118.柿の木山の攻防・14 / 最後の宴
「「「「かんぱーい!!」」」」「「「乾杯!」」」「「「カンパーイ!!」」」
現代人、未来人、猫、クローン人間、ヒル、キツネ、タヌキ、カワウソ、そしてサルやシカ。
人種のるつぼという言葉があるが、隠れ里の集会所はそれを通り越して生物種のるつぼといった状態になっていた。今、ここでは勝利の宴が行われているのだ。
狐一族と狸一族の数百年の因縁は、探偵局やその仲間たちによって見事に解かれ、彼らから託された依頼も無事に解決した。先程まで続いていた会議で、狐一族がずっと大事にしまっていた魔鏡は、親分たち狸一族の元へと無事に渡されたのであった。一度わだかまりが解ければ、あとは一気に無礼講。あちこちで狐や猿たちが宴に盛り上がっている。やはり彼らも哺乳類、アルコールを渡されればすぐにほろ酔い気分になってしまうようだ。中には完全に向こうの世界に旅立ち、野生では考えられないほどの大いびきをかく者もいるようだが…。
「でもケイちゃんは飲んじゃ駄目、お酒は20歳になってからよ」
「心配ないですよ局長…ブランチ先輩もあまり飲み過ぎは駄目ですよ」
「恵、お前も人の事言えるのかよ」
「そ、そうですよ局長…」
急にデュークが焦り始めたようにも見えたが、別に恵はへっちゃらなようである。顔は完全に真っ赤だが。というか、それ以前にこのメンバーの年齢層を聞いて一番あっけにとられているのは親分さんかもしれない。
この席の傍らで彼らの実の内話も色々と飛び出して来たのだが、デュークが未来人であると言う事以上に、蛍やブランチ、恵、栄司と各自バラバラである事に驚いていた。自分たちも確かに狸やカワウソと種類は様々だが、あくまで松山と言う一つの土地と言う大きな繋がりがある。それに比べて、この面々は生まれも育ちも本当に全員違う。何かしらの強いきっかけがなければ絶対に集まりそうにない面々だ。そう言いながら、親分はふと真面目な顔をして言った。
「…だから私は心配だ」
「「「「「?」」」」」
今、探偵局の面々はそれなりに深いつながりが結ばれている。役割分担もしっかりと出来ている。それ故に、親分の心には一抹の不安が宿っていた。こういった一枚岩ではない者が揃えば、どこかでひびが入ってしまうのはある意味必然、もしそれを放置しておけばきっと取り返しのつかない事になる。今は大丈夫かもしれないが、今後そう言った事で、このメンバーが離ればなれに…
「大丈夫よ」
親分の心配を払いのけるかのように、恵は力強く返事をした。
確かにデュークの能力が、この探偵局を結びつけているのは確かだ。ブランチも蛍も、最終的には彼から新たな能力を受け取り、未来からの悪党に素手で立ち向かえるほどの力とどんな依頼でも様々に対応できる心を身につけている。しかし、凄まじいパワーを有する彼らを従えて様々な疑問難問に挑む事が出来るのは、局長である丸斗恵その人しかいない。自分がここにいる限りは、絶対に探偵局が崩れる事は無い。
彼女の自信あふれる言葉に、デュークやブランチたちは嬉しそうな表情を見せ、親分の方も堅苦しい表情が解けた様子である。自分の心配が杞憂であると言う保証はまだ無いが、それでも彼らなら打ち砕いてみせるかもしれない。自分たちの何百年にも及ぶ過去の因縁を、その拳でぶっ飛ばしてくれたのだから…。
「そういえば、親分さんはお酒は飲まないんですか?」
ふと、デュークはこの事に気付いた。彼の方は時空改変で悪酔いを防ぎつつ、この隠れ里の果物から抽出した日本酒を美味しそうに飲んでいたが、親分の方は一切飲んでいない。ただ、理由を聞いて納得した。近所に住んでいない彼は、遠く離れた松山に奥さんと一緒に帰還する必要があるからだ。しかも手段は空路、酒気帯び運転などもってのほかである。そして、もう間もなくしたら彼ら狸たちはこの宴を途中で抜けて故郷へ戻る事にしていた。ただ、狐たちが残念がっているように彼らももう少しこの場で語り合いたいようである。
…その時、ブランチの頭にある発想が浮かんだ。彼もマタタビ酒を飲んでいるので、黒い顔もほんのり赤くなっている。
「こういう時こそ丸斗探偵局の出番ですニャ」
「…どういう事だ?」
「ほら、デュークさんは未来からタイムスリップしてきたんですニャ!」
「…なるほど!」
