119.柿の木山の攻防・番外編 in 犯罪組織
「…んっ…あれ?」
…僕が目覚めたのは、あの山の中ではありませんでした。色彩の洪水のようなあの場所とは違う、白や黒といった色で染められた見慣れた場所です。皆様で言うと異次元、という事になるのでしょうか。
起きた時は一瞬頭が寝ぼけていてどこにいるのか判別が出来なかったのですが、背中の感触で気がつきました。どうやら、僕は今までずっとこの大きなカプセルの中でぐっすりと眠っていたようです。
「あ、起きたか」
髪が少し乱れていたので「乱れていなかった」事にしていると、僕の様子を見に声をかけて来る影がありました…とは言っても、別に怪しい人ではありません。向こうもこちらも、黒の長髪に黒の燕尾服、黒の皮靴に黒縁の眼鏡…要するに「デューク」ですから。一件素っ気なさそうな声ですが、返事は勿論返しておきました。どうやら彼を待たせてしまったようですからね。
あの時、狐や狸の一撃をくらった後からしばらく僕たちの意識は途切れていました。恵さんや栄司さんたちのようなオリジナルの取り巻き勢は退ける事は出来たのですが、まさかあの獣たちがあそこまで責めてくるとは予想していませんでした。今回の敗因は、どうやら僕の油断にあったようです。ただ、それはあくまで戦闘だけの事。幸いにも本当の任務に関しては十分すぎるほどの実績を上げる事が出来ました。
「そういえば、僕はどれくらい眠っていたのかな…?」
「どれくらいというか、新しく一から君を作り直したからね」
「ああ、そうか」
やはりあの時、龍になった際に僕の体は一時消滅をしていたようです。相手側にも当てはまりますが、体を消耗してまでこんな事をするとは、随分と荒技を考えつくものですね…。とは言え、実際の所こちらの方が任務としては行いやすかったというのは確かかもしれません。あの時ひと思いに各地を破壊し尽くしたおかげで、十分に狐や狸の『データ』を採取する事に成功しましたからね。飛行船や怪獣、ウチワにあの大きなドングリの実。変幻自在と言うのはまさに彼らのためにあるのでしょう。
とは言え、まだ狐も狸も万能ではありません。あれはあくまで自分の姿を変え、記憶をいじるだけ。過去を変え、未来を思い通りにするという段階には至っていない所で止まった、いわば進化の袋小路状態のようなもの。恵さんたちのいる世界の人間では十分脅威かもしれませんが、その一歩先を進んだ僕たちからすると…まあ今回はやられてしまいましたけど。
「でも、無事にデータは未来に届ける事が出来たよ」
「ありがとう、これで…ふふっ」
「そうだよね…ふふ」
互いに秘密を共有すると言うのは、結構楽しいものですね。ま、そもそもこの計画はオリジナルが放棄していったものですけど。
今頃…というより僕たちからすると過ぎ去った過去なのでニュアンスが違うかもしれないですが、どこかの研究所の誰かがきっと良いひらめきを思いついた頃でしょう。狐や狸の変化術の詳細な仕組みが一目瞭然になり、それがやがて『完全人間』プロジェクトへと大いに活かされる事になるのですから。あのプロジェクトが無ければ僕たちも…それにオリジナルだって生まれる事は無かったですし、案外僕たちの今回の役割は相当重要だったのかもしれません。
「「あ、お疲れ様」」
「お疲れ。君たちも無事に再生できたんだ」
「だいぶ時間がかかったみたいだけどね」「でも、結構今回の『僕』はよく動くみたい」
新しく作り直された『僕』の体を、二人とも思う存分堪能しているようです。どうやら向こうの山…隠れ里と言うそうですが、あそこの狐や狸たちは僕たちが倒された事を大いに喜んでいるようです。ただ、あの山もあと数百年くらいすれば完全に開発されて無くなる事を知っている僕たちには、ちょっとだけ哀れなようにも見えますけどね。それに、僕たちは倒されてもいませんし、むしろ…
「おーい、ちょっと聞きたいんだけど」
「?」
突然、僕の方に新しい…そうですね、ここまでの総数ですと5人目の僕からの声がかかりました。どうしたのかと尋ねられれば、6人目と7人目の僕も加わり、ある相談が持ちかけられました。
