121.動物園へ行こう!
探偵局のある町から少し遠くの開けた場所に、大きな動物園がある。
平日休日問わずたくさんの人で賑わい、様々な動物たちを間近で見る事が出来るスポット。勿論家族連れやカップルで向かう人も多く、ここで写真を撮った人はずっと互いを好きでいられるなど妙な言い伝えも広まっているらしい。
そんな動物園だが、一番の見どころはやはりその豊富な動物の種類だろう。ライオンやキリン、シマウマ、ゾウ、トラといった定番の動物以外にも、世界各地から様々な動物が飼育されている。お客さんに見せるためなのは勿論だが、真の目的は彼らの生態を調べ、今後の保護に活かすというもの。ここでしか見る事の出来ないという動物も飼育されている、世界でも指折りの実力派らしい。ただあまりその面に関しては知られていないようだが…。
そんな場所に、四人の男女が訪れていた。
「うぅ…寒いよデューク…」
「こんな事ニャらコタツの中で暖かくしていた方が…」
「さっきまで暖房ガンガンにしていたのは誰ですか…」
…柿の山の騒動も無事に終わった事だし、どうせ依頼なんて無いからという事で探偵局を連載一周年記念の名目で勝手に臨時休業にした恵局長以下、丸斗探偵局の面々だ。デュークが時空改変で出した自動車に乗ってやって来たらしい。勿論運転も彼が担当だ。
なんでこんな場所にいるのかと言うと、以前インフルエンザの予防注射を行った際に、いつもお世話になっている郷ノ川医師からここの動物園のチケットを無料で貰ったからである。表は動物病院の医者である彼は、当然その方面の知り合いも多く、その中の女性医師の一人がこの動物病院で仕事をしているらしい。丁度四人分貰った郷ノ川医師だが、今の時期は動物たちも寒さや病気で悩みが多い頃。行けそうにないと考えた彼から、探偵局にチケットが託されたのである。
ちなみに、何故このタイミングなのかと言うと、ニュースで非常に珍しい動物が一般公開される事になったという情報が流れたためである。
その名は「カカポ」。フクロウオウムとも呼ばれる、世界で最も体重が重く、また世界で唯一飛べないオウムである。ニュージーランドの森に生息し、木の実や花粉などの植物を食べて暮らしているこの鳥は、現在絶滅の危機に瀕しており、手厚く保護されている。普通はこういった外部への持ち込みは有り得ないのだが、これまで様々な動物の繁殖や保護に成功したと言うこの動物園の実績を踏まえ、特別の許可を得て一般公開となったと言う。
「確か緑色の鳥でしたっけ…」
「そう、色んな鳴き声や動きを持っているオウムさ。飛べない分、脚も早いんだって」
「へぇ、さすがデュークね」
「念のために言っておきますが、僕は何の関与もしていないですよ。これはこの動物園の実績の結果ですので」
その心配は無い、とブランチや恵は明るく返した。そもそもこんな風に仕事をわざと休んでまで外部に向かわせるような事をデュークが許すはずもないからだ。彼の時空改変能力は、常識をしっかりと踏まえたうえでの力である。
さて、一同が向かうのは夜の動物たちが飼育されていると言う建物の中。珍しい鳥が見られるとあって、普段よりも人混みが多い。こういった沢山の人々に知られざる動物たちを見てもらう事で、より彼らに対する理解や関心、そして自然保護の心を養ってもらうというのがこの動物園の重要な目的である。
ただ、歩いている途中でどうもその足取りがおぼつかない者が一人いた。ブランチである。
「ぶ、ブランチ先輩大丈夫ですか…?」
「たはは…オレやっぱり留守番してた方が良かったかニャー…」
「ニャーって言ってる時点で色々アウトよブランチ…」
せっかく「人間」になってるのに。
…そう、恵が言葉に出した通り、今のブランチは黒猫では無い。黒髪に赤い服装、蛍よりも少し背の低い一人の「少年」の姿を取っている。口元や耳もしっかりと人間の姿になってはいるのだが、口調だけはなかなかいつもの癖が抜けないようだ。どうしてこんな事になっているのかと言うと、彼も動物園に行きたがっていたからである。
基本的に動物園へはペットの持ち込みは不可能。自然保護を題材に掲げる上では当然の処置だろう。だが、知性を兼ね備えたブランチがそんな事で納得するはずも無く、寒さが苦手な彼にしては珍しく留守番を嫌がったのだ。ただ、珍しいものが見られるとあれほど聞かされて、行く事が出来ないなど言われてしまっては仕方ないかもしれない。無理だと言い放った蛍と口論にまでなってしまったのを見て悩む恵の頭に、このアイデアが浮かんだのである。
「動物」は行く事は出来ないが、「人間」なら堂々と入れるのではないか。
これまでもライオンやトラ、サーベルタイガーなど様々な動物に変身した事があるブランチだが、まさか二足歩行をする機会に恵まれるとは思ってもいなかったようで、出発前日は大はしゃぎしていた。まだ先程のようにふらつく事もあるが、狐や狸、カワウソたちのような事が自分もできるとなればやはり嬉しい様子である。
「でも確かカカポって鳥なんだニャー、きっと丸々太って…」
「ブランチ先輩、動物園ですよここは…」
「ヘヘ、冗談だニャー」
冗談には聞こえないと返す蛍。心配は無いと自信満々な恵や迷惑をかけなければ大丈夫だというデュークとは違い、彼女は一抹の不安を持っていた。確か、このカカポが絶滅寸前にまでなった要因は…。
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「そうかー…環境破壊かニャ…」
…誰よりも説明文の内容が脳内に刻まれていたのは、ブランチだった。
今回の目玉であるカカポは、薄暗く設定されたガラス越しの敷地内にいた。ミニチュアサイズだがしっかりと森を作りだしている場所の中で、緑色をした大きな鳥が歩いていた。確かにその顔はオウムそのもの、ただし姿は見慣れたものとは似ても似つかない。
足早に見ていく人から、意外に可愛いと話が弾むカップル、興味なさそうな子供たち。様々な人々が行き来する中で、丸斗探偵局の四人はこの場所にしばらく佇んでいた。トコトコと歩くその姿は、確かに可愛く、見ていても飽きないもの。ただ、それだけで感想が終わってしまっては、カカポがニュージーランドからやって来た意味は無い。説明文にあるように、彼らをここまで追い詰めた張本人は、自分たち人間にある。その事を改めてここで自覚し…
「…あれ?」
…突然、ブランチがきょとんとした顔になった。そして、隣にいた蛍に尋ねた。何か、自分に話しかけては来なかったか、と。勿論蛍の答えはノー。彼女も珍しいカカポに見入っていたため、つい話すのを忘れていたようだ。デュークや恵も、ブランチに話しかけた覚えは無いという回答だった。
「案外カカポの声だったりして?」
「そんな…それだとしても、ガラス越しですから無理ですよ」
「ケイちゃん、本当にそう言えるかしら?デュークが何か時空改変をして…」
「だから僕はカカポには関与してませんよ…」
いつの間にかついブランチをカヤの外に置いてしまう三人。その一方で、ブランチは脳内に聞こえたその声に、頭を悩ませていた。
確かに、この三名とあの『声』は全くトーンが違う。だとしたら、あれは一体何なのだろうか…?
…既にその時、事態は動き出していた。遥か遠く、南の島に眠る一世紀の恨みが、目覚めの時を迎えたのである。