ここで過ごした時間の分だけ過去へ戻れば、タイムロスなど全く気にする事無く遊ぶ事が出来る。酔っ払って頭が冴えてきたと恵がからかうが、確かにこれは名案だったようで親分も納得していた。せっかくこうやって狐と狸が何百年ぶりに共に盃を交わす事が出来るという事に至ったのに、この場で帰ると言うのはやはりもったいない。少し考えた後、親分は探偵局の誘いに乗る事にした。
…とは言え、どちらにしろ今すぐ帰るという事にはいかないようである。何せ、彼らの後ろで賑やかに唄いはしゃいでいる者たちがいるからだ。郷ノ川医師とケイトという、種族を越えた二名は完全にお酒の魅力に浸り、すっかり出来あがってしまっていた。あれだけ途方もない戦いを終えた後と言う事で、皆一気に羽目をはずしているようだ。
そんな中で、一人だけ外で物思いにふける者がいた。
確かに今回の戦いでも有田栄司は勝利に大いに貢献する働きをした。だが、彼の猛攻は、ニセデュークの一言によって封じられ、形勢を一時的に逆転されてしまっていた。今、栄司はその時の言葉が頭から離れずにいる。探偵局の皆の前では普段通りの威勢を振る舞っていた彼だが、実際は既に心の地盤はもろくなっていたのだ。
そんな彼に、声をかける者がいた。
「なんか悩んでいるようだね?」
てっきり全員あの宴の中にいるとばかり思っていた彼だが、狸の奥さんは勝利の貢献者が暗い顔をしているのを見逃さなかったようだ。
「いいんすか、参加しなくて」
「そりゃあたしの台詞だよ、栄司さん…だっけ?」
「そうっす…すまないっすね、俺のために」
頑張った者はそれなりに功績を認めなくては、というのが彼女のポリシーであった。
一児の母にしてはどこか幼げ、服を変えればそれこそ高校生か中学生にも見えてしまいそうな狸の奥さん。背丈が一回りも違う栄司と共に、外での静かな時間を過ごしていた。そんな中、ふと彼はある質問を彼女にぶつけた。
一番信用している人が、一番の敵だったら、どうすればいいのか。
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『…それで、どう返したのか?』
日本上空を浮かぶ一隻の飛行船の中に佇む妻に、夫は静かに聞いた。
デュークの時空改変のおかげで体からアルコール成分もすっかり抜けた親分は、自らの体を飛行船に変え、夕日に照らされながら一路松山へと帰還の途についていた。客室には奥さんの他に、体中にアルコールが回ってぐっすり就寝している使用人…いや、使用カワウソのケイトも乗っている。
ただ、船内が静寂を保っていたのは彼を起こさないためではない。妻の話が、予想以上に深刻なものだったからだ。
「恵局長はあんたの質問になんて答えたんだっけ…覚えてる?」
『自分がいる限りは大丈夫だ、「探偵局」の仲は崩れない、とな』
「なるほどね…」
「探偵局」の強固な仲は、確かに崩れると言う事は予想できない。ただ、部外者である栄司と彼らの関係は今、少々複雑なものとなっている。計算高い彼は、あくまで探偵局を「利用」しているだけだと奥さんに言ったが、それと同時に「信頼」というものも生まれているような気がする、とも言った。価値になると言う事以上に、栄司は探偵局に特別な思いを抱き始めている。
「それで、あたしは言ったのさ。
お金はいつでも利用できるし、手軽に増やせる。でもさ、いくら金を貯めても『信頼』には絶対に勝てないって」
…彼がその言葉に納得してくれたかどうかは、奥さんには分からなかった。ただ、栄司にとって一つの大きな支えとなったのは、胸につかえていた者が取れたような目つきからも分かったようである。
彼がこの後どのような判断を下すか、そこまでは自分たちは入る事は出来ない。ただ、自分たち坂上一家の面々は、探偵局に背を向けるような事はしないだろう。奥さんからの言葉を受けた旦那…狸の親分の思いである。
…ただ、親分の方も一抹の不安がどうしても取れなかった。栄司の事では無く、デューク・マルトの事である。
思っている以上に彼は信頼できる存在であり、また危険すぎる存在でもあるのは間違いない。これから彼がどちらの方向に傾くか、今後待ち受けているであろう現実を乗りきる事は出来るのか。
そして、彼が隠し持っている「過去」は、本当にあれだけなのだろうか…。
まあ、考える事はいつでもできる。今は松山に帰り、たっぷり一人息子に武勇伝を聞かせるのが先だ。雲の海を抜け、赤い空の中を船は飛び続けていく。