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129.増殖探偵昔ばなし・1

昔々、あるところに一人の男の子がいました。


彼は、生まれてからずっと白や黒の部屋しか出た事がありません。初めて気がついた時には、彼はそこでぐっすりと眠っていたのです。辺りを探しても、部屋の中から外へは行く手段は見つかりませんでした。

少し歩くと、そこにはボールが転がっていました。ころころと転がるボールを、彼は手に持ちました。すると頭の中に、いろんな事が湧きあがってきました。ボールを転がすと、どうなるんだろう。ボールを投げると、どうなるんだろう。もしボールの上に乗っかると…?試しに乗ってみると、すぐにボールは潰れてしまいました。もう少し強いボールなら、乗っても平気かな。そう思った時、彼の視線にもう一つ別のボールがありました。そっと乗ってみると、頑丈などころか逆に彼が乗るとばねのように飛び跳ねてしまいそうなほどです。次第に彼の心に、不思議な感情が湧きあがりました。なにかもっとこういう事をしてみたい、という思いです。


そういう事を、何回繰り返した事でしょう。ボールや棒、玩具、それに本。彼が歩く先々で、様々な物が見つかりました。どこかそれを見て嫌な気分になると、それを解消するかのようによりグレードアップした品が近くに現れるのです。時には触るのも嫌になってしまう事もありましたが、その度に近くにもっと良い物があり、彼はとても温かい気分になりました。次第に本の中身からそれが「満足」という心だという事が分かりました。


ある日、彼は見慣れない何かを見つけました。


「誰?」


言葉を投げかけてくるそれは一体何でしょう。体はとても柔らかく、触るとぷにぷにします。くすぐると逆に相手は自分をくすぐってきました。でも嫌ではありません。なぜか、とっても楽しいと思ったのです。これが、「人間」であり、そして「女性」というものである事に気付いたのは、もう少し後の事でした。


いつも彼女は、男の子に遊ぼうとせがんできます。でも、彼は遊ぶ事がよく分かりません。思ったものは何でも出てくるのですが、彼女から聞いた事は何故かすぐに出てこないのです。どうしてだろうと悩んでいると、いつも積極的に彼女は教えてくれました。いろんな遊びや色んな言葉、時々悪い事も教えてくれました。男の子にとって、彼女は不思議だけど大事で明るい存在だったのです。

こういう日が、ずっと続いてくれればいいのに。お休みの時、彼はついそういう事を考えていました。僕の願いは何でも叶うんだ、だからきっと…。



…その願いは、「叶う」事はありませんでした。


ある朝、彼は何もかもを失っていたのです。白い部屋も黒い部屋も、ボールも玩具も、あの女の子もいません。彼の周りに広がっていたのは、一面の「がれき」というものと、とても痛く突き刺さる「太陽」の日差し、それだけでした。こういう時は声を出せば、誰かが寄ってくる。本に書いてあった通りにしたのに、誰も彼の叫びに応える者はいません。


男の子は、一人ぼっちになってしまいました。


一体どうしてなのだろうか。自分の周りにはどうして誰もいないのだろうか。

それから、何年も何年も男の子は、一人ぼっちであちこちを歩き続けました。時々叫んでみましたが、みんな彼に近づく者はいませんでした。お腹がすいたらいつも近くにご飯が現れ、疲れたら傍にいつも椅子やベッドが現れるのに、彼の傍に現れる「人間」は、ずっと現れないままだったのです。


…ある日、男の子…いや、一人の少年は暗い道を歩きながら大声で叫んでいました。この辺りに、人の気配がしたからです。きっと彼らなら自分の声に反応してくれるはずだ、と。

そして、その願いは叶いました。何人かは彼の呼び掛けに何やらよく分からない物を投げてきたりぶつけてきました。初めてみる物でしたが、きっとこれを投げ返せばよいと彼は投げたのですが、残念ながらそれは間違っていたようで、うんともすんとも反応は返ってきませんでした。その代わりですが、最後に残った一人と、その傍にやって来たふくよかな男の人が自分に声をかけてきました。


「友達?」


そう言うと、その男の人はそうだと返してきました。

何年も待った後、ついに少年の声を聞いてくれる者がいたのです。



…ですが、その友達と会えたのは結局その一度だけでした。

彼はまた、へんな部屋に閉じ込められてしまいました。今回は白や黒では無く、灰色の混じった薄暗い部屋です。そこに入ってくる自分以外の人間は、みんな少年を悪者だと呼んでいました。でも、この頃はまだ「悪者」という意味を少年はよく分かっていませんでした。なにか自分を指す言葉なんだろうと考えていました。別の誰かは、自分を「マルト」とも呼んでいました。その言葉を読んだ後、必ず何かご飯のようなものが出てくるので、自然に少年は「マルト」という言葉を自分のものだと考えるようになりました。

