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143.時の輪を繋げ・後 あの世からの依頼

クリスマスは、奇跡と愛に満ちる日。

しかめっ面でいつも厳しいおじさんも、この日ばかりは明るく楽しく町の人と接する。どんなに悪い心を持っている存在も、聖なるもみの木やヤドリギの前では愛を誓わずにはいられない。そして、家族や恋人に思いを寄せ、一日暖かい気分で過ごす、そんな一日である。

ただ、奇跡などそう簡単に出会う物では無い。栄司も今まで何度もクリスマスを経験し、その度にあちこちで様々な話題を耳にしてきた。しかし、もう彼はサンタクロースもいないし、そんな奇跡など夢物語に過ぎないという事実を知っていた。夢を見るような年齢では無かったのだ。


…しかし、この世界には一つの言葉がある。人間が考えている事など、この広い宇宙ではいとも簡単に起きてしまう。有り得ない事など有り得ない、と。サンタクロースがいる事も、死んだはずの人ともう一度会える事も…。



「暖かい…」


青いショートヘアに身を包み、コートを羽織った背広姿で現れた女性の手を、栄司はしっかりと握りしめていた。二度と会えないと思っていたその触り心地は、あの時と同じように暖かく、そして優しかった。


「姉さん…」


そう呟いた瞬間、彼の体は彼女のもう一方の腕を伝い、抱きしめられていた。

既にその体は、この世界の住人のものではない。だが、それでも栄司は体や胸、そして心の暖かさを感じ取っていた。それを噛みしめるうち、彼の目でせき止められたいたはずの涙が、再び流れ始めた。その勢いは、あの時の悔し涙よりも大きいものだった。いつも皮肉屋で強がっている彼も、その手の内を全て知り尽くしていた大好きな「姉さん」を相手には全く敵わない。彼女の名前を呼びながら、弟は年甲斐も無く子供のように泣きじゃくった。


「姉さん…俺…本当にごめん…」

『ううん、いいのよ。これが栄ちゃんの選んだ道でしょ?

 むしろ謝りたいのは私』

「ちがう…ちがうよ姉さん…俺が…」


『大丈夫よ、私はずっと遠い所から貴方を見ていた。ずっと頑張って来た事は知ってるから』


栄司の姉…有田恵は知っていた。弟は一見優柔不断に見えて、意外に自分の思いを曲げない頑固な所がある。昔からそうやって意地を張って、部屋でずっと籠っていた事があるという本人にとっては恥ずかしい話を、彼女は堂々と打ち明けていた。嬉しさと恥ずかしさで混乱し、顔を真っ赤にする弟の頭を、彼女はもう一度優しく撫でた。こうすれば、負けず嫌いの彼もあっという間に心に冷静さを取り戻す。子供の頃からずっと一緒に過ごしてきた人の事など、彼女はすべてお見通しだった…。


ほろりと涙を流す蛍やカラスたちの前で、次第に栄司は涙も薄れ始め、普段の調子を取り戻し始めていた。


「…悪いな、姉さん。わざわざ来てくれて」

『今日はクリスマスでしょ?悲しい事を全部帳消しにする日だもんね』


そうは言っても、まさかサンタクロースのプレゼントとなってやってくるなんて思いもしなかった事。相変わらずの姉だ、と栄司は呆れと嬉しさを交えた笑みを見せた。

そんな二人の会話に割り込む事を謝りながら、見習いサンタクロースのレナが栄司の姉にそろそろ出発するかどうかを問いかけた。クリスマスとは言え彼女は幽霊に近い存在、そうこの世界に長居は出来ない。弟もその辺りは覚悟していたようで、ずっとこの場にいてほしいなどとは思っていなかった。生きている間にもう一度彼女と会えるという事自体がまず彼にとっては「奇跡」に近かったのである。どうするか、と弟に尋ねられた姉は、もう一つ用件があるとレナと栄司に告げた。

少し目線を上げた彼女が見た先に、弟の大事な仲間たちが立っていた。丸斗探偵局に務める丸斗恵、ブランチ、丸斗蛍。彼女たちに協力してくれるカラス、イワサザイ。そして、彼女が今に至るきっかけを作った、デュークと二人の科学者。

