139.増殖探偵昔ばなし・2
デューク・マルトが自分の出生の秘密を知って、数年が経ちました。
彼がいるのは、世間一般から「犯罪組織」と呼ばれている場所。しかし、今や所属している人数は僅か「二人」のみ、デューク自身が消し去った完全人間プロジェクトの完成品にして最後の生き残りが運営する、組織と言うよりも単なるコンビという形になっていました。何故こういう事態になったのかと言うと、プロジェクトを崩壊させた直後にもう一つの事実に気付いたからです。あの時、自分を騙して過去へ飛ばせた理由は一つしかありません。この時代に神や妖怪を消し去るために使う方法…「過去その物を無かった事にする」という事を、自らの手を汚さずに行おうとしていたのです。そしてその対象は、他ならぬデューク・マルト自身。
ただ、それが彼にとっては幸いしたのかもしれません。自らが自らを消し去ろうとしても、必ず何らかの障壁が発生し、そのような事が成し遂げられると言う事は有り得ません。あの時自分に過去へ飛ぶようにお願いしたあの男は、きっと何らかの恨みを自分に持っていたのでしょう。ただその恨みばかりが念頭になり、タイムパラドックスという概念にまで頭が及んでいなかった…。
…それに気付いた時、デュークは「友人」という概念すら崩れかけました。何もかもが自分自身を利用している、自分はそれだけの価値しかない存在なのか…。頼れる仲間すら幻想とまで考えようとした時、彼を絶望の淵から助け出したのが、自らが救いだしたあの「女性」でした。
「大丈夫。私はいつでも貴方の味方よ」
…初めて自分から笑顔を見せたのも彼女なら、初めて涙と言うのを見せたのも彼女でした。心の中に「満足」とも「不快」とも違う何かが湧きあがり、我慢しようにも目頭が熱くなり、水が滴り落ちるのを止める事が出来ません。満足を超えた「感動」という心を、デュークは初めて知りました。
そして、それと同時に何かどす黒い、大きな淵のような感情も湧きあがり始めました。彼女と自分の邪魔をする者が次々に頭の中に浮かび、それらを消し去らないとどうにも気分が良くなりません。その感情を満たさない限り、心の中に「満足」が得られない、とデュークは考え出したのです。それが「憎悪」という感情である事は、まだ彼は分かりませんでした。
…「犯罪組織」に関わったであろう人間たちの存在は、デュークとその「女性」を除いて全てこの世界から消え去りました。ある時点を境に、世界中のあらゆる記録から一斉に数千数万もの人間が突如いなくなったのです。この時、デュークはあるミスを犯していました。「記録」や存在自体は消し去ることが出来たのですが、それに関しての防御…すなわち怪しまれないようにする対策をしていなかったのです。こんな事、今までの彼は一度もした事がありませんでした。当然、時空警察はすぐにこれが「デューク」の仕業であると見抜かれ、やがていくつかの部署は本拠地の特定にまで至ってしまったのです。
自分たちの場所を邪魔される。自分たちの居場所が無くなる…そして、「彼女」が居なくなる。様々な未来の可能性が、デュークの脳内を駆け巡ります。しばらくの思考の後、彼が下した決断は、「犯罪組織」の居場所を変えるというものでした。
本拠地に時空警察が突入し、内部がもぬけの殻であった日、突入した部隊が一斉に行方不明になったあの日以後、時空警察がデューク・マルトを追い詰める事は長い間不可能になりました。それも当然でしょう、周りとの繋がりを断った「異次元」に逃げられてしまっては…。
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「今日も行くの?」
「ええ、ちょっと」
犯罪組織の本拠地がある「異次元」の中は、故郷である世界と全く同じもの。地球を模した丸い大地の上に都市が広がり、その一角にデュークたちが住む大きな建物が築かれていました。単なる建物ではありません、いわば「建物」という概念のみの存在なのでその形は自由に変化します。毎日様々な部屋が出来たり、不思議な所へつながる階段が出来たり。「彼女」は毎日それを面白がっていました。当然それを見ているデュークも嬉しい気分になります。
ですが、毎日彼はもう一つ満たされぬ感情に動かされていました。デュークは時々この世界から抜け出し、様々な星を滅ぼしたり人々を苦しめたり、はたまた生物種を消し去ったりと様々な事をしていました。どれも普通の人から見れば「悪行」と呼ばれ、してはいけない行為とされていますが、これらをする事によってその感情…「憎悪」というものが満たされると言う事もデュークは既に学んでいました。ですが、彼がいくらそれを時空改変を用いて抑えつけようとしても、必ずその少し後にはぽっかりと空洞が生まれ、また憎悪を満たしたくなるという欲望が出来てしまいます。しかも、そのレベルは次第に大きくなり始めました。より大胆に、より強力に、そしてより精密に…もはや、彼は悪と言う麻薬に支配されたと言っても過言ではない状態でした。
「…あまり無理しちゃだめよ、デューク」
「大丈夫ですよ、ご心配なく」
そんな中で、唯一の救いになったのは彼が救った「彼女」の存在でした。その名前を呼んだり、彼女と言葉を交わすだけで、どこかデュークの心は癒されていたのです。次第に彼は、彼女を自らの考えを導いてくれるリーダー格として扱い、敬うようになっていました。
…ただ、彼は気付いていませんでした。かつて自分も、同じような扱いを「憎悪」の対象からずっと受け続けていた事に。
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そんなある日の事。
「…寂しい…ですか?」
「うん…ちょっとね」
彼女がふと、こんな事を呟いたのです。
確かにこの場所は何でも揃っていますし、遊ぶ場所も寝る場所も、願えばほぼ無限に出す事が出来ます。ですが、彼女はどうしても我慢が出来ない事があったのです。デューク・マルトが「彼女」を心の支えにしているように、「彼女」もまたデュークが遠くに行く事が悲しかったのです。
「デュークがいつでもいてくれたら、私は嬉しいんだけどな…」
…やがてその一言が、犯罪組織に「三人目」の仲間を作りだす事になりました。
最初にその姿を見た時、当然「彼女」は驚きました。そうでしょう、昨日までずっと一人しかいなかったデューク・マルトが、起きたら二人もいたのですから。状況を説明したのは、もう一人のデューク本人でした。彼に案内されて「彼女」が見たものは、地下に作られた工場のような巨大な空間。その中に、まるで壁掛けのポスターのような黒い人間大の幕のような物が垂れ下がっていました。そこには電子回路を思わせるような線が通り、両隣にいるデュークと全く同じ姿を形作っています。これこそが、完全人間たるデューク・マルトのデータが記載されている、音楽で例えると「原譜」のようなもの。これをコピー機を思わせる専用の機械に通す事により、自分自身を生産できるようになったのです。何故このような手間をかけたのか、と率直に疑問を投げかけた彼女に、デューク…オリジナルの方のデューク・マルトは答えました。
「少し手を込んでいた方が、面白いからですよ」
あらゆる事が呆気なく出来てしまう彼は、次第に複雑な方法を取る事が多くなってきました。何でも思い通りになる事に対し、どこかむなしさを感じ始めていたのです。自らをカーボンコピーするこの巨大な工場と同様に、各地を襲い続ける彼の行動もより大胆に、より精密な物となってきました。様々なきっかけを与え、それが重なる事により甚大な被害や大いなる災いとなる。
それはまるで、彼が一番嫌がっていたはずの「神様」のような行動でした。