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126.呪われたブランチ ~「理解」は生まれず~

外来種の問題は、今もなお深刻さを増し続けている。当然食害や猛毒、建物への被害など人間の影響も大きいが、それよりも深刻なのは古来の生物が作り出してきた生態系を根本から揺るがしてしまうという事態である。彼らにとっては、外来種はまさに怪獣映画の怪獣そのもの。突如侵入し、全く対処が無いまま大暴れの限りを尽くされてしまうのだ。中には様々な対処法を取ったり、生態系の中に取り込んだりといった例もあるが、それは本当に稀なケース。大半の場合、成す術もないまま在来種は数を減らし、絶滅するケースすら存在する。


その中で、一番深刻な例として取り上げられているのが、このスティーブンイワサザイであった。


この鳥が住んでいたのは、ニュージーランドに浮かぶスティーブン島。強い海流が島の外からの動物の行く手を阻んだのか、この島にはこのミソサザイより上位の存在…他の地域で言うハンターにあたる動物が現れなかった。つまり、スティーブン島で生態系のトップの座に君臨したのが、この僅か10cmの飛べない鳥だったのある。

しかし、その天下は文字通り、非常に脆いものだった。悲劇の始まりは、この島に灯台が建設された事に始まる。航海の安全を監視するため、人間がスティーブン島に初めて降り立ったのだ。そして、その際に彼らはある動物を相方としてこの島へと呼びだした。それが、「ネコ」。昔から人間の愛玩動物として親しまれ、現在もなおネットでの熱狂的な人気など様々な面で愛着を持たれている動物である。だが、それは人間だけに見せる「猫かぶり」の姿。彼らの本性は、一度狙った獲物は逃さず、素早い動きや鋭い爪、そして凶暴な口で血まみれにしながら食いつくしてしまう恐るべきハンターなのだ。そして、それはこの「島」でも存分に発揮されてしまった…。


==================================


「…じゃ、じゃあそのイワのサザエをネコの一家が…」

「イワサザイですよミコさん…」


デュークの説明は、かつて栄司は一度何かのテレビで見た記憶があった。「猫」のせいで絶滅した鳥が存在する、と。だが、まさか発見されてから一年もしないうちに、スティーブン島で野生化したネコの親子によって、一種類の鳥が根こそぎ食い尽されてしまうという事態が起こっていたなど予想も出来なかった。初めて聞いたというミコや、バックボーンを知らずに怨念を引きずり降ろそうとしたドンやエルの驚きようはなおさらである。

そして、突如やって来た脅威の前に成す術もないまま命を落とした彼らが最後に残した恨みの怨念が、カカポという宿主を借りて今この町にいるのだ。


『説明に感謝する、人間』


先程のミコの一喝で、イワサザイの「弱さ」を全てそぎ落とした怨念の鳥も、頭の中に冷静な心を取り戻したようである。これで、彼らも自分のやっている事が正しいと分かっただろう、と続けて「鳥」は言った。


『彼らは何もできない我らを狙い、食い尽したのだ。人間たちの言葉で言う「弱い者いじめ」だ、違うか?』

「で、でも生きるためには彼らも…」

『ならば、何故その権利を我らに与えなかった?何故あのような汚物に与えたのだ?』


…確かに、その言葉は正しいかもしれない。

その後、「汚物」の数は飛躍的に増大し、狭いスティーブン島はあっという間に彼らでいっぱいになってしまった。余りにも増えすぎ、それこそスティーブンイワサザイのみならず、島中全ての動物に悪影響が出るかもしれないという事態にまでなり、最終的に人間の介入で彼らも駆除されるにいたった…


「…なあ、デュークさん」


その説明を聞いた時、ドンにある疑問が浮かび上がった。

イワサザイを絶滅させたのは確かにネコのせいだが、それを持ちこんだのは人間。そして、そのネコも最終的に駆除したのは人間。と言う事は、明らかに悪いのは「人間」である。しかし、イワサザイの怨霊がつけ狙っているのは彼らでは無い。これは一体、どういう事なのだろうか。

回答をしたのは、デュークではなくその隣にいた皮肉家の男だった。


「おい、バカサザエ」


イワサザイだ、と注意しようとしたデュークだが、彼の視線は明らかにその忠告を無視していた。栄司がこのような鋭い視線を相手に向けるときは、基本的に心に突き刺さるような言葉が平気で出る、いわば「挑発」をする合図だ。そして、それはこのような化け物ですら例外では無かった。彼は、化け物を一番嫌う言葉…「ネコ」と呼んだのだ。

何をやっているんだ、と当然ドンは怒るが、栄司は全く我関せずといった表情で、怒りで体が震え始めたイワサザイの怨霊を罵倒し始めた。


「何震えてんだよ、お前の姿、どう見たってネコだぞ?」

『なんだと…人間…』

「お前が人間を狙わない訳、俺は知ってるぞ」


猫は弱いから。

…刑事を始め、様々な人々に巡りあう中で、栄司は時たまペットを見下すような人間と会ってきた。家族の一員や、大事な部下という物では無く、単なる「道具」としか見ていない者である。しっかりと愛着のある「道具」として扱うのならまだ良い、中には生命を持つという事も忘れ、自分の思い通りになる「もの」としてしか見ていない人もいるのだ。酷くなると、彼らの命にも関わりかねないような事をしても平気でいるような場合もあった。それに対して、猫を始めとするペットは何にも抵抗が出来ないまま、弄ばれる一方となる。まさに、ネコに対するイワサザイと同じような事態である。


