122.呪われたブランチ ~「猫」SOS!~
「はぁ!?何よそれ!」
「じゃろ、ひど過ぎるじゃろこれ!」
…丸斗探偵局で、女性同士の白熱した話題が盛り上がっていた。現在探偵局の中にいるのは、先程から怒ったような声を出している局長の丸斗恵と協力者の陽元ミコ、その近くで本を読みつつ彼女たちを傍観している丸斗蛍である。他の局員二名のうち、デュークは協力者である動物病院の郷ノ川医師に呼ばれてそちらへ赴き、ブランチも根城にしているネコ屋敷を久しぶりに訪れている。現在、この中は女性だけの空間となっているのだ。
そんな中で、彼女たちの話題はミコが持ちこんだ一件によるものだった。
いつも通りにネットの情報を集めていた彼女の目に、ふとあるチャットでのやり取りが目に留まった。人が多く集まるような場所では、その状態が長く続くと次第に互いの欠点ばかりが目につくようになり、些細な事で大喧嘩に発展すると言う事はよくあるが、中には弱い立場にある者が一方的により口達者であったり立場の強かったりする者に延々と詰め寄られると言うような場合もある。ミコが見たのは、まさにその現場だったのだ。
いきなりそういう場にいたので、何が起きたのか状況が分からず予知能力もろくに使えない状態だったのだが、情報を読みとるうち、次第に彼女の心に怒りが込み上げてきた。この騒動の発端は、学生くらいの若年層のユーザーがウソ情報をネットに流してしまった事にある。これがその情報の本当の発信元が偶然見つけてしまい、そちらやその発信元に味方をする数名のユーザーから一斉に罵声を浴びせられ、謝罪したにも関わらず延々とその件で首を絞め続けているというのだ。確かにその中の意見の一つにあるように、若いからと言って嘘を教えると言うのを許す事はミコにも出来ない。だが、問題はその発端のユーザーがその情報をどこで仕入れたか、という所だった。
「…え、じゃあその人が…」
「そ、他愛もない嘘を信じたせいでこんな羽目になったみたいなんじゃ…」
最初は蛍も例の嘘をついた側が100%悪いと考えていたのだが、真相をミコから聞いてその信念が揺らぎ始めた。例のユーザーが情報を仕入れたのは、そもそも友人とのネットでのごく普通のやり取りで偶然出た嘘を信じてしまったという事にあるらしいのである。勿論、それを知ったミコは何度か向こうに連絡を入れようとしたが、頭が完全に熱くなっている彼らは全くその言葉に耳を貸そうとしなかった。それどころかミコをも逆に批判しようとしてきたのである。
「ほんとどっちが悪者って話よ、ねぇ…」
「なー、正直者が馬鹿をみる話じゃ、腹立つのぉメグはん」
…ただ、それでも蛍は彼女たちの考えにも全般的には賛成できなかった。確かに双方とも問題は多い。特に未だに相手をネチネチと痛め続けている側にも問題はあるが、そもそもの発端は嘘を軽く信じ込んでしまった側にあるのではないか。恵局長の言うとおり、今回は特に相手側のプライドを傷つけたくらいしか被害は無いかもしれないが、もしこれがより大きな事態…例えば「命を奪う」なんて事になれば、それこそ誤って住むれべルではないのではないだろうか…。
「…じゃけど、うちはそれでも向こうの方が酷いと思うのぉ」
「どうしてですか、ミコさん?」
「ああ言うのをのぉ、『復讐鬼』って呼ぶんじゃ」
一度「復讐鬼」になってしまうと、周りからの意見を全く聞き入れない。自分の目的に合う物しか耳を通さなくなるからだ。その目的はただ一つ、自分や大事な他人を傷つけた者を心休むまで痛め続けるという事である。しかし、いくら相手を苛め続けようとも、その心が休まる事は決して無い。自分がこのように誰かを「傷つける」事は当然の事、絶対に正しい行為であると信じ込んでしまうからだ。そうなると、傍目から見ればどちらが被害者なのか全く区別がつかなくなるどころか、立場が逆転してしまうという恐れもある。
ミコもあの時一度、怒りのままに自らの力を駆使して相手を叩きのめそうとした。しかし、キーボードに手を触れる直前になって突然心に冷静さが戻った。彼女の持つ予知能力が、このまま続けると事態はより泥沼化してしまうという最悪の結末を教えてくれたのだ。
「…ミコさんの考えは正しいかもしれません…。でも、それだと被害を受けた人が泣き寝入りしてしまうって事に…」
「だから私たちがいるんじゃない、ケイちゃん?」
誰かが泣き寝入りしてしまう前に救いの手を差し伸べる。それが探偵の仕事であるのかもしれない。弱きを助け、悪をとことん挫くという単純明快な考えが大好きな丸斗恵ならではの考えである。