ちなみに、そのご飯のような物は食べても全然美味しくなかったので、すぐに新しいものに変えて食べていました。この頃になると、少年は次第に自分がこのような事が出来ると言うのに気付いていたのです。自分が望んだものは何でも出せる、という。


薄暗い部屋の中でどれくらい少年は住んでいたのでしょうか。気付けば少年の髪は背中に届くまでに伸び、背丈も青年のものへと変わっていました。ある日、そんな青年の部屋の鍵が突然開かれました。外で待っていたのは、彼を慕う人々の声でした。今まであのような仕打ちをしてきて悪かった、今度は彼に協力をしたい、と。その言葉を聞いて、彼は「満足」という心を久しぶりに味わいました。勿論、返事はOKです。

それからというもの、彼の周りにはたくさんの男や女が集まりました。いつもみんな、彼にいろんなお願い事をしてきます。世界一の大金持ちになりたい、悪い敵をやっつけたい、あの宝石を手に入れたい。勿論、どの願いも全部彼の返事はOKでした。

時には誰かに案内されてその現地へと行く事もありました。その度に、誰かが青年に向けて「銃」や「レーザー」という様々なものを向けてきます。でも、彼はそんなのが嫌いでした。こういう嫌いな物は消え去った方がいい、とアドバイスを受けて、彼はあっという間にそれらを消し去ってしまいました。

そんな事を続けてるうち、いつの間にか彼にあだ名がつくようになりました。どんな事でもやってしまう、王様と並ぶ最高権威に与えられる称号「Duke」。とても良い名前だという言葉から、青年は次第に自分の名前を「デューク」、そして以前彼を呼んでいた言葉と組み合わせて「デューク・マルト」と名乗り始めたのです。

それから、ますます彼を慕う人は増えていきます。時には暴力を振るおうとする人もいましたが、目を逸らすとそういう人はきれいさっぱりと消えてしまいました。青年…いや、デューク・マルトは嫌いな事は嫌いだとはっきりと言う男性になっていました。そんな彼を、中には「神様」と呼ぶ人まで現れ始めました。王様よりも偉いと言う「神様」という言葉に、彼は喜びました。


そんなある日の事、デュークの元に一つの頼みごとが届けられました。過去へ行って、このプロジェクトを消し去ってほしい、と。その名は「完全人間プロジェクト」、『世界で最も悪い奴』『八つ目の大罪』を生み出す事になる、非常に危険なものである。これを消し去らないと大変な事になってしまうというのです。よく分かりませんが、とにかく昔の世界へ行って様子を見てみる事にしました。

「研究室」と言うのでしょうか、彼がこっそりと紛れ込んだ場所では様々な人々が色んな会議を行っていました。覗いてみると、なにやら何人かの人間を育てているようです。資料を見てみると、そのうち育っているのは僅かな数だけ。大半は失敗してしまったようです。悪者を作るのだから、失敗して当然だろうと思いました。


…ですが、そこに映った女の子の写真をきっかけに、彼の心は変わり始めました。この顔、どこかで見た事があるのです。目つきや鼻、口の形に至るまで…。次第に自分の中に、「疑問」というものが初めて湧き始めました。一体このプロジェクトは何なのだろうか。本当に、悪者を生むものなのだろうか。

そして、あちこちを調べ始めるにつれ、その「疑問」は「確信」へと変わって行きました。あるカプセルに書いてあった「Malto」という名前、数多く並べてあった人間の姿をしていない子供の体、『増殖因子』『時空改変』と様々な文字が並び立つ資料…



…そして、デュークは見てしまいました。



白や黒の部屋の中で、一人の男の子が眠っているところを。



彼の心は、崩れ落ちました。今まで自分は何をしてきたのか、自分は何でここにいるのか、自分は何者なのか…。

デュークは、全てが他人によって作り出された存在だったのです。育った場所も、判断も、自分の名前ですら決められず、挙句の果てには生まれすら完全に他人による介入が行われるという…。

そこに、「公爵」も「神」もありませんでした。位相を変え、一人の「完全人間」が立ちすくんでいるのみでした。そして、彼は自分が今までどういう経緯を辿って来たのか、ついに気づいてしまったのです。



『世界で最も悪い奴』であり、『八つ目の大罪』であるデューク・マルトが、研究所を一瞬で粉々にしたのはそれから少し経ってからの事でした。全てがけし飛ぶ中、彼は二人の人間だけを残しておきました。一方はやがて「デューク・マルト」となる男の子、そしてもう一方は…



「…あれ?いつの間に大きくなったの?」



…幾多もの歳月を経てついに巡り合えた彼女に向けて、デュークは生まれて初めて、自分の意志でほほ笑みを返しました。

研究所の資料に記載されていた、彼女につけられていた『名前』を呼びながら。


≪つづく≫

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