こちらへ向けて歩いて来たその姿に、デュークや科学者は怯えた表情を見せ、彼女から目線を反らした。当然だろう、有田恵の命を自分の私利私欲のために利用したのは自分たちだ。顔向けなど絶対に出来ない。だが、デュークが僅かに開いた目に見える姉の表情からは怒りと言う物は一切感じられなかった。ただ、それもそうかもしれない。彼女が歩いて行った先にいたのは、丸斗探偵局の局長、丸斗恵だったからだ。


『えーと…丸斗恵さん、ですね』

「あ、はい…」


二人が並び立つ様子に、先程の涙はどこへやら、蛍やブランチ、カラス、そして恵自身も改めて驚いていた。ジャンパーを着こんだパーカーとジーンズ姿、紫色の髪が特徴なのが局長の丸斗恵。黒系のコートに身を包んだスーツ姿、青髪が目立つのが栄司の姉の有田恵。ただ、二人の違いはそれだけだった。見つめ合う目つきも顔も、髪型も背丈も体格も、さらにはその声まで、何もかもがそれぞれと瓜二つ。もし今レナが暗闇に創り出した光が灯っていなければ、匂いや感覚で判別できるブランチ以外は見分けをつける事が難しかったに違いない。世の中にはそっくりな人が三人はいると言うが、もしかしたらそれが彼女ではないか、蛍は薄々とそう感じていた。


「…でも、本当にそっくりですね」

「姉さんの色変えて性格を卑しくしただけだからな、恵は」


探偵局新入りの言葉に、いつの間にか傍に来ていた栄司が答えた。完全にいつもの調子を取り戻したらしい。


「どういう意味よ、栄司…」

『栄ちゃん、相変わらずね…


 …ふふ、すいません、こういう弟で』

「い、いえいえ…ははは」


…何だかんだで、次第に局長の緊張は解け始めた。弟の言うとおり、二人の恵は似た者同士、一度打ち解ければそこから先はあっという間に互いに和気あいあいとなっていくのがその笑顔からもよく分かった。

そして、姉は局長の目を見て言った。今回やって来たもう一つの目的は、丸斗探偵局にある依頼をする事であった。

今まで探偵局は実に様々な場所から依頼を受けてきた。町のおばあちゃんや大家さん、どこかの夫婦やギャル以外にも、警察や動物、未来人、果ては町に住む妖怪からも様々な依頼を受け、彼らの悩み事をずばりと解決してきた。ただ、まさか幽霊にそのような事をされるとは思いもしなかったようだ。ちょっと複雑な顔を見せた局長だが、依頼とならば受け入れざるを得ない。


「それで、どんな依頼ですか?」


その言葉に、姉は目線を弟の方に向けて、その依頼を言った。


『有田栄司を、よろしくお願いします』


…確かに栄司は生意気で我がまま、一度言ったら止まらない頑固な男。でも、彼は仲間がいないと倒れてしまう、そんな弟。

もしこれからも彼が倒れそうになったら、探偵局の皆が助けてやってほしい。真剣な面持ちで、彼女は局長に告げた。


しばし静かな時間が流れた。レナやトナカイたちも、事の成り行きを静観していた。


そして、開幕一声、局長が言った言葉は…



  「…で、報酬は?」



…唖然とする仲間たちを尻目に、局長はがめつそうな目で姉に近づいた。つい数時間前に自分たちは偽依頼に騙されて散々な目に遭ったばかり。いくら大事な頼みとは言え、局長は少々疑い深くなっていた。がめつい彼女なら仕方ないかもしれないが…。


「相変わらずだな、局長」


当然、栄司は局長を馬鹿にするような態度で言った。こんながめつい女に、姉さんが報酬なんて払う訳…


『ありますよ』


「…はぁ?」


…この場所の力関係は、栄司の姉がやって来るまでは…


・丸斗恵=栄司>デューク≧ブランチ≧蛍 


といった感じだった。だが、レナが栄司の姉を連れてきた途端、この不等号の式に変動が起きた。つまり…


・有田恵≧丸斗恵≧栄司>デューク≧ブランチ≧蛍


という形に変わってしまったのである。

突然恵の耳を借り、そこに口を寄せて何か内緒話をし始めた姉。その顔は悪戯そうな笑みを満面に見せている。弟をよぎった嫌な予感は、見事に的中してしまった。話が終わった途端、二つの顔が見事に鏡合わせとなり、彼の方向を向いた。そこには、まさに彼の弱点を突いたかのような…あの時過去のデュークに向けたものと全く同じ不敵な顔が浮かび上がってたのだ。


