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144.時の輪を繋げ・後 終結の夜明け

暗闇に包まれていた空が、次第にその色を青に変え始めた。栄司に腕時計を見せてもらった蛍は、その顔を少し驚きの表情に変えた。時刻は午前6時半、お譲様暮らしから規則正しい生活をずっと営んでいた彼女は、気付けば生まれて初めて夜更かしという経験をしてしまっていたのだ。なんだか新鮮な気分だ、と語る彼女の頭を、恵は暖かい掌で撫でてあげた。栄司の姉の方の「恵」とは違い、少々乱暴な撫で方だが。


「あの…栄司さん?」

「どうした、デューク」


その横で、執事服の男がスーツ姿の男に、心の中に抱えていた疑問を言った。

何故、彼の姉…有田恵は、彼女の人生に終止符を打ってしまった自分たちに恨み節も一つも言わなかったのか。前に再び対話する事となった、同じように「完全人間」のサンプルとして命を絶たれたサンショー大明神とも違い、この旨について彼女は一つも触れないまま、デュークが恐らく二度と会えないであろう場所へと旅立ってしまった。

やっぱり、自分を恨んでいるのだろうか。だから何も言わなかったのだろうか…。


「…何わかった事いってやがんだ、お前」


溜息を一つついた後、栄司は彼に返答した。

自分を殺した相手を憎まない、なんて言う事はあの姉に限っては絶対に無いだろう。過去の事を一文残さず覚えていたように、一見すると優しそうに見えて、恵局長の持つふてぶてしさと栄司の持つ図々しさや執念深さを併せ持つ存在が彼女…有田恵だ、と。ある意味、イワサザイの亡霊と紙一重の所まで来ていたかもしれない、とその本人を指さしながら彼は告げた。


『…しかし、あの女は我の道を選ばなかった訳だな』

「そういう事っす。

 デューク、怨念っつーのは随分面倒だよな」

「え…?」


一度怨霊になってしまえば、思考はいかに相手を陥れるかのみに集中してしまい、自分の考えはほぼ憎悪に乗っ取られたかも同然になる。しかも場合によっては恨みを晴らすまで一か所にずっと留まらなければならない羽目になる。さらにはいくら恨みを晴らしても、結局待っているのはこの世からの別れ。恨みを晴らしたとしても、結局自分自身の未練に関しての根本的な解決には程遠く、単に自分の憎悪の快感を癒しただけに過ぎない。饒舌に話す彼は、やはりああ言う幽霊などの類が「嫌い」…苦手なのではなく、嫌うというスタンスを置いているようだった。


「俺みたいに悪口のアーティストになるなんて事もあるからな」

「そ、そんな事…」

「ま、俺はこれ以上この一件は責めない。いちいち恨み続けるのは、面倒だからな」


…打算的で合理的。自分の利益重視の考えは、まさに未来によくいる犯罪者と同じような思考。だが、栄司の場合、より洗練された打算さ故に自分の利益のみならず、仲間の利益すら重視するようになっているようだった。恵と同様、報酬を手に入れる事が出来る相手を探し求めるスタイル…。


「ま、姉さんがどう思ってたのかは俺も知らん。

 ただ、俺はあの姉さんと同じ血筋を持った男だ。それだけは分かっておけよ」


最終的に、栄司からの答えは曖昧さを残したままとなった。だが、何が言いたいかはデュークにはしっかりと伝わった。

あの時、戦いでイワサザイを殲滅するのではなく、蛍やブランチは説得でその憎しみを消し去ろうとした。過去のデュークと戦った恵や栄司も、彼を消し去るのではなく、説得し屈服させる事で、この世界の理を教えようとした。有田恵もまた、憎しみの連鎖を生み出さないよう、自分自身の心で止めようとしていたのかもしれない…。


===================================


「それにしても…」


人間は勿論、カラスも今の時間は普通寝ぼけ眼をこすりつつ飛び立つ時間。彼女は大あくびをした後、二人の中年の男女に尋ねた。全ての真実が判明した以上、これからどうするつもりなのか、と。それに対する回答は一つだった。デュークや栄司と同様、彼らも自分の過去と向き合う決心を固めていた。完全人間プロジェクトを行った過程や、それ以外の様々な研究分野において、違法な生体実験や動物実験を繰り返し、いくつもの命をないがしろにした罪を警察に自首し、自らお縄につく事を。法の裁きによって、公平な償いを受ける事を決意したのだ。