「…え、何だそれ…聞いた事無いな」
…だってそうでしょう、郷ノ川とかいう先生、今まで全くと言っていいほど僕たちの眼中にありませんでした。ミコさんや栄司さんはその能力をよく発揮し、僕たちもその度に感知していたのですが、あの先生は全くの伏線も無しにいきなり凄まじい力を出してきたというのです。例の6人目と7人目はあの時の感触がまだ残っているようで、頭の部分の違和感がぬぐえない様子です。そうなると、考えられるのはあの医者が僕たちも予想できないであろう別の何かを抱えている可能性があるという事です。
「その何かって言うのはなんだい?」
「分からないけど…でも対策はある程度練った方がいいね」
「「「そうだよね」」」
ちょっとした会議が終わった後、僕は他の僕から離れて別の場所に向かう事にしました。先程の会議は「僕」の中で共有されているはずなので、すぐに会議の結果の内容は行われているはずです。今いるのはちょうどビルの120階辺り、そこから一気に地下へと瞬間移動を行い、様子を確認しに行きました。
地下に広がる巨大な空間…例えて言うなら、「生産工場」に到着すると、もう既に…
「やあ!」「お帰り」「お待たせ」「お帰り」「お疲れ」「お帰り」「やあ!」「お帰り」「お待たせ」「お待たせ」「やあ!」「お帰り」「お待たせ」「やあ!」「やあ!」「お帰り」「お待たせ」「お帰り」「お疲れ」「お帰り」「やあ!」「お帰り」「お待たせ」「お待たせ」「やあ!」「お帰り」「お待たせ」「やあ!」「やあ!」「お帰り」「お待たせ」「お帰り」「お疲れ」「お帰り」「やあ!」「お帰り」「お待たせ」「お待たせ」「やあ!」「お帰り」「お待たせ」「やあ!」「やあ!」「お帰り」「お待たせ」「お帰り」「お疲れ」「お帰り」「やあ!」「お帰り」「お待たせ」「お待たせ」「やあ!」「お帰り」「お待たせ」「やあ!」「やあ!」「お帰り」「お待たせ」「やあ!」「お帰り」「お待たせ」「お帰り」「お疲れ」「お帰り」「やあ!」「お帰り」「お待たせ」「お待たせ」「やあ!」「お帰り」「お待たせ」「やあ!」「やあ!」「お帰り」「お待たせ」「お帰り」「お疲れ」「お帰り」「お疲れ」…
工場に追加発注した『僕』の生産が既に完了していました。
やっぱりこうやって、僕が床一面に延々と並ぶ様子を見ると壮観ですね。ちょうど今回僕がこの工場で生産を注文したのは300体、これくらい僕のデータを追加した「僕」がいれば、いざという時に十分役立ってくれるでしょう。そんな事を考えていると、300体の中の僕のうち一人がこちらに場所を移動してやってきました。
「いきなり『僕』が作られたっていう事は、やっぱり怖がってるのか、あの医者?」
「ま、まあね…正直ちょっと慌てたかもしれないし」
「大丈夫だよ、僕がこうやって甘く見てしまったと言う事は、今度は相手側が僕を甘く見ているはずさ」
実際そうかもしれないですね。今回は少々大盤振る舞いしてたくさん数を送り込んでみましたが、それでも相手は能力の事しか考えていないはずです。まさか、倒されれば倒されるほど、こんなに僕が大勢になる事なんて予想していないでしょう。
そう言っていると、別の僕が二人、こちらにやってきました。どうやら向こうもこの「生産工場」で僕の追加発注を行っていたようです。
「何体くらい?」
「ざっと1000体くらいかな」
もう一方も同じく1000体、どちらも新しい僕に挿入されるデータは同じものを設定していました。
以前作戦に失敗して逃げ出そうとした僕と、それを追って一緒に行方不明になった僕。以前より気にかけていた二人の存在に加え、最近はもう一人行方が分からなくなった僕が存在しています。彼らは今の所は脅威では無いかもしれないですが、そのうち大変な事をしでかしそうな気がしてなりません。何せ、この場所のあらゆる所を知りつくしていますからね…。その対策用に、追加で注文をしたのでしょう。
古い言葉で言う転ばぬ先の杖というものかもしれませんが、オリジナル側につく恵さんや栄司さんの言うとおり、勝負を最後に決めるのはやはり物量戦ですから。
