116.柿の木山の攻防・12 / 龍が来る
逃げろ。とにかく逃げろ。
狐たちの森に、再び大変な事態が起きた。森の木々はなぎ倒され、紅く色づいた葉はその赤を炎でより濃くしている。冬支度をしていた動物たちも慌てて逃げ始め、あのサルたちも必死に脅威からの逃走を始めた。
それは、同じく森の中にいた探偵局の面々も同様だった。先程まで傷だらけだった蛍や恵、それに栄司もこんな様子を見せられれば逃げるしかない。増殖能力や分身能力を駆使して木や根を避け、元の猫に戻り、歩く元気も無くなってしまったブランチは蛍に抱きかかえられながら共に逃亡を続けた。
そんな彼らの後ろにあるのは、超巨大な「龍」の姿。体に無数の鱗を持ち、羽もないのにそのヘビのような姿で空を飛ぶ。頭部にある角は、まるで角竜のように鋭く、牙はあらゆるものを砕くほどだ。しかし、その瞳の形はまぎれも無く「デューク」そのものである。
狐一族や狸一族を壊滅させ、未来における違法開発を順調に進めさせるために送り込まれたと言う五体のニセデューク。そのうち四体は探偵局や仲間たちの奮戦でなんとか撃破したが、それ事態が罠だった。時空改変回路の作動に障害が起きた時、「鍵」となる五体目のニセデュークを中心に四体が融合、より強大な力を持つ存在へと変貌するようにプログラムされていたのだ。
当然、探偵局側も手をこまねいている訳ではない。上空では、龍の猛攻に対し、本物のデューク・マルトが必死の攻防を続けていた。だが、森の一帯にバリヤーを張ってもそれは一瞬で解読され、次々に炎の弾が撃ち込まれてしまう。そしてデュークに向けては鋭い爪や強靭な尾が向けられ、次々に衝撃がくわえられていく。確かにデュークにも時空改変回路、それも最強級のものが備わってはいるが、それはあくまでも彼にとっては一つの「要素」でしか無く、自分自身が予想しない者に対しては慣れるまで苦戦を強いられる事になってしまう。
そして、劣勢となったその戦闘は、火の弾が危うく恵たちの元に直撃するまでになってしまった。
「デューク!何やってるのよ!」
「何とかできねえのか!」
『そんな事言われても怪獣相手は慣れてないんですよ!攻撃を防ぐだけで精一杯なんです!』
そして、上空から彼らを見下ろしていたデュークは、ある事に気がついた。この「龍」が作りだす炎の形が、探偵局や動物たちの逃げ道を一つの方向に絞ろうとしていたことに。
「じゃ、じゃあこのまま逃げたら私たち…」
『と言うより、僕たちは隠れ里へ逃げるしかない状況なんです!』
「チキショウ、村を炎で囲んで燃やすつもりニャのか…」
…だが、このまま立ち止り続ければ自分たちは焼きつくされてしまう。だからと言って、村の方へ進めば…。
蛍の悲鳴と共に皆が気付いた時、既に森は一面火の海と化していた。木々の悲鳴のように枝や幹がひび割れる音が響く中、「龍」が作りだした道の中に一本だけ枯れずに佇む木と、そこに集まるサルやシカなどの動物たちを探偵局は見つけた。彼らは首を動かしたり手を動かしたり、必死に炎を消そうとしている。野生動物の大半が嫌う炎だが、彼らの大事な宝物であるこの『柿の木』を守るためならそのような恐怖もいとわない、そんな仲間がまだこの森に残っていたのだ。だが、その努力もむなしく、火の勢いは強くなるばかり。彼らもなんとか避難させなければ…!
探偵局が急いでそこに向かおうとした所を、「龍」は見逃さなかった。邪魔者は消し去るに限ると言わんばかりに、デュークを弾き飛ばしたうえでその方向に特大の炎を打ち込んだのである。
迫りくる赤い閃光、もう彼らに勝ち目は無いのか…
…と、その時であった。
何かがぶつかるような音と同時に、突如『柿の木』やその周辺の炎が消え去った。動物たちは勿論だが、目を瞑り、迫る死の恐怖に耐えようとしていた蛍やブランチも最初何が起きたか分からなかった。だが、すぐにその原因は判明した。
「今更来るなんて、随分遅刻したじゃないの」
「美味しいところ持って行きやがって」
…口は悪いが、恵と栄司の心には自信が戻り始めた。
黒い長髪に黒い燕尾服、そして黒い眼鏡。その顔は、先程まで自分たちが戦っていた相手と同様。だが、こちらはその心に優しさと正義を併せ持つ、丸斗探偵局の助手だ。そう、隠れ里にいた方のデューク・マルトが、まさに危機一髪の所に駆け付けたのである。
ここは自分に任せてほしいという言葉も、彼なら非常に説得力がある。時空改変の力を使い、彼が手をかざした一帯の炎があっという間に消え、そのまま隠れ里へ一直線に続く道が作られた。無言で信頼の頷きを交わした恵は、そのままブランチを伝って動物たちの言葉を翻訳しつつ、彼らと共に後をデュークに託した。
…そして、そのまま一気に「龍」の顎へ向けて鋼鉄に変えた自分の肘を思いっきり打つ事で、もう一人のデュークはこの戦場へと参加した。
「ごめん、遅くなった」
