115.柿の木山の攻防・11 / 脅威の融合合体
…柿の木山の狐たちを殲滅すべく動き出したニセデュークたちと、彼らの策略を防ぐべく立ち向かった丸斗探偵局とその仲間たち。その戦況は今、完全に探偵局側に有利な方向に働いていた。隠れ里そのものを襲撃した二体のニセデュークは、援軍に駆け付けた郷ノ川医師が隠された能力を発揮した上で意識ごと彼らのエネルギーを吸収する形で勝利。柿の木山に宣戦布告に現れた二体のうち一方は、恵と栄司の増殖能力による集団戦法を打ち破ったものの、その瞬間を狙った蛍が投げた「青い柿の実」が顔面に直撃、時空改変の回路の機能を停止させて何とか勝利を収めた。
二つの戦いが終わりを迎えた時、残るもう一方…空中で繰り広げられていた四体目のニセデュークと本物のデュークの戦いも、大詰めを迎えていた。
「さあ、どうするつもりだ?」
仲間は既に全員敗れた。残るは「彼」のみ。
二つの戦いと並行して、偽者と本物の激突も進んでいた。だが、こちらは隠れ里とは違い、一対一の真っ向勝負。同じ姿の男性が同じ能力をぶつけ合う形となった。ただそうなると、デューク・マルトの方が有利であった。その理由は、彼が『オリジナル』であるという事。同じ力を使う劣化した分け枝に、奔流が負けるはずがない。
それでも反撃をしようと、腕を鋭利な刃物に変え、ニセデュークは本物の胸を貫かんとした。だが、その方向に本物の姿は無かった。その腕を握りしめ、彼は低く、冷静に言い放った。
「お前の攻撃は、僕が全て食い止める」
これ以上戦っても、もう無駄だ。決着は既についている。大人しくお縄について、自分の罪を反省しろ。
山の中でサムズアップで勝利を伝えてくれた丸斗恵局長がかつて彼に伝えた解決方法。「死に逃げ」される事無く、自ら罪を反省させる不殺の原則をもって、彼は目の前の偽者に力強く、そして冷酷に告げた。
だが、相手が返したのは、不敵な笑みであった。当然、デューク・マルトと全く同じ表情で。一瞬、冷静さを怒りで失いそうになったオリジナルだが、何とか持ちこたえた。
「…聞かないのかい、オリジナル?」
「…聞かなくても、どうせ教えてくれると思ったからな。でも、念のために言うよ」
…何が可笑しい?
…その一言を告げた瞬間だった。彼の脳内に、もう一つ、『デューク』の声が響き始めた。そのトーンは普段口から発するものと全く同じ。だが、デューク・マルトはその正体を知っていた。途端に、彼の顔から冷静さが消えた。今自分たちがここにいるという事を、一番知られたくない相手からの連絡だったのだ。
『声が聞けて嬉しいよ、オリジナル♪』
「お前…まさか…!」
『そういう事さ。あの時はオリジナルの連絡を妨害なんかして悪かったね。お陰で場所が分かったけど』
彼が何者か、それが一番デュークの心を乱そうとしていた。その声の主は、目の前にいるニセデュークとほぼ同一の存在。だが、その由来は全く異なる。この偽者こそ、全ての偽者たちの中で最初に生み出された、二人目のデューク・マルト。いや、正確には「生み出した」と言っても良いかもしれない…。
せっかく会えたのだから、お土産を渡さないといけない。その声を最後に、連絡は一方的に途絶えた。次の瞬間、デュークの目の前に立つニセデュークの数が、一気に四人にまで増えていた。一方は先程までずっと戦っていた自分の偽者、そして恐らくもう一方があの声が告げていた『置き土産』だろう。両肩に意識を失った長髪の男性を軽々と担ぎあげ、隣にいる男と全く同じ微笑を見せる彼ら。だが、その顔は突如としてその姿を変え始めた。
…正直な所、デューク・マルトはあまり自分の姿を変化させるような事は好んでいない。確かにこれまで何度も局長に頼まれて女性に変身したり誰かに姿を変えて様子を見るという事はしているが、あくまでそれは彼が逆らえない相手からの忠告。自発的にこういう改変をする事は滅多になかった。別に自分の体に自信があると言う訳ではない。自分が「自分」で無くなる事を恐れているのかもしれない、と彼は考えている。…その割にはよく怒りに任せて暴走しがちなのだが。
彼と同じ姿を持つ「ニセデューク」との決定的な違いはそこにあった。以前も栄司や蒸気機関車に姿を変えたり、今回も丸斗探偵局になり済まして村を襲撃した。自分自身がデュークである事に関して、そうやって生まれた事について、感謝も後悔も全く持っていない。そして、今また再び彼らは変貌を遂げ始めた。
四体のニセデュークの体の輪郭が次第に薄れ始め、体の色も心なしか褪せ始めた。いや、体中の色がまるで一つになるかのように集まりだしたのだ。絵の具を溶かしたように彼らは「デューク」の姿を失っていく…。
『まずい!』
攻撃をしようと本物が動き出そうとしたが、その瞬間彼の後頭部に響くような痛みが生じた。
「やっぱり僕の弱点、かな?この部分は」
…蛍が倒し、時空改変回路が消えたはずの五人目の脚が、本物を捕えたのだ。デュークが、頭をつんざくような感覚に耐える間に、既に一つの塊になった偽者の中に最後のニセデュークも混ざり込んでいった。…間違いない、彼らは「合体」しようとしている!
「デューク!」
大丈夫か、という声と共に下からいつもの大声が響き始めた。
「局長!今すぐ逃げてください!」
「ど、どういう事…!?」
「今に分かります!だから早く!」
「そんな事言われても分からないわよ!」
こういう切羽詰まった事態でもやっぱり言い争いになってしまう局長と助手だが、その休息を相手は許してはくれなかった。
頭どころか、耳をもつんざくような音が、辺り一面に響いた。鳥たちが慌てて逃げ出し、木々は根こそぎ倒されていく。恵や栄司、蛍、そしてブランチも、唖然とした表情で目の前に起きた事を見ていた。
「デューク」の時空改変を司ると言われているのは、脳内にある生体ナノマシン。ここから精製される時空に影響を及ぼすタンパク質が、様々な超常現象を巻き起こす…というのが基本的な構造。だが、彼らはその現象を自らを維持する仕組みにまで及ぼしていた。本物のデュークが既にこの弱点を克服している(それでも前述のように後頭部を直撃されるとさすがに痛いようだが)のと同様、今回送り込まれたニセデュークたちには「細工」が仕込まれていたのだ。犯罪組織の本拠地から追加で送り込まれた「五人目」の到着が鍵となり、そのプログラムは発動する。彼を中心にして一つに融合合体したその姿は、まさに力に驕れるその心を具現化したようなものであった。
年の瀬も近づく柿の木山の上空に現れたのは、2012年の干支、「龍」である。