148.最終章 スクランブル!・前編
…未来世界。
そこで生きる住人ですら知る者が少ない、この宇宙と平行して存在するもう一つの異世界。そこで、一つの別れが展開されていた。
「…恵さん…いえ、局長…」
白い燕尾服に身を包み、長髪をポニーテールで纏めた一人の男が、彼の肩の高さにある紫色の頭を優しく撫でた。一度は永遠の別れを交わした存在と、もう一度仕事が出来る。今までの時間は、まさに奇跡のようなものだった。しかし、そのような奇跡というのは長くは続かない。
「…本当は、もう少し長くいたかった。でも、僕でも時の流れには逆らえません。それに、貴方にも…」
「いいのよ、デューク。私も、同じ気分だから」
…これから彼女は過去へ戻り、過去の自分ともう一度出会う事になる。未来の存在が、過去を脅かすわけにはいかない。恵局長にこうやってめぐり合う事が出来た、それだけでも時空警察特別局・特殊隊員であるデューク・マルトにとっては十分だ。
「あれー、デューク泣かないんだ」
「貴方との別れの涙は、一度で十分ですからね」
「何かっこつけてんだか、もう」
「すいません…ふふ」
『僕たち』を、宜しくお願いします。
その一言と、ハイタッチが、デューク・マルトとアナザー恵こと恵捜査官の交わした最後の言葉となった。いや、正確に言えば最後ではない。恵はこれから、過去のデュークたちを助け、そして戦う事になるのだから…。
「「「「はっ!」」」」「「「「ほっ!」」」」「「「「とりゃぁぁっ!」」」」
太陽が西に傾き始めた街で、蛍とブランチは必死の逃亡劇を続けていた。
逃げても逃げても、次々に目の前に同じ青年が現れ続ける。蛍たちにとっては待ちに待った姿、ずっと会いたかった姿である。しかし、彼女たちは一切その姿を見ても嬉しさを感じていなかった。彼らが偽者である事、そして薄々とだが、彼らがまるで自分たちで遊んでいるような態度を取っている事に気づいていたからだ。
確かに彼らは自分たちを舐めても十分に立ち向かえる恐るべき力を持つ。だが、蛍も負けてはいない。掛け声一発、蛍の姿は一気に数名に増えて、目の前に立ちはだかるニセデュークに対してキックやパンチを食らわせ、道を切り開いていく。
勿論ただのパンチやキックではない。彼女の持つ分身能力を応用し、瞬時に数万発の打撃を一点に加えるのだ。鋼鉄の壁も、集中攻撃を食らわれてはもろくも崩れてしまう。
それにも関わらず、逃亡劇に終わりは見つからなかった。彼女たちをかくまっていた栄司は、家ごとその消息を絶っている。携帯電話で確認する暇も無く、今は彼の無事を祈るほか無い状況だ。
さらにそれは、彼女たちがどこに逃げればよいのか分からなくなるということにもつながる。
ただ、このブラックボックスだけは絶対に守り通さなければならない事は明らかだった。いくら相手が舐めてかかろうとも、油断は絶対に出来ない。この黒い箱には、彼らの弱点が握られているからだ…。
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…しかし、彼女たちに希望の光は既に差し込み始めていた。
ニセデュークと蛍らの違いは数多い。善の心と悪の心、住む時代、職業…しかし、決定的な違いは、「仲間」という存在だった。栄司だけではない、蛍には頼もしい仲間たちが数多くついているのである。
そんな彼らも、仲間たちに迫る恐るべき危機に気づかず、見過ごすわけが無かった。
探偵局のあるこの町から遠く離れた、松山の地。
「あんた…」
「やはり嫌な予感は正しかったか…」
昔から妖怪の伝説が数多く残るこの町に、優れた力を持つ探偵局の仲間がいる。古くから住む化け狸の血を受け継いだ、親分の一家こと化け狸の坂上一家だ。
探偵たちの住む町に異変が起きている。この事実をいち早く察知したのは、町を守る土地神だった。かつて探偵局の面々によって人間たちに自分の存在を思い出させてもらった縁がある彼には、日本各地の妖怪たちを結ぶ広大なネットワークの一員を担っている。当然ながら、化け狸である坂上一家もその一部だ。
顔見知りである土地神から速報を貰った狸夫婦は、短い話し合いの後、再び遠出をする決意を固めていた。
