110.柿の木山の攻防・6 / 探偵局、襲来!?
探偵局の面々がついに魔鏡を見つけていた同じ時、郷ノ川医師はまだ山道を歩き続けていた。
既に人間の山道は終わり、現在はけもの道を辿って目的地へと向かっている。携帯電話の電波も、そろそろ危うくなってきた。あの面々もこんな深い道を散策していったのかとふと考えたものの、あそこにはとんでもない能力を持った存在がいる事をすぐに思い出した。局長の事、きっとあの「力」を頼っていたのだろう、と。
ただ、彼は例の力のみに関しては、そこまで脅威には思っていない。確かにどんな事象も好き勝手に操れる事が出来るのだが、それはあくまで機械のスペックのようなもの。それを上手く操れるかどうかは、その力を持った人にかかっている。使いどころをしっかりと併せ持っている今のデューク・マルトだからこそ、郷ノ川医師は凄いと思ってしまうのである…。
…正直、羨ましい。それが本音である。
そんな事を考えつつも、前に進まないと目的地にはたどり着けない。鞄を持ち変え、肩への負担を和らげようとした時、ふと彼の目線に木の枝に佇むニホンザルの姿が目に留まった。どうやら、数匹のオス猿が集まって何かを悩んでいる様子である。
ふと、一匹の猿が手に持っていた何かにかぶりついた。だが、すぐに口を大きく開け、苦痛を隠さず顔に出している。ようやく郷ノ川医師は、彼らが持っていたのは「柿の実」である事に気がついた。ただし、その色はまだ緑色、熟していないものである。いくら木の実の時期がそろそろ終わり始めている時期とはいえ、野生のオスたちが何をしょうもない事をやっているのか、と少々郷ノ川医師は呆れ顔で見ていた。勿論治療をするつもりもなく、再び彼は山道を歩き始めた…。
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その頃、その目的地では…
「…なるほど、すると双方とも、その『丸斗探偵局』に…」
「委託したという事じゃの」
前回、急遽反則的な方法を使って「魔鏡」を手にした探偵局の一方で、狐たちの隠れ里では会議の方が進んでいた。狐側から、狸の方へと例の宝物を渡す事が出来なかった事への謝罪があった事により、再び双方が武装し、争うという事態は避けられた。一方で、肝心の宝物に関しては双方とも全くの赤の他人、しかも同じ人物へと委託していたという事実も判明していた。しかし、その相手…丸斗探偵局に関しては、どちらともその凄まじさをよく知っている。特に、あの黒い長髪の男…デューク・マルトの凄まじさを。
「時空改変?」
「そのとおりでございますわ。わたくしたちの変化能力とよく似ておりますが…」
「とっても凄い力を持っている…って旦那や長老様は分かるでやんすね」
狸の親分と狐の長老、双方の側に立つ狐のエルとカワウソのケイト。二人ともそれなりに彼の能力の詳細を知っており、特にエルは彼らと共同戦線を張った事もある。非常に頼もしい味方であるというのは彼らの説明で大いに納得し、他人へ委託した事は双方とも不問とした。残るは、その丸斗探偵局がこちらへ戻って来るまでである。ただ、その場にいたドンは少し心配そうな顔をしていた。悩む夫を気にかける妻に、彼はある事を告げた。あの共同戦線の際、自分たちが戦った相手が誰だか覚えているか、と。少しの間頭の中を整理した時、エルもドンの思いに気がついた。そしてその内容を双方の側に告げようとした時であった。
「お待たせしました!」
扉の向こうから声が聞こえた。その響きには双方とも聞き覚えがある。早速扉を開けると、そこにいたのは先程まで話のタネになっていた『丸斗探偵局』の仲間たちだった。「デューク」、恵、ブランチ、蛍の四名に、ドンや親分は早速ねぎらいの言葉をかけた。
「でも最後に掘り出したのデュークさんだけじゃニャいですか、局長はダラダラと指示ばかり…」
「うるさいわね、指示出すのが私の仕事よ!」
「でもさすが局長ですね、隠し場所も当てちゃうなんて」
「へへ、当たり前でしょ?私は丸斗探偵局の局長なんだから、ね?」
…蛍ちゃん。
彼女の最後の一言に、突然ドンやエルは底しれぬ不安を感じ始めた。どこから湧いてくるのか分からない、だが何かが違う。その原因を思い出そうとしても、どこか頭がもやもやとする。大丈夫か、と恵は心配した頃にはその感覚が収まったようだがそれでもまだ落ち着かないものがあった。いや、むしろ違和感はより高まっていたのだ。この感覚、前にも味わった事がある…。
その一方で、「デューク」の方は狐や狸と交渉を始めていた。報酬は双方とも多額の金銀財宝をあげると言ったが、彼はそれを断った。あくまで彼は助手、これらの詳細な旨に関しては恵の方に話を付けたいと言ったのである。それよりも、今は大事なことがある。そう、あの「魔鏡」である。あらゆる過去を見通す事が出来る不思議な力を持つその宝が、ついに狸たちの元へ返される時が来るのだ。
…そう、まさにその時であった。狐側も狸側も、心の中に大きな隙が生まれていた。何百年と続いてしまった双方の重要議案が今終わる、誰もがそう確信してしまったからである。だが、狐の夫婦…ドンとエルだけは違った。二名は見てしまったのだ、丸斗探偵局…いや、「丸斗探偵局」の姿を取った何者かの化けの皮が剥がれる瞬間を。
