11.恋するアプリケーション・後編
デュークの持つ能力である『時空改変』。過去や未来の様々な事柄を思い通りに変えてしまうと言う、ある意味神を超えた能力…のようにも見える。だが、そこにはいくつか弱点がある事はあまり知られていない。例えば、今回のように…。
「くっ…!」
局長がはるか遠くで危機に陥っている事は、彼自身も知っていた。だが、無限に広がる空間からその位置を特定する事が非常に困難な状況となっていた。今、このネット空間は変態ストーカー…いや、意志を持ったアプリケーションの思いのままである。限定的だがデューク・マルトとほぼ同じ能力を発揮できると言う事である。
無数に群がる女体の山を何度消しても、次の瞬間には再び彼の視界を覆い尽くす。
『男ハ邪魔ダ』
「性別すらない君に言われたくないですね」
彼もこの外道への怒りを隠せなかった。だが、減らず口しか叩けないのが今の現状。これでは悪を砕くどころか局長救出すらままならない。そして、一瞬だけデュークの反応が遅れた。
その瞬間、肌色の濁流が彼を襲った。何とか自らの体を改変して位置を保とうとするが、勢いに耐えるだけでも精一杯だ。このままでは局長の体そのものが持たない。打つ手なしか、そう思われたその時であった。
凄まじい爆音と閃光が、デュークや恵の耳をつんざいた。
『ナンダト…!?』
すぐさま目を慣らせたデュークと違い、恵が彼と再び再会できた事に気がつくのには少々時間がかかった。そして、もう二つ気付いた事があった。自分の体が元に戻った事。そして…
「消えた…!」
辺りを包んでいた濁流が、その姿を消していたのだ。と言う事は…
『待たせたのぉ!』
二人の耳に元気な声が響いた。
「ミコさん!」
「サンキュ、でも遅いんじゃないの?」
『ヒーローっつーのは遅刻が常識じゃけぇの!』
『彼』は完全に油断していた。目先のこと―恵とデューク―ばかりを優先しすぎて、その城壁を囲む防衛網へ回らなかったのだ。ただ、その事はミコもある程度把握済みであった。いくら分身を出す事が出来ても、所詮はプログラム、容量には限りがある。あの時、デュークが濁流にのみ込まれた一瞬、外の守りは援護も出せず崩壊していたのだ。
『それに、お注射したけぇもう分身は出せねぇはずじゃ』
見る間にOTENTOの顔色が変わっていくのが、三人には一目瞭然であった。
「さて、と」
こうなれば、残るはただ一つ。最後の仕上げのため、先にデュークはミコに引き連れられ、元の体へ意識を戻す事になった。今の状態だと、もうこのプログラムは再起不能、好き勝手にされるがままと言う事だ。生理的に悪寒すら漂うほどの怯え顔を見せる変態を前に、局長の腕が鳴る。
「そんなに女性を味わいたいんなら…」
『ア、ア、ア、AAAAfrwaeertw9gj9tarkAQ///』
壊れたふりをしても無駄である。どの道本当に壊れるのだから。
「楽しませてあげる」」」」」」」」」」」」
一瞬だけ、プログラムの容量が限界にまで達し、その後『OTENTO』は完全に沈黙した…。
―――――――――
「…そうか、このプログラム自体に…」
「そうですね、スパイウェアが仕込んであった可能性があります」
本物の太陽の光を背に、二人の恋人に事の真相を語る助手。勿論あの大騒動は隠し、美味い具合に埋め合わせを行っている。
ただ、やはり反応は予想通りであった。謝っても謝りきれない表情の彼女。だが、彼氏の方は優しく言った。それだけ自分の事を心配し、見つめてくれていたという気分だけでも、自分は嬉しい、と。
「そうね」
このような様子を見て助け船を出さない局長では無い。
「確かに今回は裏目に出てしまったかもしれない。でも、その誰かを想う気持ちは絶対に大事にしてほしいかな」
機械ではなく、人間同士のつながりを大事にするように、という忠告も付け加えておくのも勿論忘れていなかった。
そして、依頼人は笑顔で探偵局のドアを開け、希望の未来へと歩み出していった。
…だが、今回は一件落着とはいかなかった。少なくとも恵にとっては。
後日、とある寿司屋に、二人…たまに三人の女性と一人の男性の姿があった。
「随分と食べますね、ミコさん」
「まーな、あたしって漁師育ちじゃけぇ海の幸は好きなんよ、なぁ恵はん?」
「それは良いけどさ…なんでさっきから高いのばかり頼むわけ…?」
恵は恐れていた。自分の財布の残高が再びすっからかんになってしまう事を。
と言うのも、あの時余りにも恵が分身し過ぎてしまい、携帯電話の機能そのものに支障が出てしまっていたのだ。他人の場所に潜り込んで迷惑をかけると言うのは、探偵として余りにも軽率な行動である。勿論デュークやミコが協力して治したものの、時空改変で一旦時間を止めたにもかかわらず1日以上かかってしまっていたのだ。
と言う事で、責任を取って全額恵の給料と言う事で回転寿司に行く羽目になったと言う事である。
「あ、そうだ…ちょっと私用事を思い出して…」
「局長」
「恵はん」
「おい私」
…分身に押し付けて逃げようとする彼女だが、やっぱり駄目であった。結局せっかくの報酬も一日でその多くが消えてしまう事になるのであった。
「…あんたが悪いんだからね」
「貴方だって私でしょ…ってそれ私のウナギ!返せ!」
「私は貴方でしょうが!というか今食べたら元に戻れないじゃないの!」
「だからって今食べたら…」
「デュークはんも大変じゃのぉ…」
「いえ、慣れてますから」
なお、後日新聞に掲載されていた記事で、丸斗探偵局は『OTENTO』アプリの開発中止及び回収の情報を知った。隣で笑顔を返す例の男が一枚噛んでいるのは言うまでもない。