「奥さんに旦那…」
「ほんとに大丈夫っすか…?」
彼らの家で働く化けカワウソの兄弟が、少し心配そうな顔で二人を見た。確かに彼らは強い。以前も科学の力で襲い掛かったニセデュークを変化能力を駆使して撃退した過去がある。だが、今回の反応は桁外れ、本当に大丈夫なのかという一抹の不安があったのだ。
そして、もう一人二人を心配する顔があった。普段はイタズラばかりでやんちゃな一人息子も、このときばかりは心配そうに母親の体に抱きつき、不安な心を顕わにしている。
三つの顔を少しの間見つめた後、親分と奥さんは互いの顔を見て何かの合図を取り、そして三つの心配顔の頭に手を触れた。親分の手はゴワゴワで、奥さんの手は小さい。しかし、どちらともそこに流れる血潮は、自信にあふれた鼓動と共にあった。
「大丈夫、あたしたちは絶対に負けない」
「いや、絶対ではないぞ。俺たちは負けるはずが無い、だろ?」
…その理由はただ一つ。彼らにはこんなに応援する存在がいるから。
科学的に考えれば、根拠に乏しい自信の表れ。しかし、心というものは時に根拠や法則を適応せずともしっかりと伝わるもの。
それに、三人もまた誰かを守る役目を持つ戦士だ。
坂上家の留守を託された、カワウソ兄弟のビロウドとケイト、そして二人の化け狸の息子の顔からは心配の顔はすっかり消えていた。
一路東へと飛びたたんと動き出した夫婦を見送る姿は、彼らを信じるというしっかりとした心で支えられていた。
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…そこから時代も場所も遠く離れた未来世界にも、探偵局の仲間がいる。
「…あれ?」
時空警察本部の廊下の奥にある細長いトンネル。そこを抜けた先には、何も無かった。比喩では無く、本当に文字どおりの意味で。
時空警察に勤めるロボットのロボットさんに連れられ、この空間にやって来たのは時空警察に身柄が引き渡されている大犯罪者、ニセデューク…いや、現在の名前は「メック・デューク」。
かつてニセデュークの一員として暴れまわっていた彼は、二度に渡る探偵局の戦いを経て自分の過ちを知り改心。今はかつての償いをすべく、必死に動き回っていた。
今まで悪い事をしてきた分、今度はよい事を行う。自分に課せられた罪や命令に対して、メックは一切の疑問を持たなかった。そんな彼が、この瞬間に初めて疑問を抱いたのだ。
犯罪者である彼を見張る役目を兼ね、案内していたロボットさんも驚きの表情を見せていた。人間の顔に当たる部分に表示される緑色の画像が、円の中に小さな点となっている。ヒトで言う「唖然」という感情を表したものだ。確かにここが時空警察の特別局、本名「対特別事例捜査局」だと彼のデータには刻まれていた。
「ロボットさん、失礼な事を聞きますがここは本当に…」
「確カニ特別局ダト私ノめもりーニハ入ッテイマス。タダ、ソレ以上ノ情報ニ関シテハ…」
時空警察の監視役も勤める、彼らの切り札である特別局へ向かえ。与えられた命令どおりに、指示された場所に、確かにメックはやって来た。
かつて自分が利用し、そして裏切られた悪のプログラムによって受けた額の傷は、痣となって今も残っている。そこにかかった髪を掻き分けつつ、彼は困惑の表情を見せた。オリジナルであるデューク・マルトとは服装も顔も、そして声も同一であるメックだが、文字通り丸眼鏡となっている黒縁の眼鏡や、ショートヘアにまとめた髪型など、今の彼はかつての悪の自分と決別するかのごとくオリジナルとの差異が多くなっている。
もしかしたらそれ故に、時空警察が何を考えているのかという事について時空改変で我が物にするという発想が思い浮かばなかったかもしれない。今の彼はそんな悪い事をする事など全く考えてなかったからだ。
クリス捜査官にもう一度尋ねてはどうかとメックに言われたロボットさんだが、それは出来ないという返答をした。
彼女は今、お供を従えて過去へと向かっているところだ。自分たちが以前に襲撃した時代…オリジナルのデュークたちが仲間とともに探偵局を営んでいる時代に、これまでにないほどの異変が起きているという情報を受けたためだ。