「長老!親分!」「それに触れてはなりません!」
だが、その叫びは一歩遅かった。耳から入った声が脳内に届き、そこから筋肉に指令が行くまでにはどうしてもタイムラグが生まれてしまう。ほんの僅かな時間だが、その一瞬が命取りとなってしまう事もある。「本物」の丸斗探偵局が見せる事のない、目がつりあがった邪悪な笑みを一瞬だけ見せた蛍、ブランチ、そして恵の姿を取った「囮」。
そしてその時、「デューク」の顔には満面の笑みがこぼれた…。
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…同じ頃、「本物」の探偵局一同は、一人を除いて首をかしげていた。
「…鏡…ですか、これ?」
「ち、小さいニャ…」
「まともに反射してないし…」
今、蛍の手に置かれているのは、金属製の小さな円状の物体。確かに鏡のような形状をし、高さも薄く調節されているものの、探偵局の三名は納得がいかなかった。しかも、どう見ても金属なのに僅かながら熱を帯びている。という事は、もしかしたらこれは、鏡に良く似た機械なのではないだろうか…?それを知るのは、この物体を実際に見た事がある未来からの来訪者である。驚きのあまり、一瞬だけ放心状態になっていた彼だが、恵に肩を突かれ、すぐに本調子へと戻った。
「す、すいません…でも、確かにこれは間違いなく『魔鏡』です」
「でも鏡ってオレたちの姿映すんじゃニャいですかニャー?」
「いや、この『鏡』は単なる言葉のあやさ。テレビと同じ、過去を映す端末ですね」
「…デューク先輩、なんか機械みたいな言い方…もしかして!」
…口には出していなかったが、恵も蛍と同じ推測に至り、そしてデュークが全ての真相を話してくれた。彼自身も今まで確証が持てず、どうしても言う事が出来なかった事。それは、この『魔鏡』が未来で使用されている簡易のタイムスコープ…映像のみを映すタイムマシンであるという事である。しかも、この機種の形は試作品のみで、量産品とは形が違うと彼は告げた。何故そのような物件が、遠く離れたこの過去の世界にあるのか。そして、もう一つ。タイムスコープにメモリーツリー、何故狐側も狸側も、未来のアイテムを持っているのだろうか…?
「ところでデューク先輩、どうやって動かすんですかニャー?」
「ブランチ先輩…」
…デュークが悩み始める時に限って、必ずお調子者のブランチや恵が横やりを入れるものだ。
こんな大変な時にそんなのんきに教えているいる場合では無い…と最初デュークは言おうとしたが、一応念のために教える事にした。本物の猫の横で、ネコのような目でワクワクを抑えきれていない局長の姿を見れば、断るわけにはいかないようだ。
最初は二名ともかなり複雑な方法を用いないと使えないと思っていたのだが、実際は非常に楽であった。使用する者が自分の額にこれを当てた後、掌に戻し、見たい情景を頭の中に思い浮かべる事で、自動的に浮かび上がらせると言うもの。過去や現在は映しだす事が出来るものの、未来に関しては平行世界の都合上難しい物があると言う。技術の進歩は、複雑化から簡易化という逆の道をたどる場合もあるようだ。
と言う事で、早速質問者のブランチが試す事にした。今の狐や狸たちの会議の様子を、こっそり眺めようと言うものだ。正直なところ、恵たちもちょっとだけ向こうの様子が気になっていたためか、二名に突っ込んでいた蛍も楽しみである様子を抑えきれていないようである。ブランチの小さな額や蛍に汚れを拭いてもらった肉球でも、この魔鏡…いや、「タイムスコープ」を動かすには十分な程であった。
そして、静かに機械が虚空に情景を造り出した。「魔鏡」という通称の通り、円状になっている立体スクリーンの中に、ブランチが見たかったものがそっくりそのまま映し出されていた。これが、狸側が狐側に貸した大事なものだったのだ。だが、今回はその様子に感銘を受けている場合では無かった。
「な、何よこれ!!」
「み、皆…!」
会場は騒然としていた。囲炉裏の近くで、狐や狸たちが倒れ込んでいる。狸の親分である坂上夫妻、狐の長老と若き候補、さらにはカワウソのケイトも、元の動物の姿を現して苦しそうにしている。幸い全員生きているようだったが、阿鼻叫喚の様相であるのは言うまでもなかった。そして、彼らが倒れこんだ近くに、信じられないものがあった。恵は確かに服の予備を持ってきた。だが、今着ている紫色のパーカーは一着しか持って来ていないはず。それなのに、何故あそこに無造作に放置されているのだろうか…。そして、彼女のジーンズや蛍の服まで…。
「「「「…まさか!」」」ニャ!」
最悪の事態が起きてしまった。恵は急いでデュークに二人に分身するよう指示を出し、一方を隠れ里の方へと急行させた。
…そして、その直後であった。
「…おっと、入れ違いでしたね」
再び、デュークの声が聞こえた。しかし、同じトーンでも、そこから漂うのは無機質で冷たいもの。
「僕たちの計画、存分に楽しめて頂けたようで何よりです」
やはり予想通りであった。ブランチと蛍は、急いでデュークと恵の背に隠れ、臨戦態勢を取った。
そう、「彼」こそ助手が憎み続けている相手…「ニセデューク」なのである。