しかし、柿の木山側にいたデュークはその事情を知っていた。目の前の龍の基になった存在によって健康を害した隠れ里の仲間を、彼は自らの治療で必死に助けていたのだ。それよりも、こうやってもう一人の自分が戦況に加わることへの感謝の方が大きかった。
「取りあえず、あれを何とかしない事には…!」
「いや、待ってくれ」
…この言葉の直後に、隠れ里側のデュークから送信された作戦の内容に、一瞬柿の木山側のデュークは驚いた。今の相手は自分たちでも今のように苦戦する存在。今は何とか二対一と数的には少々卑怯な形にはなっているものの、「龍」を錯乱させて侵攻を防ぐ事がギリギリの状況だ。奴の存在自体を消す事がある意味一番理想的な解決方法かもしれないが、それでは納得がいかない存在が多くいるというのもまた事実…。そういえば以前、ニセデュークの戦いでも彼らは探偵局を援護し、勝利を収めるきっかけを作ってくれたのだった。
…分かった、やろう。
そして、二人のデュークと「彼ら」の作戦が始まった。
先程までデュークが行っていた戦法は、相手の攻撃を抑えたうえで自分側も相手に対して攻撃すると言う、殲滅を狙ったものであった。恐らくそれが先程までの苦戦の理由だったのかもしれない。腐っても相手は「デューク」、オリジナル側と同じような思考回路で、動きを読んで逆にダメージを大きくしてしまっていたようだ。しかし、逆に相手の攻撃を抑える事に重点を置けばどうだろうか。自分自身は攻撃をどのように防げばよいかという事のみに集中できるため、よりそちらへの工夫を増す事が出来る。それに今は、デューク・マルトは「二人」いる。互いに手分けすれば、防御以外にも様々な事が出来るはずだ。
炎を避けたり消し去りながら、デュークは自分たちの場所を少しづつ変え始めた。柿の木山を離れ、向かうはあの「隠れ里」。
予想していた通り、後ろから恵や栄司が戸惑いと怒りの声をあげているのが分かった。当然だろう、彼女たちはデュークがこの脅威を隠れ里から退けるとばかり思っていたからだ。だが、これこそが作戦であった。予想していた通り、「龍」の矛先は自分自身と目の前の狐の場所のみだ。目先の利益を追いかけてばかりだと、必ず途中で後悔してしまう。その考えを戦いに使えば、気付かないうちに戦況をこちらへ持っていく事も可能だ。
…そして、村まであと一歩の所に迫った、その時であった。
「皆さん!」「後はお願いします!」
その一言と同時に、「龍」の土手っぱらに凄まじい痛みが走り、山肌に巨体が吹っ飛ばされた。
その力の主は、デュークでは無い。怒りと共に先程の方向を睨んだ龍の目線は、空を飛ぶ一機の飛行船の姿を捉えていた。
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「す…凄い…」
…正直な所、恵は少々狸や狐たちを侮っていた部分があった。自分の助手の凄い力を何度も見ていると、つい彼らと比べてしまい、心の中でその実力を過小評価してしまっていた。だが、双方ともその経歴はかなりの実力者である事を裏付けていた。一方は四国最後の狐の子孫、もう一方は現在の四国の実力派狸。そんな彼らが、今回の事件の中で怒りを覚えていたのは想像できるだろう。ニセデュークという悪への怒りと同時に、相手の変化を見抜けず、自らや仲間たちを命の危機に追いやってしまったという自分への怒り…。
まさに、それが形となって今、「龍」へとぶつけられていた。
「ガンバレー!」
「旦那ー!頑張ってくださーい!」
隠れ里に避難したブランチや動物たち、ここで彼らを待っていたカワウソのケイトや郷ノ川医師たちの視線の先には、龍に対して猛攻を続ける一隻の巨大な飛行船の姿があった。松山からはるばる隠れ里へと向かった、あの狸の親分が変化した姿である。だが、今の「彼」の姿はその時とは異なっていた。乗客を乗せるフロアには無数の大砲やミサイルランチャーが備え付けられ、そこから次々に砲弾が打ちこまれているのだ。…いや、砲弾というよりも巨大なドングリと言った方がいいだろう。主砲からは人間サイズの超巨大なクヌギが発射され、先端部の棘で「龍」に傷をつけていく。その横に備え付けてあるミサイルランチャーからは大量のコナラが発射され、まるで追跡弾のように反撃の機会を許さない。まさに、怒涛の攻撃であった。
しかしそれでも相手は怯まず、立ち上がって攻撃を仕掛けようとした。だが、その長い体にしっかりとしがみ付き、投げ飛ばす存在がいた。
そこにいたのは、もう一頭の巨大な「怪獣」。だが、その姿は目の前の漆黒の存在とは対照的に赤と金色の毛並みに覆われ、耳の部分は三角定規のようにとがっている。その姿はまるで、狐と恐竜が合体したような形…そう、狐側からはドンとエルの夫妻が動き出していたのだ。
今まさに、狐と狸による逆襲が行われていた…。
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「ところで何で郷ノ川先生がいるんすか」
「いやあ、ちょっとね☆」




