120.番外編:サンタの家のほっと一息
一年の終わり、12月になると色んな人たちが忙しくなります。年末に向けて一年の総決算をする人、新年へ向けて新たな準備をする人。世界中の多くの人はそれぞれ色々な思いを秘めててきぱきと動きます。
でも、この時期に世界で一番忙しくなる人と言えば、やっぱりこの人でしょう。
「ふー、今日はここで完了ね」
「お疲れ様です、ヨウルマーさん」
ここは「北極」にあるとある工場…とはいっても、皆様の知っている北極では無く、「異次元」にある別の北極ですが。
ビルよりも大きなこの工場の中では、毎年12月になるといつも賑やかになります。北極に住む小人やトナカイ、雪男やシロクマなどの色んな仲間たちが、大仕事の最後の追い込みの手伝いにやって来てくれるからです。一体どんな大仕事かと言いますと…もうお分かりでしょう、赤い衣装に赤い帽子、白いお髭がチャームポイントが自慢、サンタクロースのおじいさんのプレゼントの製造作業です。世界中の子供たちにこっそりとプレゼントを届けるのが彼の最大の仕事と言う事もあり、一年近くかけてもまだ最後の仕上げが終わりません。毎年ギリギリまでしっかりと愛情を重ね、この玩具工場特注のおもちゃを良い子にこっそりと届けるのです。
さて、今日も予定通りの仕事が無事終わり、ほてった体を寒い外で冷ます一人の女性がいました。一見すると綺麗に年をとったお婆さんのような姿ですが、時々より若いおばさんや、むしろ「お姉さん」といった風にも見えるかもしれません。勿論彼女もサンタさんと一緒の服装、赤い服に赤い帽子…さすがにお髭は生えていませんが、白いイヤリングでお洒落をしています。この女の人こそ、サンタクロースの奥さんである、偉大なる魔女の一人、ヨウルマーです。
今の時期、ヨウルマーのお仕事は一気に舞い込んでくるプレゼントの手紙の選別や玩具の選別作業のほかに、夫のトレーニングの手伝いがあります。たくさん美味しいご飯を作って、夫を見慣れたあのふくよかな姿にする以外にも、トナカイたちと共に動くリハーサルのタイム測定や、気づかれずにこっそりとプレゼントを置く訓練の見張りなど、とても忙しいのです。ただ、そんな中でもこの冬景色を見て一息つくという時間は欠かせません。近くでは、手伝いの小人が雪男たちと共に遊んでいます。
そんな彼女の隣で、一緒にコーヒーを飲んでいる一人の少女がいました。彼女の名前はレナ、サンタクロースたちが元いた世界に住んでいる女の子です。
「やっぱりクリスマスは大変ですね…」
「でも、楽しいでしょ?みんなプレゼントを貰って笑っている顔を見ると」
「ま、たまに違うのを渡しちゃう事もありますけどね」
「そう言う事もあるわよね」
たまにそうやって泣いちゃう子供もいるようですが、それもサンタクロースの考えどころ。最初は嫌がっていても、気付けば一番愛着のある玩具になっている、なんていうのはよくあることです。長い間ずっと生きていた彼だからこそできる事なのかもしれない、とレナは思っています。
彼女は、昔からそんなサンタクロースに憧れて過ごしていました。赤い衣装でいつもたくさんの笑顔を届けてくれる、不思議だけど暖かい存在。ですが、レナのいる時代ではそういった「迷信」というのはほぼ否定されていました。サンタさんだけではありません、様々な魔物や妖怪など、怖いですがちょっと可愛い愉快な隣人たちの存在を、人々は消し去ってしまったのです。科学の力が進歩し、彼らの存在をも認め、そしてそれらを根絶するまでに至った結果でした。そんな中でもずっと信じ続けていたレナの心は、次第に乱れ始めて行きました。いくら願っても来ない彼らに対し、やがて復讐の心まで芽生えてしまったのです。
ですが、今の彼女にはもうそういう心はありません。サンタクロースのトナカイを誘拐するという最悪の事態に至った時、不思議な力を持つ探偵たちと、このミセス・サンタに救われたのです。ただ、それでも彼女が「サンタクロースの仕事を妨害した」というとんでもない悪い事をしたという事実を消す事は出来ません。現在、レナは迷惑をかけたサンタクロースたちのお手伝いをするという罰を与えられています。確かに毎日サンタさんの仕事は大変ですが、それでもやりがいがあるのは確かです。
「それにしても…サンタさんって凄いですよね」
「私の大事な人だもん」
そんなサンタクロースがどうしてあの一日で世界中の子供たちにプレゼントを配る事が出来るのか、レナはここにきてその秘密を知る事ができました。そして驚きました。この力、彼女は別の所で一度見た事があるのです!