そのため、現在未来との連絡が取れない状況になっているという。ここで待つしかない、と言おうとしたときであった。
「ごめんごめん!寝坊しちゃって…」
その声に、二人とも聞き覚えがあった。
「メグミ捜査官!」
時空警察の特別局に勤める、丸斗恵捜査官…局長である恵とは別の、もう一人の丸斗恵。メックが改心するきっかけとなった事件にも関わっている、彼にとっては恩人の一人だ。
そして、二人との再会の握手もそこそこに、急いで彼女は用件を言った。
クリス捜査官を追って、急いで過去へ向かおう、と。
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…そんな過去、いや「現代」の世界。
仕事始めが過ぎて早々、アパートの一室は緊迫感に満ちた状況となっていた。
「…分かった、栄司さんも無事なんだな?」
大柄な男が、電話を片手に現在の状況を把握していた。その後ろで、仲間たちの無事を聞いて金髪の女性と細長い姿の男性が安堵の表情を見せている。
化けることが出来る動物は松山のみにいるわけではない、化け狐のドンとエルの夫婦や、彼らの親友である狢のジュンタのように、ごく普通の町の中にも住んでいるものである。
この三者もまた、探偵局が自分の人生の岐路や人生の危機に関わる事態にかかわり、彼らを正しい道へと歩ませてくれた。だからこそ、彼らの危機と聞いて黙っているわけにはいかなかった。
「…うん、それで…ああ、分かった」
電話口から聞こえてくる大きな声はドンの耳を越えて、エルやジュンタの方にも響いていた。
家は破壊されたものの、幸い栄司は逃げ延びることに成功し、そのとき家にいなかったほかの自分たちの下に合流していた。今、彼らは一つの合流地点へと向かっている。
決してやられているだけではない、反撃のきっかけはいくらでもある。その信念の元、栄司や電話の先の主、そして他の仲間たちも動き始めていたのだ。当然、ドンたちもその流れに乗る事にした。
ただ…
「…そうか、分かった…」
この事態の鍵を握っているであろう存在…探偵局長である丸斗恵の消息は掴めないまま、という言葉が来た。彼らもまた、彼女が行方不明になった事実を把握し、行方を捜し続けていたのだ。
だが、もはや探す暇は無い。すぐに向かうとつげ、ドンは電話を切った。
「エルさん…」
「仕方ありませんわ…私たちも心配ですが…」
彼女たちのように体がいくつもあれば、いくらでも分担は可能。だが、彼らは「一人」、そんな事は出来ない。ドンも捜索の断念という苦渋の決断を下そうとしていた。
しかし、彼らは決して「一人ぼっち」では無い。信頼で結ばれた仲間は、増殖能力や分身能力にも負けないほどの力を有するものである。アパートのベランダの元へ急いでやって来た一羽のカラス、そしてその背中に乗っている鳥の亡霊もその仲間の一員だ。
「ドン殿!エル殿!」
『すまぬ、遅くなった…む、その者は…』
「あ、ああオイラ友達のジュンタです」
探偵局を巻き込んだ一騒動を終えた後、動物園で落ち着きを取り戻したスティーブンイワサザイの亡霊。だが、彼の元にもこの異変は土地神たちによるネットワークを伝って知らされていた。
同じように町の様子がおかしい事に気がついたカラスとともに、彼もまた動き始めていたのだ。ただし、恵が行方不明になっていた事は知っていたものの未だにその消息が掴めていないという件に関して亡霊は把握していなかった様子である。
「悪いが、急いで恵さんの行方を探って欲しい」
「蛍さんやブランチさんとも連絡が掴めないままですの…」
「勿論了解でござる!緊急事態でござりますからな」
『我も手を貸そう。汚らわしい猫を助ける事になるが、事態が事態だ』
お願いします、その言葉もそこそこに、三人の変化動物は目的地へと急行する準備を始めた。ドンとエルのジャンパーのポケットには、いざという時に使うお札が入れられている。相手は強敵、こちらも万全な体制で挑む必要があるからだ。
そして、ドンは先ほどの電話の主にメールで連絡を入れた。今すぐ、自分たちも向かう、と。
自分たちの居場所を、仲間たちを、そして探偵局を助けるべく、続々と仲間たちが動き始めていた。