「へぇ、栄司あーんな事やってたんですねー、ぷぷっ」

『そうですよー、栄ちゃんあの後思いっきり…くすっ』


「ちょ、姉さん!まさかあの事を…」

『当然よ、栄ちゃん。いつも言ってたでしょ?』

「そーそー、あんたボランティアが大嫌いだったそうよねー」


「『依頼にはそれなりの報酬が必要、ね?』」


思いっきりユニゾンされ、栄司の顔が真っ赤になり始めた。いつも相手の隙を突き、弱みを握り、それをとことん責めるのが栄司の基本的な戦闘態勢である。だが、さすがは彼の姉である有田恵、弟よりも一枚上手だったのだ。しかも、それは単にこういった話術の腕のみに留まらなかった。早速報酬である『栄司の恥ずかしい話』の続きを語ろうとした姉を必死に止めようとした栄司だが、時既に遅し。彼の背後に、もう一組の局長と姉が現れ、内緒話の続きをし始めたのである。


「おお、さすが栄司のお姉ちゃんですね!」

『貴方も私と同じ能力を持っていましたか、そういえば』


まるで知っていたかのような口調も気になる所だが、今やそれどころでは無かった。姉が数が一度でも増え出したら、そこから物凄い数に増え出す証拠。しかも今回はそれにあの局長まで加わると、もう手の打ちどころがない。あっという間に工場の中は内緒話とくすくす笑いで覆われてしまった。あちこちで栄司の顔を見て笑いだす姉と局長を前に、ついに彼の顔は沸騰してしまった。


「「「「やめろやめろ!!」」」」

「『「『「『「『「『あはははは!!』」』」』」』」』」


「「「「「「えーそれでそれで?」」」」」」『『『『『『それでね、その後栄ちゃんったら…』』』』』』』

「「「姉さんその話は!」」」「「「恵お前は聞くな!」」」

『『『『『『あ、栄ちゃんいいの?』』』』』』』『『『『『『『『『『『『『お姉ちゃんを呼び捨てにするなんて♪』』』』』』』』』』』』』』』「「「「「「「「「「「「「栄司最低ー♪」」」」」」」」」」」」」」


「あははは♪」『あははは♪』「あははは♪」『あははは♪』「あははは♪」『あははは♪』「あははは♪」『あははは♪』「あははは♪」『あははは♪』「あははは♪」『あははは♪』「あははは♪」『あははは♪』「あははは♪」『あははは♪』「あははは♪」『あははは♪』「あははは♪」『あははは♪』「あははは♪」『あははは♪』「あははは♪」『あははは♪』「あははは♪」『あははは♪』「あははは♪」『あははは♪』「あははは♪」『あははは♪』「あははは♪」『あははは♪』「あははは♪」『あははは♪』「あははは♪」『あははは♪』「あははは♪」『あははは♪』「あははは♪」『あははは♪』「あははは♪」『あははは♪』「あははは♪」『あははは♪』「あははは♪」『あははは♪』「あははは♪」『あははは♪』「あははは♪」『あははは♪』「あははは♪」『あははは♪』「あははは♪」『あははは♪』「あははは♪」『あははは♪』「あははは♪」『あははは♪』「あははは♪」『あははは♪』「あははは♪」『あははは♪』「あははは♪」『あははは♪』「あははは♪」『あははは♪』「あははは♪」『あははは♪』「あははは♪」『あははは♪』「あははは♪」『あははは♪』「あははは♪」『あははは♪』


…蛍やブランチは、その光景にもはや何もコメントが思い浮かばなかった。どこまでも余裕を誇る栄司が、まるで手駒に取られるかのように大慌てで顔を真っ赤にしながら右往左往している様は、滑稽を通り越してもはや哀れにも見えてしまった。イワサザイやカラスも、ここまで元気な幽霊を見たのは初めてのようである。そして、全員は理解した。栄司の唯一にして最大の弱点を。


