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132.時の輪を繋げ・前 実験の行方

12月の空は、まるで灰色のシートを張ったかのように薄暗い。最近はずっとこのような天気ばかり、カラスやスズメ、そして猫のような雨や雪が苦手な動物たちには嫌な日々が続いている。しかし、それでも彼らは美味しいご飯や遊び場所を求めて各地を飛び回り、歩きまわっている。そんな中で、一羽のカラスがあるデパートの屋上にある建造物の上で休息を取っていた。その首には、まるで「ペット」のような青い輪が自慢げにぶら下がっている。

今、丸斗探偵局は久しぶりの「依頼」を受け入れていた。しかも今までのように何かしらの怪しい物では無い、本当に真っ向からまともな依頼はここしばらくずっと無かったのである。彼らの邪魔をしてはいけない、という事でカラスは一時探偵局を抜け出し、久しぶりに外に出ていたのである。そして彼女とは別に、この場所に要件がある者がいた。現在カラスが止まっているのは、デパートの屋上に佇む小さな神社。この土地を始め、一帯を古くから守ってきたという土地神が祭られていると言う神聖な場所だ。そして、その神社の中で…


『…この場所に来た時点で、我の敗北は決まっていた、と言う事か』


ふくよかな体と顔つきをした人間のような姿の土地神様が、彼とは対照的にけばけばしい妖怪のような姿を取る幽霊の言葉に頷いていた。

この土地でネコたちを呪うなど大いに暴れ回ってしまったスティーブンイワサザイの幽霊に対し、このような振る舞いをした際には謝らなければならない場所がある、とドンとエルの夫婦は告げた。ブランチ以外にも、この場所を治める古来からの神様がいるのである。もうあのような悪い事はしない事をイワサザイはしっかりと土地神様に誓った。自分自身が約束というものを信じる事が出来なかった事は確かに否定できない。ただ、そういった事は非常に情けなく今の彼は思っているようだった。


…そんなイワサザイの悩む様子を受けて、土地神様はある男の話をした。

かつて自分も、同じように自分の存在を認めてもらうために色々なちょっかいをこの一帯に出した。神隠しに遭わせたり、勝手に誰かの数を増やしたり。だが、やがてそれらの悪行は一人の男に看破され、自分自身がその報いを受ける羽目となった。ただの「人間」だと思われていた存在に、神様の過去が脅かされたのである。

確か、あの時イワサザイが姿を現した時もその男はいた。幸いあの時は自分相手よりも隣にいた人間と口論、そして喧嘩になっていたためにその矛先が向けられる事は無かったのだが、もしそれがこちらに向いていたら…。確かに、手を出した時点で負けという言葉通りだ。


『…そういえば、その男だが…』


イワサザイの亡霊は、彼に関しての別の事柄へと話題を振り替えた。例の存在…神をも慄かせるはずの「デューク・マルト」が、ただの人間によって逮捕され、刑務所の中へと連れ込まれたという事態は、まだ土地神には知らされていなかったようである。ただ、土地神と亡霊の意見は同じであった。あの時、栄司とデュークの間で交わされた目線の意味が、ようやく分かった。

そんな中、上空でカラスが鳴き始めた。普段の少々しわがれたような独特の声で、探偵局に戻る時間だと言う事を教えていた。


==================================


恵が窓を開いてくれたおかげで、彼女の体に一時的に乗り移った状態のイワサザイと共にカラスは探偵局の中へと入る事が出来た。


そこには、「三人」の探偵局員と、「一人」の刑事が座っていた。皆無言のまま、静かに佇んでいた。特に、刑事と探偵局員の一人は、ずっと顔も合わせようとしていなかった。当然だろう、仲間の一人を「悪者」として逮捕していった存在が、相変わらず堂々とこちらへ遊びにやってきているからである。


「ホタル…大丈夫…じゃないニャ」

「す、すいません先輩…」


とは言え、先程までブランチも蛍と一緒に栄司相手に口論を繰り広げていたばかりだ。確かにデュークはかつての極悪人、国どころか惑星も平気でぶっ壊す相手だ。だが、それ以前に彼は大事な仲間、それを連れ去った存在をどうしても許す事は出来なかったのだ。何とか局長の一喝でその場は収まったものの、ぎくしゃくした空気はずっとそのままである。カラスとしてはどこか居づらい空気だが、全員に共通してどこか寂しさがにじみ出ている事を感じ取り、もう少しこの場にいる決意をした。


