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141.時の輪を繋げ・後 最大のビッグマッチ

…現代。


工場の中で、二つの勢力が静かに睨み合っていた。一方は多彩多種、もう一方は単独。しかし、その力はほぼ互角。

完全人間プロジェクトの完成体となった存在「デューク・マルト」を前に、ブランチや蛍たちには張りつめた空気が流れていた。今まで話だけの存在だった、第八の大罪にして未来の大犯罪者がいざ目の前に現れれば、当然の反応かもしれない。しかし、そのような悪い事をする存在を認めるような彼らでは無い。これ以上の被害を防がんと、蛍が一歩を踏み出そうとした時であった。


「待ってくれ」


…それを止めたのは、探偵局の頼もしい助手「デューク・マルト」だった。

一体何故だ、と驚いたように聞き返したブランチや蛍に、その後ろにいた一人…いや、一羽の亡霊が答えた。


「お主、前に言わなかったのはこういう事だな…」

「…ええ、イワサザイさんの言うとおりです。今ここは、時の鎖で造られた特設リング…」


そこに立つ選手は、既に決まっている。デューク・マルトに刻まれた記憶と言う対戦表には、名前は記載されていない。しかし、その外見上の特徴を言えば、それが誰かは一目瞭然だろう。



紫色の髪の女性。

青色の髪の男性。



…デューク・マルトの未来を変えるきっかけとなった二人は、既に覚悟を決めていたようだ。左右双方から現代の彼に視線を送り、全てを託すという意味を持った頷きを受け取った。

蛍やブランチ、カラス、イワサザイ、そしてデューク。この五名は、ここから先に触れる事は出来ない。未来がどうなるのかは、恵と栄司の握りこぶしにかかっているのだ。



「…お前、襲ってきても良かったんだぜ?」


先に相手に語りかけたのは栄司だった。問いに対する答えは返ってこなかったものの、彼から感じさせる憎悪のオーラを、彼は相手の気持ちと受け取ったようだ。



「…ねえ、貴方何者?」



次に恵が語りかけた時、一瞬だけ過去のデュークに驚きと焦りの表情が見えたのが分かった。一体どうして栄司では無く「恵」になのかという疑問も浮かんだかもしれないが、今回はそれよりも相手の真意を確かめる事に恵はウェイトを置いたようだ。



「…知って、何になるんですか?」



…ようやく相手が声を発した。その口調には、苛立ちが込められていた。今まで順風満帆だったはずの航海中に、突然の大嵐が襲ってきたかのような感情が渦巻いていた。さすがに恵はそこまでは分からなかったものの、どうやら彼の鼻を自分たちが少しへし折ってしまった事は理解できたようだ。



「ねえ、あんた寂しくない?」


恵がもう一度彼に聞いた。


「どうしてですか?」


返って来た問いに、恵はその訳を言った。


「神様って、自分より強い存在を認めないんだって」


…そして、彼女ははっきりと言った。それは、自分たちである、と。

彼の様子が少しづつ変わり始めたのを見た栄司が、最後の決定打を彼に言い放った。



「お高く止まってるんじゃねえよ、()()()()()



…相手の真意を見極め、その心をえぐり取るような発言をする。悪口が大好きかつ得意な栄司だが、特に今回はその度合いが大きめだったようだ。目の前にいるのは、自分の一番大事な存在を奪った、彼にとって一番憎むべき相手。最強の存在であるはずの存在が今、自分の悪口一つでここまで怒りに震えている。このままもう一声行こうと思っていたのだが、そうは敵わなかった。凄まじい爆発音と共に、辺りが一気に吹き飛んだからである。


一瞬だけ二人は他のメンバーの安否が気になったのだが、目線の先に少しだけ見えたバリヤーを見て安心した。

大丈夫、今のデュークは過去に負けるような存在では無い。絶対に、仲間たちを守りぬいて見せる。そして、自分たちの使命は自分の過去に手出しできないと言う情けない「最強」の助手に変わり、目の前の大犯罪者を叩きのめす事。


戦いのゴングが、爆風が残る中で鳴り響いた。



=============================


大犯罪者「デューク・マルト」は今、信じられない光景を目の前にしていた。こんな事、今までに一切なく、考慮すらしていない事態だ。自分自身が、赤の他人を前に劣勢を強いられているのである。


