のニセデュークが向かっている…いや、正確には既にこの町は「乗っ取られている」。その言葉を証明するかのように、ヴィオとスペードはすぐに他のニセデュークが動き始めていることを察知した。情報を聞き、すぐに捜査官はどちらへ向かうか指示を出した。


「では、行きましょう!」

「「了解!」」


=====================================


彼らが察知した方向は、この町の外れ。隣町から伸びる大きな道路がある場所だ。そこを急行する、一台の自動車があった。少々古ぼけたバンの中に乗っていたのは、一組の男女だ。女性のほうは金髪に染めた髪に黒系の露出の高い服、男性の方は緑色の髪や髭を伸ばし、白衣でその職業を表しているかのようだ。内部につめられたコンピュータや機材のせいでスペースは狭いが、今はくつろぐよりも目的地へ向かうのが先だ。


「もっと早く!無理なのかよ!」

「じゃかましい!うちは安全運転なんじゃ!」


100km/h以上出しておいて何が安全運転だ、違反じゃないかと文句を言いつつも二人は道を急いでいた。


隣町の動物医者である郷ノ川・W・仁がこの危機を知ったのは、ある者からの電話からの連絡を受けた時だった。最初は何の気なしに出た彼だったが、その状況を聞けば聞くほどその表情がどんどんと深刻なものへと変わり始めたのである。それもそうだろう、恵やデュークが消息を絶っただけではなく、大量のニセデュークが一斉にこちらへと向かってきているのだから。


「センセ、大丈夫だべか…?」


真剣な顔、血の色まで引けたような彼に、助手の龍之介が心配そうに声をかけたが、大丈夫だという返事が戻ってきた。ただ、しばらくの間だけ留守を守って欲しいと医師は助手に告げた。野暮用とだけ伝えたのだが、龍之介には彼が何をするか既にお見通しであった。


「…センセ、前みたいにおなか壊すことだけはやめてほしいべ…」

「大丈夫だぜ、今回はさすがにオレもバックアップに回るさ」


あまり無茶をしすぎれば、仲間たちに迷惑をかけてしまう。後遺症もさることながら、あの能力を見られるのは他人も自分も忍びない…というかぶっちゃけて言えばグロい。ニセデュークのように大っぴらに力を使いまくるというのも一つのあり方かもしれないが、敢えてそれを使わずに任務を成功してみせるというのもまた力の一つのあり方だ。

準備を急いで済ませ、仲間に迷惑をかけないよう裏口のドアを開いた彼を待っていたのは、例のオンボロのワゴンと、その運転手である女性…予知能力を持つ探偵、陽元ミコだった。既に彼女もいやな予感を感じ取ってこちらへ急行してくれたのだ。こういう危険な事態ほど、未来にどうすればよいかを教えてくれるこの力は冴え渡るようで、時間もぴったりだったと中で彼女は喜んでいた。仲間である栄司の家に向かうのか、と尋ねた彼女に、医師は別の場所を指示した。確かにこちらの方が良いと予知能力が示唆しているのだが、どうしてそこなのかとミコは疑問に思った。「あんな場所」に集まったからって、このいやな予感が防げることは無いのではないか、と。


「…悪いけど、詳細は内緒だ。でも、そこが一番安全なのは確かだぜ」


亀の甲より年の功、ミコはダンディな彼の言葉を信じる決意をした。そして、現在に至るまでに彼は他の仲間たちにも集合場所についての連絡を急いで入れたという訳だ。ただ、その中でどうしてもミコが不思議なことがあった。自分たちでも知らない情報…栄司が無事な事や、集合場所が一番安全だということなど。一体どういうことなのか、説明して欲しい。そう尋ねようとした時であった。突然、車は急ブレーキと共に止まらざるを得ない状況に陥った。

目の前に止まっていたのは、車、車、車。皆横方向を向き、バリケードを作るかのように行く手をさえぎっていたのだ。そして、その車の上には…


「「「「「「「「「「「「どこへ行くつもりですか?」」」」」」」」」」」」


何が安全な道だ、と文句を言いたいところだがもう遅い。何せ既に、彼らは何十人ものデューク・マルトのコピーに囲まれていたのだから。


「…おばちゃん、連絡入れ終わった?」

「うん、仁君も急いで向かってるところよ。たぶんミコたちもそっちに向かってるところね」

「ありがとう。…でも、いざこういう時になると緊張するわね…」

「まあね…。でも、考え方を変えてみて。今から大嫌いで腹が立つ存在を、思いっきりボコボコに出来るって考えれば…」

「あー…なんかやる気が出てきたような…というか腹が立つって言うか…!」

「その意気よ。

 じゃ、さっそく準備をしますか!」

「了解!」


「…ねえ、ところで一つ突っ込みたいんだけどさー、『おばちゃん』って止めてくれない?」

「えー…だって紛らわしいじゃない?

 『丸斗恵』が二人もいて、しかも歳が離れてるなんて」


―――――――銭湯隣・銭湯のおばちゃん(丸斗恵)宅にて

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