「…オレ、思ったんですけど…」


ブランチが、静かに恵に疑問を投げかけた。今回の状況、一番怒るべきなのは局長である恵ではないか。今までずっと共に歩んでいたはずの助手が、この場にいない事に対して何故そこまで冷静…と言うより冷酷で居続けるのか。本当に、デューク先輩を大事に思っているのか。

しかし、彼の考えは一部間違っていた。恵局長は、デュークの事を一番信頼している。物凄い力を持っているはずなのにどこか押しが弱く、情けない一面が強い男。だが、その見た目とは裏腹に彼の心にはしっかりとした芯が備わっている。


「貴方があの時の栄司かどうかは…」

「…あの時の記憶なら、俺も持っている。さっきも言ったが、今回の身柄の確保は相手の同意の上だ」

「そ、そうだったのでござるか…でも、悪者として逮捕というのはとても…」


『奴は覚悟を決めた。それに関する邪魔は一切許さぬ。そうだな、女?』


局長が言おうとしていた事は、より命の経験が長いイワサザイの亡霊が一言で纏めてくれた。もし彼がこの事を一切反省せず、過去を捨てたがるのなら、今頃全員この事実を忘れて呑気に会話をしている事だろう。正直な所、恵もそうあって欲しいと思う節はあった。でも、今はデュークを信じるほかないだろう…。

彼女の言葉を最後に、場が暗いムードで静まりかえろうとした時であった。


確かにデュークの事は忘れてはいないが、もう一つ重要な事を彼らはうっかり忘れてしまう所であった。今回の「依頼」が何だったのか、まだカラスとイワサザイは聞いていなかったのである。いつも親分が一挙解決してくれるこういった事件に自分たちも関わる事が出来るのを、ブランチを尊敬するカラスはとても嬉しく思っているのだ。猫そのものを怨むイワサザイの亡霊は不機嫌そうな表情を隠していないが…。


最近動物に関することが連続して探偵局に舞い込んでくるが、今回もまたもやその界隈の依頼であった。

彼らに探してほしい、とどこかの大学の研究者二人が持ちこんだ資料にあったのは一頭の猿。あの動物園でも飼育されている種類だが、大学などでも様々な実験用として飼われている。勿論彼らの生活はしっかりと保障されているはずなのは言うまでもない。ただ、この写真にある猿はそういう環境で暮らしていたにもかかわらず、何と脱走してしまったのだ。幸い病気や遺伝子改良種という訳では無いのでバイオハザードの危険性はなさそうなのだが、それでも少々まずい事態なのは変わりない。何せ日本には本来住んでいない「外来種」だからだ。

勿論栄司の元にもこの相談は舞いこんでおり、どこで行方不明になったのかと言う詳細な情報も寄せられている。資料が沢山あれば探すのも非常に楽と言う事だ。「時空改変」が無くても、頼もしい動物たちの「人脈」、ブランチの「超感覚」、そして蛍や恵の「人海戦術」を使えば楽勝である。当然報酬もたんまりある、と恵はがめつそうに言った。ただ、まだその顔に真の笑みは戻っていない様子である。


「それにしても、一気に色んな事が動きましたね…」


ふと、蛍がため息交じりでそのような事を言った。確かに、あの日を境に何もかもが一斉に動き出した。デュークの過去、栄司の過去、そして探偵局に関する事も。まだまだあどけない彼女の顔にも、少しだけ疲れが見え始めていた。ただ、それでもここで泣き事を言うつもりは無い。


「お疲れ様でござる、ブランチ殿に皆様方」

『猫は精々堕落しているがよいが、お主らは気をつけよ。

 我にはこの内容、嫌な予感が隠せぬ…』


「…ま、油断大敵ってのは俺たちも知ってるっす」

「でも、やるしかないわ」


ここでずっと立ち止まっていたら、デュークは絶対に喜ばない。丸斗探偵局が、事件解決のために動き始めた。

「嫌な予感」という言葉を、しっかりと胸に残しつつ…。

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