…それを恐れたのだろう、と自信満々と嘲笑の笑みを見せる栄司の言葉は、まさに彼の思い通りに図星だったようだ。明らかに怨霊の顔が怒りで歪み始めた。人間たちに駆除されていったネコたちを鼻で笑っていた事を、見ず知らずの人間に言い漏らされていたように。そして、ついに怨霊の足が、こちらへ向かって動き始めた。かつて、昆虫やミミズを襲って食べていたその鋭い脚が、今度は彼らを再び脅かそうとする「人間」たちの方へ…。


次の瞬間、ついに事態は最悪の状態を迎えてしまった。


=================================


「何であんな事を言ったんですか!!」

「今しか言えねえだろうが!」


…今、この空間にいる全ての存在が、『冷静』という言葉を脳みその辞書から消去していた。


怒りの矛先をネコから目の前の人間や狐たちへと向けたイワサザイの怨霊を、その狐の夫婦であるドンとエルが必死に抑えつけようとする。攻撃用のお札を使って、まるでSF映画のように次々に遠距離からの射撃を続け、体力を減らそうとしているものの、それでも怒りの力と言うのは絶大なものである。戦闘はほぼ互角、戦況はこう着状態になっていた。

そして、そんな彼らの背後でも、もう一つの戦いが勃発していた。この事態を招いたにもかかわらず、全く反省の色を見せようとしない栄司に対し、怒りを爆発させたのはミコでは無く、意外にもデューク・マルトだったのだ。仲間の事を顧みず、自分自身のやりたい放題をした結果を見て、堪忍袋の緒がついに切れたのだ。時空改変を使うという手段では無く、素手で相手の襟首を持ちあげるという原始的な手段で、デュークは自分よりも少し背の低い栄司に憤りの形相を向けていた。当然、喧嘩を止めようとするミコですらここまで感情的に怒ったデュークを見たのは初めて、先程のように一喝する事も出来なかった。


「何が今ですか!ここまで説得に応じていた相手を!なんで挑発したんですか!」

「俺はな!怨霊とか悪霊って類が嫌いなんだよ!

 自分だけ死んだからって、他人に迷惑掛けやがって…それで反省も見せずに概念だけ残ってやりたい放題!?ふざけんな!」

「そういう存在もいるんですよ!絶対に敵わないような相手だって!」

「じゃあなんでそいつに勝っちゃ駄目なんだよおい!何が神秘だ!?人に迷惑かけた時点で、そいつの神秘はパチモンなんだよ!」


…その一言に、デュークの怒りは、恐怖へと置き換えられた。

未来において、今目の前で起きているような「悪怨」や「妖怪」の戦いは、彼らごと全て消え去った。今、栄司がはっきりと言ったような考えを持つ者が、自然の持つ「神秘」と同時に、彼らを地球から根絶させてしまったのだ。そして、「自然」に「人類」が勝利してしまった、その証が…。


「…もうやめてください!これ以上言わないでください!」



…気付けば、デュークの目から涙がこぼれ始めていた。女性の涙よりも、男性の涙ほど他人に保護欲を起こす効果が高いと言うが、時空改変でその効果が増したのかどうかは分からない。ただ、彼の姿を見て、栄司からも次第に怒りが消え始めていた。そして、力無くデュークは彼を降ろし、そして地面に膝まづくかのようにうつむいた。声を出す事は無かったが、明らかに彼は泣いていた。栄司は、恐ろしい存在だ。もしかしたら自分以上に、他人の心理を容赦なくつく、凄まじく鋭利な刃物を持っているのかもしれない。

そして、その彼に対して、その刃物と同じくらいの冷たい目線がもう一つ飛んできた。ずっとこの二人を見つめていた、もう一人の人間からの気持の表れである。


「…見損なったわ、栄司」


…「信頼」という言葉が、まさに崩れ落ちようとしていた。

が、そんな事とは裏腹に、もう一方の戦いは危機的な状況にあった。ドンやエルの凄まじい攻撃にもかかわらず、イワサザイの怨霊はそれに全て耐え抜き、そして彼らに対して反撃を繰り出して来たのだ。防戦一方になってしまう二人、そして怨霊の放った青白い、「魂」を思わせるような火炎弾の一発を、彼らは防ぎきれなかった。


「危ないっ!!」


…その一言は、遅すぎたかもしれない。

ミコや栄司が目を見開いた時、既にそこには火炎弾が迫っていたのだ!もう彼らに残された道は…



と、その時だった。

突如、この場に無愛想なほどよく響く、金属バットの音が鳴り響いた。打ち抜かれた火炎弾は勿論場外、逆転満塁ホームランである。それと同時に、怨霊の動きそのものも、非常に大きな手錠によって一気に止められた。持ちあげようにも、その凄まじい重さで身動きが取れない。「神秘」を越えた、「科学」の成す技である。その様子に唖然とするドンとエルの背後から、これまた無愛想なほど元気な声が聞こえた。



「ごめん、みんな!ちょっと時間かかっちゃって…」


「…恵さん!」


もう一方…先程までネコ屋敷にいた、もう一方の丸斗探偵局が、ついにこの空間の突破口を見つけたのである。そして、彼らの一行の様子を見て、一番驚いたのは「怨霊」の方かもしれない。何故なら…


『何故、ここにいるのだ…!』

「この町の動物代表として、お前と話し合うためだニャ」


恵、デューク、蛍の探偵局三名と共にやって来たのは、ミコや栄司らは見知らぬ一組の少年少女であった。少年の方は黒い短髪に赤と黒交じりの服装、もう一方の少女は同じように黒い長髪に黒いスカート…言うなれば「ゴスロリ」といった服装。だが、イワサザイの怨霊は彼らの正体を知っていた。

この町の動物たちを纏める親分「ブランチ」と、彼の部下である一羽の「カラス」である。

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