13.襲来・局長地獄
デューク・マルトの能力、『時空改変能力』。だが、それは彼自身が本来持っている能力では無い。彼のやって来た未来では当たり前であるが、脳の内部にナノマシンで構成された一種の人工回線が組み込まれており、それが超能力を呼び起こしているのだ。だが、人工物である故に、機能不全、つまり「故障」という事態は避けられない。今回はそのような話である。
「ねえデューク…大丈夫なの?」
ある日の丸斗探偵局。恵は助手の様子を見て心配顔であった。どこか頭に違和感を感じでいると言うのだ。以前彼の能力の秘密を聞いていた局長としては、助手にはあまり無理をさせるような事はさせたくない。しかし、当の本人は大丈夫だ、と一点張りであった。
「このような場合に備えて、僕たちの脳にはあらかじめ修復用のナノマシンが備わっているんです」
少しの傷なら数秒で修復が可能なのである、というデュークだが恵はずっと心配していた。軽い症状でも病というのは油断すると次第に大きくなってくるものである。その予知が当たったかの如く、局長の目の前で突然脳内に大きな空洞が出来たかのような痛みを感じ、倒れこんだデューク・マルトのように…。
…目が覚めた彼が目にしたのは、心配そうな顔の局長であった。
「デューク…大丈夫?」
「ええ、何とか…」
もう頭の痛みは薄れ、普通に喋る事も可能になった、とデュークが言うと、恵の顔が変わった。その眼に涙がにじみ出ていたのだ。こんな局長、見た事が無い。そしてそのまま彼に抱きついてきた時に、ようやくデュークは何かがおかしい事に気がついた。あの局長がこんなに自分を頼りにするような行動は普通しないはず。それに服装もどこか胸や太ももを見せつけるような、局長では絶対着用しない格好だ…。。何とか抱きつく局長を引き離した直後、突然ドアが開いた。そこにいたのは、もう一人、全く同じ姿形をした丸斗恵だった。どういう事なのか、と驚くデュークの前で彼女は大声で言った。
「私のデュークに何するのよ!」
…絶対局長はそんな事言わない。
「何よ、デュークは私のものよ!」
「ふざけないで、デュークは私のものに決まってるじゃない!」
こういう事も絶対言わない。一体何が起こっているのだろうか?
そんな唖然とした一人の男が見る前で、どんどん女性の数が増えていった。いや、増えているというよりもどんどん押し寄せているのだ。そして口喧嘩をしながらもデュークの名前を呼んでいる。デュークは私のだ、いいや私のだ、いや私だ、私のものだ。まるで彼を求めているかのように。
自らを透明にしてその場をこっそり離れ、どんどん「探偵局」に押し寄せるかのように来る局長をなんとか避けながらデュークは外に出た。そして、その光景に唖然とした。街中をたくさんの局長が歩いている…というのは、彼女の分身を見慣れている彼には普通の光景。だが、それよりもがらりと街の様子が変わっている事の方が彼を驚かせた。右に有る建物も「丸斗探偵局」、左も「丸斗探偵局」…どこへ行っても、何階を見てもそこにあるのは「丸斗探偵局」…。ようやく彼は気がついた。『時空改変』に関わる回路に、深刻な不調が生じている事に。
右を向いても局長、左を向いても局長。そんな空間内に、彼はこっそり自らの体を透明にして身を潜めようとするも、そうしようとした直前に恵の大群に見つかってしまう。
しかし、このままでは自分自身が危ない。
「す、すいません局長!」
デュークは背中に黒い羽を生やし、恵を数名吹き飛ばして上空へ避難した。
間違いなくこの世界を作り出した原因は自分自身だ。脳内に埋め込まれた回路が不調を起こし、歪んだ世界を創りだしてしまった。幸い医療用ナノマシンが増幅されて急ピッチで脳内にて復旧作業を続けているが、それにしてもこのような光景を創りたいと言う願望が少しでもあった事を彼は後悔した。何千メートル高く飛んでも、目の前に見える景色は同じ。右にも左にも、「丸斗探偵局」という看板があるビルの階が立ち並ぶ。局長とずっといたいという思いが、時たま「世界が自分たちだけだったら」というものに変わる。人間ならたまにやってしまう事、やはり未来から来たとはいえ彼も同じであった。
しかし、安心できたのもそこまでだった。下から聞こえる、背筋を震えさせる幾多もの声のユニゾンに下を見下ろした時、彼は絶句した。今彼がいるのは、上空数千メートル。それなのに、目の前にはどんどん自分に近づく無数の局長の体の大群。それが意味する事、それはすなわち数千メートルまで地上が「丸斗恵」の無数の体に埋もれていたと言う事である。