「人間の社会は複雑でござるな、ブランチ殿」

「人間は頭がいいから、その分悪い事もやったり失敗したりするニャ」


そういう物だ、と栄司もカラスに言った。結局、この世に完全なものなんて存在しない。完全な物を作ったとしても、「不完全では無い」という弱点が必ずついてくる。それをどう受け入れるかが、万物の霊長たる人間の宿命のような物なのだろう…。


あの時の恵との再戦で、彼らが脳内に埋め込んでいた簡易タイムマシンチップは壊れてしまったため、デュークに連れられて時空警察の本部へ向かう事になった二人の科学者。しかし、彼らは向かう前に渡したいものがある、と探偵局の皆に告げた。男性が白衣のポケットの中に乱暴に詰め込んでいた、少々しわがついた箱を恵局長へと手渡したのだ。まさか良い子の自分にクリスマスプレゼントか、と冗談を言い、蛍や栄司に突っ込まれつつ、そのふたを開けると、中には…


「…なにこれ」


そこには、ぎっしりと『回路』が詰め込まれていた。


「カイロ?あったかくなるのかニャ?」

「ち、違いますよブランチ先輩…機械を動かす神経のようなものですよ、これは」

「…まぁ恵の頭をオーバーヒートさせるほどには効果はあるようだがな」


こういう科学的で難しそうなものを見るのが、面倒臭がり屋の恵局長は大嫌いなのだ。理解する事を捨てた彼女の代わりに蛍が一体これは何なのか聞こうとした時、その横でデュークが何かに気づいたように目を開いた。局長から手渡された、回路の詰まった黒色の箱を彼は驚いた顔で見ている。これが何なのかという答えは、恐らく彼の方がよく知っている…と言うより、科学者以上に彼自身が一番知っていた。


「デューク先輩…これって一体…」

「…時空改変プログラムだ!」


「「「「「「へ!?」」」」」」


反応は二つに分かれた。これがデュークの脳内に収まっている、生体ナノマシンによって形作られた回路である事を察知した恵、ブランチ、蛍、そして栄司は驚きの表情である。正確には、その生体ナノマシンの構造の基となった、いわゆる最終試作品のようなものなのだが。何故驚いたのか分からず、一瞬遅れて同じ反応を見せてしまったイワサザイやカラスには、デューク本人がその旨について分かりやすく説明していた。


「つまり、お主の力そのものが…」

「この真っ黒な箱にあると言う訳でござるか…」


完全人間プロジェクトに関わった二人の科学者は、言うなればデューク・マルトの生みの親。この箱の中に、彼の長所や弱点が詰まっているという事になるのだ。彼らから贈られたあまりにも大きすぎるクリスマスプレゼントを慌てて恵や蛍は返却しようとしたのだが、二人の科学者はそれを断った。デュークを信頼し、強い絆を結び、大事な「仲間」として認識している彼らこそ、時空改変プログラムの全てが詰まったこの「ブラックボックス」を持つのにふさわしい、と。そう言われてしまえば、断る術はどちらも持ち合わせていなかった。


しかし、恵はこの箱を持つ事を敢えて断った。驚くブランチたちの目の前で、彼女はこの箱を探偵局の新入りに託した。ずっしりと金属の重みを残したこのブラックボックスに恐れ慄く彼女に、局長は言った。


「ずっと私のために心配してくれてたんでしょ?たまにはこうやって手柄を渡さないと」

「そ、そんな…こんな大きい物を…」

「ケイちゃん、言っておくけどこれは局長命令よ」


…一度この言葉が出てしまえば、デュークですら逆らう事はもう無理である。探偵局のトップである彼女の前には、どんな能力ですらねじ伏せられてしまうようだった。ただ、いくらかっこつけても本質は…


「ニャんだ、結局面倒だから蛍に渡しただけじゃニャいですか」


この一晩で、何度も形勢が逆転しつづけた。恵も栄司も、何度も体がボロボロになった。だが、最終的にボロボロになったのはまたもや余計な事を言ったブランチであった。しかもどうやら図星だったようで、イワサザイの言葉の如く黒いボロ雑巾のような姿にまでされてしまった。過去のデュークや先程までの栄司と同様、自業自得というものなのかもしれない。