=======================================


そんな楽しい時間も、永遠には続かない。…約一名は楽しいどころでは無くなってしまったようだが。


「あ、盛り上がってる所悪いんだけど…」


『ん?』『ん?』『あれ?』『どうしたの?』『ん?』『あれ?』『あれ?』『ん?』『どうしたの?』『どうしたの?』『ん?』『あれ?』『ん?』『ん?』『どうしたの?』『ん?』『ん?』『あれ?』『どうしたの?』『ん?』『あれ?』『あれ?』『ん?』『どうしたの?』『どうしたの?』『ん?』『あれ?』『ん?』『ん?』『どうしたの?』『ん?』『ん?』『あれ?』『どうしたの?』『ん?』『あれ?』『あれ?』『ん?』『どうしたの?』『どうしたの?』『ん?』『あれ?』『ん?』『ん?』『どうしたの?』『ん?』『ん?』『あれ?』『どうしたの?』『ん?』『あれ?』『あれ?』『ん?』『どうしたの?』『どうしたの?』『ん?』『あれ?』『ん?』『ん?』『どうしたの?』『ん?』『ん?』『あれ?』『どうしたの?』『ん?』『あれ?』『あれ?』『ん?』『どうしたの?』『どうしたの?』『ん?』『あれ?』『ん?』『ん?』『どうしたの?』『ん?』『ん?』『あれ?』『どうしたの?』『ん?』『あれ?』『あれ?』『ん?』『どうしたの?』『どうしたの?』


…大量の視線が一気に自分の所に集まって来た事に一瞬慄いてしまったが、レナはすぐに調子を取り戻してまたもや工場を埋め尽くした恵たちに言った。そろそろ、出発の時間だと。このまま彼女がここにいても問題は特にないのだが、サンタクロースにとって今の時間は一番忙しい時期。今回は彼女を相乗りさせてきたともあり、またあの世へ送り届ける必要があるのだ。


その言葉を聞き、少し寂しそうな目を見せながら栄司の姉は元の一人に戻った。そんな彼女の前に、こちらも元通り一人に戻った局長がすっくと立ち、力強い声で言った。依頼、確かに受け取った、と。今回は偽物では無い、しっかりとした依頼だ。

握手を交わす二人にため息をつきながら、栄司はある人物に声をかけた。今回の話の中で、ずっとカヤの外に追いやられていた…と言うより、関わらないようにしていた人物たちだ。彼ら三人…デュークと二人の科学者それぞれの前に栄司が現れ、口を揃えて姉に別れの挨拶を言うように告げた。さっきの自分のように消し去りたい過去は誰だってある。だが、そこから逃げてばかりでは何も始まらない。それとどう向き合うかで、過去を変える事が出来る、と。自分も、デューク・マルトに負けない「時空改変」を起こす事が出来る。それが、あの時の勝利の理由だ。自信満々に彼は言った。


『相変わらず、栄ちゃんらしいわね』

「当然だよ、俺は恵姉さんの弟だ」


双方とも、自分の能力を大いに活かし、人間社会で縦横無尽に大暴れする二人。握手では無く、互いの拳の甲を軽くぶつけ合い、笑顔と共に悔いが無い事を双方に告げた。その後ろでは、他の三人の栄司に連れられ、科学者たちとデュークがこちらへと向かってきた。三人の目を見ている間、姉の口元は笑顔だった。何を意味しているのか、あのデュークも分からなかった。自分自身を怨んでいるのか、憎んでいるのか…。

ただ、その答えは彼女の口から出る事は無かった。少しの時間のやり取りの後、姉がレナと共に最後に向かったのは、それ以外の探偵局の皆の元だったからだ。先程局長に伝えた依頼を、改めて他の皆にもう一度言うのが第一の目的。


「分かりました。わざわざありがとうございます」

『いいんですよ、蛍さん。立派な探偵目指して、頑張って下さいね』

「あ、ありがとうございます!」


ツインテールを大きく揺らしながら、蛍は深々とお辞儀をした。そんな礼儀正しい彼女の一方で…


『ブランチさんも、よろしくお願いします』

「了解ですニャ!オレはいつも栄司さんのお世話はニャれてますからニャー」

「やかましい、三味線なりかけ」

「ニャ、ニャんですとー!」

「ふん、相変わらず口だけは達者だな、駄猫め」

「ムカー!」


例の『報酬』を皆で分け合う事を局長に告げられ、何とかブランチの怒りは収まった。その横で先程の三人を加えた四人の栄司が局長とすぐに文句の言い合いになっている一方、姉は最後に残った探偵局員の方を向いた。もう彼は目を逸らす事はしない。どんな事を言われようとも、受け入れる覚悟を決めていた。


『デュークさん』

「は、はい!」


つい大声を出して反応してしまった彼に、栄司の姉は言った。蛍やブランチに送った言葉と同じような口調で…


『栄司を、よろしくお願いします』


…同じ依頼を。

その言葉に、デュークは不思議な感情に包まれた。分かりました、とは返したものの、彼女が何を考えているのか、彼は理解が難しかった。自分の事を憎みもせず、励ましもせず、他の仲間と同じような扱いをしている、このような事は今まで経験した事が無かった…。