先程の200体には後で自由に外に出てもらうに告げた後、僕たちは今いる廊下を歩いて抜けてもう一つの生産場所へと向かいました。先程から述べています通り、あの場所はあくまで「追加」で生産を行うところ。本筋はこちらの巨大な空間となります。
作った「僕」が言うのもあれですが、よくここまで大きな場所を作ったなと思いますね。外部の皆さまで言う「クローン」の生産工場とでも言うのでしょうか、このフロアには完成を待つ新しい僕の素体が何万と並んでいます。とはいっても、培養液に詰まっているみたいなよくある形ではありません。例えて言うなら、ファックスのようにデータが書かれた人間大の板が所狭しと並んでいる、といった感じですね。場所も取りませんし、複製も行いやすい。なにより一番そういったデータを保存しやすいのはこういった平面上のものに記入された場合ですから。少々時空改変も応用して圧縮はしていますが、「僕」の体とその構造がそのままあの薄い板に書かれ、何よりそれが数限りなくあるというのはまた圧巻ですね。
この空間から押し出されるように出された板を特殊な装置…とはいっても、単に僕の能力の一部を移しただけのものですが、それを通す事によって三次元上に新たな「僕」が次々に生まれてきます。勿論、みんな全く同じカーボンコピーです。新しく出来た「デューク」は他の世界へ色々と遊びに行ったり、僕のようにオリジナル奪還のために向かう事も多いですが、基本的にはこの空間で待機している事が多いですね。全ての僕を一気に放出すると言うのも出来ますが、それはそれで大変ですし、なによりこの光景が無くなるのは惜しいですからね。
それにしても、オリジナルの頃はまだ新しい僕を作るだけでも精一杯だった様子ですが、今や一日で数万は簡単に製作ができるようになりました。彼もきっと、今の様子を見れば喜ぶでしょうね。
新しく生み出され、何層もの床に広がる「僕」の様子を見ているうち、こちらに向けてもう一つ、別の影が現れました。ただ、今まではずっと僕でしたが今回は違います。この僕、「デューク」の判断に耳を傾け、適切な助言をしてくれる頼もしい…そうですね、他の人たちで言う「犯罪組織」のボスという感じでしょうか、そのような立場にいる女性です。
相変わらずの明るい返事に、僕の疲れも取れていきます。やはり、彼女あっての僕です。オリジナルに、恵さんがいるのと同様に、ね。
「みんな、お疲れ!」
「お疲れ様です」「お疲れ様です」「お疲れ様です」「お疲れ様です」「お疲れ様です」「お疲れ様です」「お疲れ様です」「お疲れ様です」「お疲れ様です」「お疲れ様です」「お疲れ様です」「お疲れ様です」「お疲れ様です」「お疲れ様です」「お疲れ様です」「お疲れ様です」「お疲れ様です」「お疲れ様です」「お疲れ様です」「お疲れ様です」「お疲れ様です」「お疲れ様です」「お疲れ様です」「お疲れ様です」「お疲れ様です」「お疲れ様です」「お疲れ様です」「お疲れ様です」「お疲れ様です」「お疲れ様です」「お疲れ様です」「お疲れ様です」「お疲れ様です」「お疲れ様です」「お疲れ様です」「お疲れ様です」「お疲れ様です」「お疲れ様です」「お疲れ様です」「お疲れ様です」「お疲れ様です」「お疲れ様です」「お疲れ様です」「お疲れ様です」「お疲れ様です」「お疲れ様です」「お疲れ様です」「お疲れ様です」「お疲れ様です」「お疲れ様です」「お疲れ様です」「お疲れ様です」「お疲れ様です」「お疲れ様です」「お疲れ様です」「お疲れ様です」「お疲れ様です」「お疲れ様です」「お疲れ様です」「お疲れ様です」「お疲れ様です」「お疲れ様です」「お疲れ様です」「お疲れ様です」「お疲れ様です」「お疲れ様です」「お疲れ様です」「お疲れ様です」「お疲れ様です」「お疲れ様です」「お疲れ様です」「お疲れ様です」「お疲れ様です」「お疲れ様です」「お疲れ様です」「お疲れ様です」「お疲れ様です」「お疲れ様です」「お疲れ様です」「お疲れ様です」「お疲れ様です」…