全ての開発者もろとも壊滅させたはずの『完全人間プロジェクト』に関わった生き残りが存在している事を彼が察知したのは、「彼」の時間の流れの中で最近の事だった。様々な偶然が重なり、彼らはその時に研究所を訪れていなかったというのだ。当然、それを知った後に彼はすぐさまこの生き残りの二人を抹殺すべく動き出した。しかし、その本人の前に現れ、彼らの慄く様を見た時にその考えは変わった。

以前より、自分自身の行動を何かが妨害しているという妙な気配があった。確かに自分は何をやっても成功しているはずなのに、それが何か大きな力によって「無かった事」にされている可能性があるのだ。特に、それが一番大きかったのは「サンタクロース」という存在に対しての妨害対策。彼に関しては、どういう手段を行おうとも最終的に世界中の子供たちにプレゼントが届けられていたのである。他のメンバーは気づく事が無いのだが、オリジナルの彼はそれに関して自分自身の行動へ外部からの介入があるのではないかと推測していたのだ。もしそうなら、自分自身の手を汚すよりも「他人」を利用した方が良いかもしれない…。

二人の科学者を洗脳し、「サンタクロース」が現れると推測される時間へ送り込んだのは、そういう事だった。しかし、事態は彼の予想外の方向へと動いた。サンタ抹殺どころか、それと全く関係ない謎の存在によってしもべの洗脳が解かれてしまったのだ。その要因となったのは、間違いなくこの二人しかいない。目の前に現れ、偉そうな事を述べ、挙句自分が一番嫌いな言葉すら平気で発した男女…。


しかし、いくらデュークが時空改変で存在を消しても、紫髪の女性と青髪の男性が消える事は一切なかった。彼らの体を破裂させ、辺りに血や肉体をまき散らそうとしても、そこからあっという間に新たな彼らが現れる。それを『無かった事』にしようとすれば、今度は一人に戻った彼らが再びその数を増やし、こちらにパンチやキックと言った原始的かつ一番打撃力のある方法で迫って来る。

…あの時もこうだった。彼が時空改変と言う最強かつ圧倒的に有効な手段を使ったにもかかわらず、あの「女性」は一瞬で自分が隠れている事を見抜いた。それと今回の状況は同じ。しかし、その事に対しての衝撃度はやはりこちらの方が大きかったかもしれない。消せば消すほど、相手の数は増えていく。今までのやり方が、一切彼らには通用しなかったのだ。


「目を覚まして!」

「驕り高ぶってるんじゃねえ!」


途切れなく次々に燕尾服に打撃を打ち込みながら、二人は必死に彼に向けて言葉を言い続けていた。今までこのような事を言う存在は、一切いなかった。「目を覚ます」?「驕り高ぶる」?



…やがて、彼の心に、初めての感情が生まれ始めた。悲しみでも何でもないのに、目頭が熱くなり始めていた。怒りによく似た感情だが、そこには今まで感じたものとは別の苛立ちが生まれ始めている。その対象は、自分自身。これが、「悔しい」という心だ。


「うわあああああああああああああああ!!!!!」


鼓膜が張り裂けそうになるほどの大声と共に、彼の背中に巨大な丸いカッターが次々に現れた。切っても切っても再生しようとする恵や栄司の体を次々に切り裂き、その増殖を防ごうとする。細胞一片、血液一滴からでも自由自在に再生できる彼らでも、やはりその再生速度を越えられると不利な所はある。意地であった。見知らぬ女よりも自分自身の方が強いと言う、その意義が揺らぐ事を彼は恐れ、認めようとしなかった。それはすなわち、彼が一番否定しようとしていた「神」で有り続けると言う事を意味する事には、一切気付いていなかった…。


そして、彼の悪あがきの前に、一瞬だけ栄司と恵の動きが止まり、その目に今までよりも一際大きな丸いカッターが飛んできた時だった。


…デューク・マルトは、切り刻まれる直前に二人がほくそ笑んだ理由が分からなかった。だが、それは一秒もしないうちに嫌でも分かってしまった。今まで、彼が一度もこういった攻撃をされた事は無かった。だからこそ、完全に隙が出来たかもしれない。

腐っても彼は過去のデューク…そして全てのニセデュークの始祖となった存在。後頭部に強烈なキックを浴びせられれば、その凄まじさによろけてしまうのは変わらなかった。彼が見逃していた、『燕尾服に付着した一滴の血』から再生したもう一人の恵と栄司によって。