=======================================


サンタクロースのレナにとってはここからが正念場。たっぷりのプレゼントを世界中の子供たちに届けるという、時空警察からの処罰を受けなければならないからだ。プレゼントを入れるための荷台はいつの間にか袋が変形したシートに変わっており、栄司の姉がそこに腰かけた。

いよいよ出発の時間、という所でレナはもう一人この場にいる「幽霊」に声をかけた。このままこのソリは北極にいったん戻り、そこから姉は元いた場所へと帰る。同じ存在であるイワサザイの亡霊も、このチャンスを活かせば成仏できる。一緒に行かないか、と言うレナの誘いを、彼は断った。


「我は元々あの『鳥』と共にここに来た。あやつの運命を見定めぬ限り、この場を離れる訳にはいかない」

「そうですね…確かカカポと一緒に…」


動物園にやって来たニュージーランドの希少な鳥カカポ。絶滅の危機から救うべく、この町の動物園で研究が行われ始めた仲間を放置していく訳にはいかない。かつて「悪霊」だった時には、全く考えもしなかった答えである。それに、自分は恐らくこの世界で最後のスティーブンイワサザイ。自分のような過ちが再び起きる事が無いよう、猫や人間を見守りたい、とも言った。怒りに囚われたこの禍々しい姿も、逆に自分の武器にする事が出来る。栄司の姉が、そうしたように。


「ま、向こうはいつでも大歓迎だってさ」

「サンタなのに縁起でもない事言うわねあんた…」

「仕方ないよー、こっちは大変なんだからさ…」


だから、そろそろ出発の時間。彼女が手綱を握ると、トナカイがそれに応えて首の鈴を鳴らした。栄司と恵、有田姉弟に再び別れの時が訪れた合図だ。しかし、二人の間には涙は無かった。一度目の別れのように、悲しさが極度に達したのが理由では無い。今まで互いに抱えていた思いを、全て打ち明ける事が出来たからである。もう後悔など無い、お互いいつでも相手の事をずっと思っている、それが分かれば十分だ。

互いの名前と感謝の言葉をかけ合い、栄司に舞いおりたクリスマスの奇跡は互いの握手で幕を閉じた。


「ありがとな、新米サンタ」

「新米って言わないでよ…でも、どういたしまして!


 それじゃ、またいつか!」


ずっと声を掛ける事が無かった二人の科学者やイワサザイ、カラスの方を向き、お辞儀をしたのが、探偵局の面々や栄司らがこの世界で見た有田恵の最後の表情だった…。

『ごめんなさい、無理させちゃった上に時間もかかって…』

「いいんですよ、気にしなくて…でも、これからが大変だ…」

『そうか、レナちゃんが一番忙しいのは今からですもんね』

「しかも聞いて下さいよ、プレゼントの製作でトラブル起きちゃって、プレゼントを作る機械を治すのに時間がかかっちゃったんですよ」

『え、間に合ったんですか?』

「プレゼントは間に合ったけど…サンタさんは余裕っぽいですけど私の分が集中的にやられちゃって…


 …はぁ、体がいっぱいあれば…」


『体がいっぱいあれば?』


「一気にたくさんプレゼントが届けられ…て、おぉっと!?」


『ああ、ごめんなさい…』『バランス崩しちゃったみたいですね』


「え、いいんですか?」

『『何を?』』

「私を、手伝ってくれるなんて…」

『いいんですよ、これくらい』『サンタの奥さんにも無理言っちゃったし』


「で、でもあの判決文は『自分の力で行え』って明記されてますし、気持ちだけで…」

『未来の世界で、私みたいなお化けは』『どう認識されているか、覚えてます?』

「そ、存在自体が無かった事…」

『そういう事♪』『私なんて法律上は居ない存在だから、』『私がいくら配っても、ぜーんぶレナさんの手柄になりますよ!』『『ねー♪』』


「言われてみれば…でも、念のためにサンタさんから許可を貰っておきますね」

『それは私からも言いますから大丈夫ですよー』『元々私の発想だし、第一レナちゃんが困ったのはサンタさんも知ってるはずですし』


「…分かりました、じゃあこの『依頼』、よろしくお願いします!」


『『了解!』』


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