ただ、蛍は恵の言葉を受け入れる決心をした。


「局長、先輩…私、守って見せます。きっと…じゃない、絶対に」

「それでこそ、真面目一徹なケイちゃんよ」


そして、もう一度蛍は心の中で言った。絶対に、この箱は自分が守り通す、と。


========================================


二人の科学者に、探偵局は最後の別れを告げた。特に恵は、これからしっかりと約束は守るようにと念入りに彼らに言っておいた。いくら洗脳されていたとはいえ、あそこまで恐ろしい光景を目の当たりにされては、守らざるを得なくなるだろう。これから彼らがどういう罰を受けるかは分からない。ただ、それもまた彼ら自身の姿であり、選んだ道だ。


そして、彼らを送り届けるべく未来へ飛ぼうとしたデュークの横に、送り届けた後のもう一人の彼が現れた。互いに頷きでコミュニケーションを取った後、科学者を連れたデュークは遠い世界へと飛び立った。今の彼に、あの時のような憎悪で包まれたオーラはもう無い。


「デューク、あんた相変わらずかっこつけてるわねー」

「すいません、局長」


…昇る朝日が再び新たな一日の始まりを告げるかのように、デュークの方も本調子を取り戻したようだ。長いようであっという間だった一夜も、ようやく終了である。ただ、それを改めて身に染みたメンバーの顔からは一気に眠気や疲れが溢れ出ているように見えた。生まれて初めての徹夜を経験した蛍も、今日は仕事をする気が全く起きない。

本日は何も依頼は入っていない、という事で今日は探偵局は休業、全員とも思いっきり寝てダラダラして、疲れを取るように恵局長は言った。今回は誰も断る者はいない。栄司も、蛍も、そしてデュークでさえも。


「イワサザイ殿は、拙者が動物園へ送り届けるでござるよ」

「恩に着るぞ、カラス」

「え、僕が送り届けても…」

「デューク、人に頼るっていうのも、たまにはいいものよ」


それに、本人もやる気十分のようだ、と恵は言った。すっかりカラスも探偵局の面々に感化されたようである。

他のメンバーよりも一足先に窓から飛び立った影が、太陽の光を浴びて黒く輝く。新しい一日の始まりを祝福するかのように…。

「…なあ、恵。一つ突っ込みたいが…」

「どうしたの栄司?」

「デュークとか蛍には色々とややこしすぎる過去があって、俺も過去をばらして、ついでにブランチも良く分からん過去がある」

「良く分からニャいってニャんですニャ…」


「だが、お前はどうなんだ?」


「え、私?」


「お前、探偵局になった前の事全然俺たちに教えてねえじゃねえか!」

「そういえば局長、前に自分の昔の事を教えるって言ったのに私たちに教えてないじゃないですか!」


「な、何でそんな昔の話覚えてるのよ二人とも…」


「どうなんだよ恵…」

「どうなんですか局長!」


()()()()()()()()()わよ!眠いし面倒臭いし…」


「どこのボケが進んだババアだお前は…」

「ババアって何よ!あんただって昔姉さんに…」

「だ、だからあの話はすんな!読者にまでばらされたら俺の立場がねーだろ!」

「あんたに立場なんて元々ないわよ!」

「何だとてめえ!」


「ふ、二人とも落ち着いて下さい!

 今日はもう無理じゃないですか、栄司さんも局長も疲れてますでしょうし…」

「まぁ今ニャがい話を聞いたらオレ絶対ぐっすりですニャ…」


「…ま、それもそうか。()()()したな、全く」


「それにしても、凄いですね…あんなに大変な事態をしたのに、喧嘩する気力が残ってるなんて」

「深夜テンションっていうのはこういう事よ」



「取りあえず、皆さん今日は帰りましょう!」


「…そうね、デューク!」「ニャー!」「はい!」「おう」


「…でも局長、なるべく早く教えてくださいね。約束ですよ」


「了解、ケイちゃん!」


―――彼らは知らない。これが、「今の」丸斗探偵局最後の依頼となるという事を。

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