もはや、デューク・マルトの敗北は避けられない状況となった。隙が出来ればそれを相手が降参するまで突き続けるのが栄司、そして恵の手法。無限の手札で敵を圧倒する増殖能力の魅せる技である。そして、これこそが無敵と思われた『時空改変』に対する、乗り越える事が困難な「壁」でもあるのだ…。


「犯罪組織」の一員、デューク・マルト。彼の最後の悪事は、青髪と紫髪の男女による強烈な顔面パンチによって打ち砕かれた。


================


僕を消してください。

倒れ込み、そう言ったデュークを待っていたのは、紫髪の女性からの、頬への一打であった。体中に感じる痛みと同じ感触なのに、どこか違う。何故なのか分からず、呆然とする彼の前に、腰を手に当てた女性の顔が近付いた。何度も見慣れた顔のはずなのに、そこから見える感情は、デュークが経験した事のないものだった。そして…


「あんた、逃げるつもりでしょ」


自分に敵わない者がいるからって、逃げ続けるなんて筋が通ってない。ましてや自分を消すなんていう手段、完全に勝ち逃げじゃないか。そんな理不尽な事、絶対に許さない。


…デューク・マルトは、生まれて初めて『説教』というものを味わった。確かに知識で得た通り、自分自身の良くない点を縛り上げ、それがなぜ悪いかを追求するというのは非常に辛く、耐えがたいもの。特に彼の場合、今まで一度も他人に「怒られる」という経験をした事が無かったのも大きいかもしれない。

今までなら、デュークはすぐに彼女を消し去ろうと動き出していた。だが、不思議な事にそういう気は一切起きない。一体どうしてか、彼は理解できなかった。だが、彼女の言葉から長い間ずっと心の中に掛っていた鍵のような物が解かれる、そのような気分が心を包み始めていた。そして、解かれた錠の向こうから湧きあがり始めたのは、暖かく、優しく、そしてどこか嬉しいという、妙な感情…。



「恵、また人助けをしたな」


女性の後ろで腕を組みながらこちらを見下ろしていた男性が横から口を挟んだ。

今まで、デュークが一度も行った事が無い行為。それをするには自分の意志の制限や踏み出す勇気など、様々な困難がある。しかし、それを成し遂げた時の喜びは、何よりも大きいものだ。


誰かの命を救うと言うのは、こういうものだ、と恵はもう一度言った。


「…貴方の名前は…」


しばしの沈黙の後、立ち上がり、おもむろに尋ねた彼に、目の前の女性は名乗った。


「丸斗恵、探偵よ」


『マルト・メグミ』。

何度も聞いたはずの響きだが、彼女の口からでた言葉の感触は、今までとは全く異なっていた。それを噛みしめるかのようにもう一度名前を言った大犯罪者『デューク・マルト』は、そのまま暗がりに姿を消し、恵と栄司の前に現れる事は無かった…



…もう一度彼らの前に姿を現した時、彼は丸斗探偵局の助手『デューク・マルト』となっていたのだから。

この後彼がどのような行為に出るかは、既に恵や栄司、そして探偵局の仲間たちはもう知っている。


恵の言葉を受け、自分自身の行っていた行為を改めて見直し、そして今までの愚かさに気付いた彼は、足を洗うべく「犯罪組織」を離脱し、さらにはこの組織自体の解散という内容を発言するまでに至る。しかし、当然ながら他の二人のメンバーはそれを認めない。初めての口論は、やがてデューク同士の戦いに発展する。町を壊し、空間を歪ませる激闘の末、ボロボロになったデュークは一瞬の隙を突いてこの場を脱走。恵と出会った、あの時間へと逃亡する事となる。


残りの二人がその後どうなったのかは、デューク自身も把握していない。ただ、その後「犯罪組織」のメンバーの数が爆発的に膨れ上がったのは確かである。大事な「仲間」を失ったコピーデューク…すなわち「ニセデューク」は、例のカーボンコピーを繰り返し、その規模をより大きくしながら自分自身の数を次々に増やし続けたのだろう。一人が二人、二人が四人、四人が八人…その全員が、あのコピーと同じ記憶を持っている。



立つ鳥跡を濁さずという言葉があるが、デュークは跡を濁すどころか、飛び去った場所に凄まじい汚染を残してしまった。それが、やがてどのような影響を与えたのかは恐らく皆様も承知済みだろう。

だが、まだ最後の壁が残っている。ニセデュークを束ね、以前よりも増して活動を活発化している「犯罪組織」のトップは、デュークですらその力を知らないのだ…。


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