130.八つ目の大罪
猫たちの呪いが無事に解けてから数日が経った。相変わらず外は寒く、丸斗探偵局から誰も外に出ようとしない。恵も第二の自宅であるここに入ったきり、昼飯などは中にあったラーメンばかり食べている。あまり食べ過ぎは体に良くないと言う蛍の忠告もあるものの、寒いのも暑いのも苦手な彼女や猫のブランチにとってはなんとかに念仏であった。そして、その中に今回はさらに二名が加わっている。
「いやーブランチ殿、暖かいでござるなぁ」
『これは良い自堕落ぶりだな、猫よ』
…約一名、既にかつての怨霊形なしな者もいるが、探偵局のメンバーに加えてしばらくの間この二名が在留していた。かつてブランチに命を救われた一羽の女性のカラスと、かつて猫によって絶滅し、その恨みから怨念が残るスティーブンイワサザイの亡霊である。ちなみにカラスはあの後元の姿に戻ったものの、その後の連絡を円滑にするために特性の青い首輪を探偵局の助手から貰い、人間の言葉も話せるようになっているようだ。
そんなこんなでブランチ親分や探偵局に恩が生まれた前者はともかく、後者に関してはただ猫が自堕落な中で消えていくのを眺めていたいと言う名目でこちらへとついてきてしまっていた。
…とは言え、実際の所、憎しみが薄れたスティーブンイワサザイは、どうしても彼女たち探偵局の面々を放置しておけなかったというのが真相のようである。特に、凄まじい怒りの力を物ともせずにあれほど自分に面と向かって説得したはずの少女…丸斗蛍が、あの話を聞いて非常に落ち込み、涙を流すなど想定できなかったからのようだ。
そして、その様子を彼らから遠くで見る、一人の男性がいた。どうしてもあれから、彼とそれ以外のメンツの間には壁が出来ているような気がして、妙によそよそしくなってしまっていた。丸斗探偵局の助手、未来からの「犯罪組織」の逃亡者…
そして、「犯罪組織」のボスであった、デューク・マルトである。
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彼が話した昔話のまとめから言うと、例の「犯罪組織」どころか、幾度となく探偵局を窮地に陥れたニセデュークたちも、全て基はデュークが自ら作り上げた存在であった。かつて、犯罪者として暗躍し、時空警察や各地の敵対組織、そして一般人などから恐れや皮肉交じりで「侯爵」や「八つ目の大罪」と呼ばれていた時代の彼である。当時の彼は、一つの誤った考えを持っていた。全てを自分の思いのままにする、様々な力を手に入れたものが、必ず起こすであろう病のようなものだ。その驕りの象徴として、デュークは一つの「命」を作った。自らとほぼ同等の力を持ち、同等の考えを持ち、そして自分の事を裏切る事がない存在…もう一人のデューク・マルトを作り上げたのである。
「デューク…?」
「ああ、すいません局長…」
彼を心配するかのようにかけてくれた恵の言葉にも、デュークは曖昧な返事しか出来なかった。
あの話をした後、ミコやドン、エル、カラス、そして蛍は彼を「神様」と呼んでしまった。
スティーブンイワサザイは、彼の事を恐るべき『異能』と呼んだ。
しかし、デュークはどの呼び名も全て首を横に振った。自分が何もかも作られた存在である以上、神様なんてとても言えない。誰かによって生み出された存在なんて、「異能」とは全く違う。確かに、蛍に後天的な能力を与えたのは自分であるし、蛍自身も誰か別の存在から生み出され続けたクローンである事は承知の上だ。でも、それでも、どうしても彼はその言葉を否定したがった。自分は「神様」でも「異能」でもない、ただの丸斗探偵局の助手でいたいだけだ。
その言葉を受けてのドンやミコたちからの指摘通り、彼はまだあの時の自分から逃げ出そうとしていた。しかし、それはもう無理であると言う事も承知していた…。
「…僕がこの世界にいると言う事が『あの僕たち』にばれたのは…覚えてますか、鏡の事」
「…私が閉じ込められた時ね。私がいなかったからでしょ、確か」
「本当にすいません、局長…」
局長を隠れ蓑状態にしていた事は、やはりあの後本人に分わってしまった。時空改変の影響もあるとはいえ、恵のカンには恐ろしいものがある。自分の能力が結構凄い事を自慢げにいい、笑って許してくれたものの、その後の影響は計り知れなかった。
そんな中で、ブランチが言った。
「デュークさんって結構毎日罰受けてますニャ」
彼の言う事は、正しかったかもしれない。
現在、デューク・マルトは時空警察からある刑罰を受けている。「永遠の善行」、懲役は「無限」。丸斗探偵局の助手として、様々な人々の不幸を、自分が他人を不幸にした分だけ幸福に変え続けるというものである。国一つどころか惑星そのものを消し去るほど、やりたい放題をして回った彼。その不幸の数が計り知れない事、そしてそれが永遠に終わりそうにないというのは、あの場にいた全員が納得をしていた。蛍やエルは、目に涙を浮かべながら聞いていたほどである。
…相変わらず、世話の焼ける助手だ。
そしてこれが、この事を聞いた恵の感想であった。
「こんなに頼りない神様なんて、いると思う?」
色々突っ込みたい事はあったものの、その言葉の真意は皆分かっていた。
今の彼は、誰が何と言おうと探偵局の仲間である、と。笑顔を取り戻したデューク。
…しかし、それでもまだ、彼は様々な秘密を抱えていた。断片的な事のみを伝えただけである。
その一つは、このやり取りの直後に起こった出来事によって明かされる事となった。何故あの時、栄司は彼の話を聞かないまま外へ出て行ってしまったのか。一体どうして、あのような大犯罪者が今のような美形の助手へと生まれ変わったのか…。その質問を改めて蛍がしようとした、その時であった。
呼び鈴も無しに、数人の男が入って来た。そこから入って来たのは、探偵局によく出入りをするお馴染みの顔。たまにドアホン無しで勝手に潜り込んで来るので、それに関しては全く違和感がなかったが、その表情はいつもとは全く違っていた。よく見せる真剣な顔だが、これは明らかにいつもとは違う。まるで、自分たちとは全く別個の存在であると言いたげな顔だ。
「…栄司?」
刑事の服装をした栄司が一人、その横に警官の服を着た栄司が二人。これが何を意味するのか、ドラマでもよく取り上げられるので皆知っている。だが…
「何の用?」
「話がある」
「誰に?」
その言葉に、栄司たちが返したのは、自らが警察である事、そして目の前にいる存在にそれを伝える事であった。
「デューク・マルト、俺と一緒に署まで来い」
突然何なのか、止めに入ろうとする蛍やブランチ、そしてカラスを恵とイワサザイが制止した。今の彼は、いつもの栄司ではない。警察の顔だ。
「でも、どうして…!理由を言って下さい!」
「…俺の姉さんが殺された…いや、
有田恵を殺した件だ」