そんな中、ふと皆の脳裏にある一人の人物が浮かび上がってきた。こういう「他人の不幸」で儲けるという事を考えると、蛍は勿論、恵やミコもあまり良いイメージは起きない。ただ、彼女たちの知り合いに一人、そういったもので「飯が美味しくなる」男がいた。そう、あの傍若無人の刑事、有田栄司である。
「そういえば栄司はん、あそこのチャットに前やってきおったらしいの」
「…またなんか企んでそうねあいつ…」
…恵は勿論、ミコの嫌な予感は見事に的中し、その後彼が自分自身のネットワークを使って例の発信元やその取り巻きの情報を読み取り、彼らの仕事をわざと一定期間減らすという報復をしでかしていたのはここだけの話。そもそもそのチャットの運営にも何かしらで関わっていたというのもここだけの話。
あいつは一体何なのだろうか。次第に話題は栄司の方へと変わり始めていた。宇宙生物や未来人、妖怪相手にも全く動じないどころか逆に相手を手駒に取るような彼だが、これでも昔はもっと大人しい方だった…と本人は語っている。当然完全に信じることなど出来ないが、一理ある所はあるかもしれない。
「確か、栄司ってお姉さんがいたのよね」
「そういえば、前に局長やミコさんが言ってましたね…」
栄司にはかつて、年上の姉がいた。もし今も彼女がいたとしたら、ちょうど恵局長のような感じの「年齢」になっていたかもしれない。というのも、もうこの世に彼女は存在しないからである。栄司曰く、何者かに彼女は「殺された」。外傷も内傷も無く、その魂が完全に奪われたような形だったと言う。病気と言う病気も抱えていなかった彼女が死んだ要因として、彼はその可能性しかないと考えているようだった。
…もしかしたら、彼こそがミコの言う「復讐鬼」なのかもしれない。あらゆる自分を批判する者を排除したり、逆に味方につけて言いように操ろうとするというのは、まさに普段の栄司そのものである。だが、それでも彼は蛍の言葉をしっかりと聞き、恵やミコと互角に言い争いを続けたりする。栄司の心の中に一体何が宿っているのか、彼女たちはどうしても予想がつかなかった…。
…と、そんな時に探偵局の呼び鈴が鳴った。ドアホンに映っていたのは、動物病院から戻ってきたデュークだ。郷ノ川医師から急用があるとだけ伝えられた彼から、どういう用件だったのか聞く時間だ。
「…え、奇病!?」
「そ、そういえば最近ネコの姿を見ないですね…」
そう、デュークが呼ばれた原因は、郷ノ川医師は勿論、龍之介やヒル、そして動物病院の部下たちでも全く手の打ちようがない病気であった。今、動物病院の中は体中の痛みで苦しむネコたちの声でいっぱいである。何とも無かったはずの彼らが突然激痛に見舞われるかのようにのたうち回り、郷ノ川医師の力を持ってしてもその原因が分からないと言う状態のようだ。ただ痛さだけが体を襲い、ウイルスや細菌、外傷などは全くないというのだから当然だろう。不可解な現象を前に、とりあえずは痛み止めを打って安静にしておく他ない。デュークが呼ばれたのは、その高価な痛め止めを大量にコピーしてもらうのと、町中のネコたちが泊まる事が出来るための空間を作成してもらうためであった。彼なら簡単に治療してもらう事も出来るのだが、そうは動物病院のプライドが許さなかった。
「なんじゃそれ…不気味じゃのぉ…」
「昨日から突然あちこちの猫を襲い始め…」
「ちょっと待って!うちの猫は!?」
前述通り、ブランチはネコ屋敷で仲間といつも通り語り合っているはず。もし彼にもその謎の奇病が襲いかかってきたとしたら…。
皆の心に冷たいものがよぎった時、その予想を的中させるかの如く二階にある探偵局のガラスを一生懸命叩く者がいた。一瞬皆は何事かと思ったが、恵とデューク、そしてミコはカラスの頭にある癖毛を見て納得した。彼女は他の鳥たちや動物と共に度々自分たちに協力してくれる、町のカラスの一羽、それも彼らをまとめる参謀格だ。あの慌てっぷりからすると、町の動物の「親分」であり、彼女の「命の恩人」であるブランチにも同じ異変が起きたに違いない。デュークが急いで手をかざし、カラスにすぐに現地へ向かう事を告げた。
早速瞬間移動を急かす恵だが、デュークは蛍と恵の探偵局員に一人残ってもらいたいと告げた。今回の一件、彼が調べた中で少し気になる事があるようだ。
「分かったわ、デューク」「よろしくね、私」
「私たちも後で向かうわね」「了解っ!」
そして、探偵局の面々は、一路ネコ屋敷へと瞬間移動を行った。彼らの様子に驚きながらもカラスもついて行こうとしたが、彼女は探偵局に残ったデュークに呼び止められた。
「…なんて言ったの、デューク?」
「今、彼女はネコ屋敷に向かうべきではないかもしれません」
…どういう事なのだろうか?