この世界には、いわゆる「ミュータント」と呼べる存在がどこかに混ざっています。普通の科学では解明できない、普通の法則をもぶっ壊してしまうようなとんでもない力を持って生まれた者たちです。時を操ったり、予知能力があったり、はたまた自分の数を増やしたり。ですが、その中で一番強いかもしれない力が、『時空改変』でしょう。森羅万象、あらゆる物を自分の思い通りに動かす事が出来る、まさに神様に近い能力です。ただ、幸いな事にこの世界で生まれた時空改変能力者の心は澄み渡っていました。一歩間違えれば恐るべき存在になり得るはずですが、その人は悪事に使う事など全く考えてもいなかったのです。
現在、この力が主に利用されているのは「クリスマスイブ」。不思議な力をプレゼントした空飛ぶトナカイを使って地球中をマッハを越える速度で飛び回り、子供たちに気付かれる事無くこっそりと家の中に入ってプレゼントを置く。サンタクロースは、毎年こうやって様々な場所、様々な時代にいる子供たちにプレゼントを届けているのです。
…さて、この力、どこかで見た事は無いでしょうか。
レナも最初これを知った時、前述の通り非常に驚きました。まるっきり、あの大犯罪者「デューク」と同じではありませんか。一体どういう事なのか、それは本人とその奥さんが教えてくれました。「デューク」の場合、その不思議な力というのは頭の中にある有機ナノマシンで構成されたチップで形成されています。言うなれば、「作られた」力だそうです。一方のサンタクロースは、まさにお母さんのおなかの中にいる頃からそんな不思議な力が備わっていた、「天然」ものの能力。見た目は全く同じですが、この違いが力の強さに大きな影響を与えていました。
これまでレナがサンタと共に各地を回っている間、何度も土砂崩れや落雷、吹雪、さらには太陽からの強烈な風に見舞われる事がありました。あとで知ったのですが、どれも「デューク」からの妨害だったそうです。しかし、心配する彼女をサンタは優しく抱きしめ、大丈夫だよと優しく言ってくれました。その言葉通り、まるでバリヤーを張ったかのように、どんな妨害も全くサンタクロースやトナカイは気にせず、そりを進めていたのです。先天的に身に付けた能力と言うのがここまで強いと言うのを、レナは初めて知りました。
ですが、だからと言って努力をしないという事ではありません。サンタクロースが自分たちや仲間専用に作ったこの異次元から、一時ぬけだせなくなるという事態も起こりました。この時の妨害はサンタも大慌てで対処に苦戦したようです。強さと言うのは、使い方を熟知し、そしてしっかりとした優しい心を持つ者に宿るのかもしれません。
そんなサンタクロースの元で、レナはもう数年も手伝いを続けています。毎年クリスマスシーズンになると、彼女の生まれた世界にもこっそり戻ってプレゼントを配っています。本当に僅かでもサンタさんを信じ続ける子がいる限り、クリスマスはやって来るのです。
ふとヨウルマーが腕時計を見ると、もう次の作業が始まる時間が近づいています。今度は子供たちからの手紙を読んで表にまとめる、一番大変ですが、一番楽しい作業です。気合いを出して頑張ろうとした時でした。
「…あの…」
一人の女性が、二人を呼びとめました。今までこの異次元空間で見た事がない存在ですが、レナはその顔を見て驚きました。一方、ヨウルマーの方も同じように驚きの表情を見せていました。
確かに、この空間は色んなモンスターも仲良く住む空間、当然ゴーストも紛れこむ事があります。ですが、彼女のように外からこっそりと入り込むと言うのはあまりありません。というより、この世界には特にそういったゴーストの用は無いはずです。一体どうしたのか、と尋ねたヨウルマーにその女性…いや、その「幽霊」は言いました。
「サンタクロースさんの、奥さんですよね。
私を、プレゼントとして届けてくれませんか?」