117.柿の木山の攻防・13 / 柿の木山の攻防
狐や狸の宝を巡る柿の木山の攻防も、いよいよ最終局面を迎えていた。
四国にいた狐と狸の先祖に因縁と関係を築き、そしてそれを利用して彼らを死滅させようとしたニセデュークたち。一度は狸や狐を「化かし」たうえで彼らを生死の淵にまで追い込む事に成功した。だが、彼らが復活した今、そこまで追い詰めた事が仇となってしまった。当然だろう、自分たちの専売特許の真似事をされた上にそれで自分たちを苦しめさせたとなれば。
巨大な「龍」に合体、変貌したニセデュークは今、二方から凄まじい攻撃を受けていた。一方は巨大な飛行船。狸の親分と…
「あんた、次の弾行くよ!」
『おう!』
その客室に添乗し、夫のアシストをしている妻である。次々に発射されるミサイルや砲弾が、ニセデュークを封じているのだ。どれも見た目はただの木の実だが、通常の何百倍もあるその大きさや発射される速度、そして相手を追い詰める自由自在の動きで相手を翻弄し続けている。そして、それと同時に別の方向からも次々に攻撃が行われていた。
「龍」の持つ鋭い爪を捕え、逆にその鱗を引き裂かんと迫りくるのは、巨大なもう一頭の怪獣…いや、狐側の夫婦の夫であるドンが化けた「変化怪獣」だ。この隠れ里の長老から託されたお札の力で、彼は自らの変化能力に凄い力を上乗せしている。ここよりももっと田舎出身である彼の実力は妻には到底及ばないものの、一旦コツを覚えればその中の力をすぐに引き出してしまう良いセンスを持っているようだ。森と仲間を滅茶苦茶にした存在への怒りと共に、彼は次々に攻撃を加えていく。それに対して「龍」も負けてはいない。次々に周りに火炎弾を発射し、彼らの体を焼き尽くさんと暴れ始めた。
だが、その炎は飛行船にも怪獣にも通じる事は無かった。ちょうど「龍」を取り囲むかのように、赤や青の「傘」がいくつも咲いたのだ。まるで正月名物のように火炎弾をその上で転がし、次々に消滅させていく。まるで幻想的な光景を作りだしている主こそ、ドンの妻であり、この隠れ里に伝わる名家出身のエルである。夫とは違い、彼女は自前で持っていたお札の力も借りてこの姿に変身している。どんな雨も弾き飛ばす傘のように、今の彼女には悪意を跳ね飛ばす力が備わっているのだ。
戦況は圧倒的に狸や狐、そして探偵局側に有利な方向になろうとしていた。だが、それでもこの「龍」の体力が減る様子は一向に見えない。何度攻撃しても、何度ミサイルをくらっても、すぐに再生して元通りになってしまうのだ。
「だ、旦那ぁぁぁ!!」
「おぉ、二人とも…」
長老もケイトも、その様子に不安を隠せない。負ける事は無いが、今のままでは勝つ事も出来ない。戦況が変わらなければ、無限の体力を持つであろうニセデュークが有利になってしまう。何か良い方法はあるのか、一同が焦り始めた時であった。
「チキショウ…動きさえ止まればな…」
「…動き?」
「どういう事、先生?」
ふと呟いた郷ノ川医師の言葉に、栄司と恵は意識を向けた。
今、あの龍は自ら動きまわる事でわざと相手の焦点をずらそうとしている。体にまんべんなく攻撃を受けても、その攻撃の一つ一つが薄ければあっという間に再生してしまうのだ。医師の目線は、ニセデュークの体の機能も見逃さなかった。
「…ってことは…動きさえ止めれば」
「奴を一点集中できるって事か…おいデューク」
突然栄司に声をかけられたデュークだが、すぐに彼らが何をしたいかを把握した。体に何かの「重み」が加われば、どんな相手でも動きは必ず封じられる。その隙を狙えば、最後の一打を食らわせる事は容易だ。だがその重みは、ある意味永続的に行う必要がある…そこで、二人は思い出したのだ。以前、二人のニセデュークと混戦になった際に彼らを倒した時の方法を。
「えぇぇぇ、そんな無茶な!」
「大丈夫よケイトさん。私は、貴方の考えてるより弱くないから」
「で、でも…」
「あら、ケイちゃんまで心配?」
「全く…お前ら、俺を誰だと思ってるんだ?」
丸斗恵と有田栄司、自分の数を際限なく増やす事が出来る、「増殖能力」の持ち主。
二人のデュークに頼み、彼らは自らの体を瞬間移動させようとした。しかし、その直前にもう一人、現地へ赴かんとする者が現れた。ブレザーやスカートはボロボロだが、改めて覚悟を決め直した丸斗蛍はなかなかの頑固、断っても絶対に引き下がらないだろう。
「え、大丈夫なのケイちゃん…」
「心配ありません。私は、丸斗探偵局の一員です」
答えを自分から言った彼女。その目の奥にある心を見た恵は、彼女を傍らに寄せた。そして…
「頼んだわよ、デューク!」
「「任せてください」」
…次の瞬間、「龍」の体は、一斉に無限の肉体に包まれた。
狸の親分が言った通り確かに狐と狸に関わる問題かもしれないし、エルの心配通り助っ人不要な形かもしれない。だが、狐や狸たち同様に、丸斗探偵局の全員も仲間たちの危機を見逃すほど冷酷では無かった。突然体にのしかかった重さに龍の動きが少し鈍り始めるや、再び恵や栄司が一気に追い打ちをかけた。いい加減にしろ、と三人の脳裏に「デューク」の声が響くが、それくらいでへこたれるような三人では無かった。
「「「「「「「「「黙ってて!」」」」」」」」」」
「「「「「「「「「お前らの忠告に、誰が乗るか馬鹿!」」」」」」」」」」
「「「「「「「「絶対放さないわよ!」」」」」」」」」
一人が無理なら二人、二人が無理なら四人、それでも無理なら数限りなく何度でも。いくら振りほどこうとも、龍の体にのしかかろうとする肉体は減るどころかさらに増える一方。鱗を掴み、ひっぺがそうとする者まで現れ始めた。そう、以前もまさに同じような状況であった。次々に襲いかかる数の暴力の前に、ニセデュークは成す術も無く倒れていったのだ…。
そして今回も、何十万人もの肉体の重さに耐えかね、ついに巨大な「龍」の体は恵、栄司、蛍に包まれたまま地面に落ちようとした。そして次の瞬間、彼らは一斉に分身や増殖を解いた。そのまままるでブーメランのように元の場所へと戻った直後、ついに最後の一打が放たれた。
一度狙いを定められれば、もうこちらのもの。「怪獣」から放たれた特大のパンチと、「飛行船」から発射された巨大なクヌギの実が直撃したのは、「龍」の中枢部…頭では無く、胸の上方に眠っていた、時空改変回路の場所であった。
粉々に砕かれたそれが再生する事は、もう無かった。過去はおろか未来をも巻き込んだ柿の木山の攻防が、ついに終わったのである…。