必死になって逃げるデュークだが、そこまでであった。空へと逃げる道も無くなっていた。笑顔を振りまき、空からも局長の体が降って来たのだ。なんとか退けようとするも、数はどんどんと増えてくる。大きな胸を彼に当てんとする女体を避けるためにバリヤーを張って最後の抵抗をするが、それでも追い付けなかった。そのバリヤーに、大量の局長がしがみつき始めたのだ。どんどんと重くなるバリヤーに、彼の翼は耐えられなかった。
ついにデュークは抵抗する手段を失った。下から迫りくる濁流と、上から降って来る豪雨が、ついに彼の体を奪った。
「デューク♪」「デューク♪」「デューク♪」「デューク♪」「デューク♪」「デューク♪」「デューク♪」「デューク♪」「デューク♪」「デューク♪」「デューク♪」「デューク♪」「デューク♪」「デューク♪」「デューク♪」「デューク♪」「デューク♪」「デューク♪」「デューク♪」「デューク♪」「デューク♪」「デューク♪」「デューク♪」「デューク♪」「デューク♪」「デューク♪」「デューク♪」「デューク♪」「デューク♪」「デューク♪」「デューク♪」「デューク♪」「デューク♪」「デューク♪」「デューク♪」「デューク♪」「デューク♪」「デューク♪」「デューク♪」「デューク♪」「デューク♪」「デューク♪」「デューク♪」「デューク♪」「デューク♪」「デューク♪」「デューク♪」「デューク♪」「デューク♪」「デューク♪」「デューク♪」「デューク♪」「デューク♪」「デューク♪」「デューク♪」「デューク♪」「デューク♪」「デューク♪」「デューク♪」「デューク♪」「デューク♪」「デューク♪」「デューク♪」「デューク♪」「デューク♪」「デューク♪」「デューク♪」「デューク♪」「デューク♪」「デューク♪」「デューク♪」「デューク♪」「デューク♪」「デューク♪」「きょ…局長…やめ…」「デューク♪」「デューク♪」「デューク♪」「デューク♪」「デューク♪」「デューク♪」「デューク♪」「デューク♪」「デューク♪」「デューク♪」「デューク♪」「デューク♪」「デューク♪」「デューク♪」「デューク♪」「デューク♪」「デューク♪」「デューク♪」「デューク♪」「デューク♪」「デューク♪」「デューク♪」「デューク♪」「デューク♪」「デューク♪」「デューク♪」「デューク♪」「デューク♪」「デューク♪」「デューク♪」「デューク♪」「デューク♪」「デューク♪」「デューク♪」「デューク♪」「デューク♪」「デューク♪」「デューク♪」「デューク♪」「デューク♪」「デューク♪」「デューク♪」「デューク♪」「デューク♪」「デューク♪」「デューク♪」「デューク♪」「デューク♪」「デューク♪」「デューク♪」「デューク♪」「デューク♪」「デューク♪」「デューク♪」「デューク♪」「デューク♪」「デューク♪」「デューク♪」「デューク♪」「デューク♪」「デューク♪」「デューク♪」「デューク♪」「デューク♪」「デューク♪」「デューク♪」「デューク♪」「デューク♪」「デューク♪」「デューク♪」「デューク♪」「デューク♪」「デューク♪」「デューク♪」「デューク♪」「デューク♪」「デューク♪」「デューク♪」「デューク♪」「デューク♪」「デューク♪」「デューク♪」「デューク♪」「デューク♪」「デューク♪」
まさに悪夢であった。無数の体に自由を奪われたデュークは、もう何もできない。時空改変で押さえつけようにも、恵の数はそれで対処できる限界を既に上回っている。成す術もないまま、彼の意識は事切れ…。
「…ューク!デューク!」
「…きょ…局長!?」
目覚めた時、彼がいたのは丸斗探偵局のソファーの上であった。額に当ててあったタオルは、自分の流した汗でずぶ濡れとなっていた。相当うなされていた、と恵は言った。
心配させるんじゃない、と告げるその口調は厳しかったが、彼は確信した。ここは間違いなく自分のいる丸斗探偵局、そして局長である、と。
彼の見た異世界の様子を聞いた時の、恵の表情は少々言葉にしにくいものがある。嫉妬と呆れと、そして不安から解放された笑み。やはり故障も病気も、早めに気付いたら処置を施すのが一番だ。助手に対しての、自分の経験から言う助言であった。
時間は倒れてからまだ一時間も経っていない。外はまだ朝、丸斗探偵局の仕事は始まったばかりだ。
なお、その後丸斗恵の無数の体で埋め尽くされた地球及び異次元がどうなったか、知るものはいないであろう。ただ確かなのは、今もなおその体は増殖を続けている事である。現在の総数、推定1000兆人。




