109.柿の木山の攻防・5 / 合流する者たち
…さて、前回の話で二手に分かれていた丸斗探偵局が、一年中美味しい実が成るという不思議な柿の木のある山で合流したという訳だが、彼らの様子に入る前に、現在の様子を伝える必要がある者がいる。
「ひー…ちかれたびー…」
…遥か昔に流行った一言が出てしまい、自分の年齢を思い知らされている動物病院の院長、郷ノ川・W・仁である。
先日まで、ハロウィンでカボチャを食べ過ぎてお腹を壊したペットの治療にあたっていた彼が、どうしてこのような山中にいるのか。それは、ある人物からの頼みにあった。
かつて医者として新米だった頃、彼は各地を彷徨い続けていた。患者を治す相棒であるヒルたちを連れ、世界中で消えそうな命を助けるために放浪の旅に出ていたのである。ただ、響きは格好いいが、彼としては目的も何も無い、ただ「医者は治すもの」という義務感のみが先行し続けていた…。そんな折に、「彼ら」と出会ったのである。
本当に不思議なものだ、と彼はあの頃を振り返った。確かに能力は自分の方が上かもしれない。だが、それ以上の何かが「彼ら」には宿っている。言葉も通じず、必死に助けを求めている動物たちの叫びを聞く事が出来るのは自分しかいない。その事に気づかされたのも、あの時の出会いがきっかけだった。
「…はぁ、でも人遣い粗いよなぁ、相変わらず…」
確かにこれから起きる事態を収拾するためには、自分の助けが必要となるのは分かっている。ただ、ずっと気が気でなかった状況がようやくおさまり、肩の荷が下りた時にいきなりこの隠れ里に向かって欲しいと連絡が来た時にはさすがに別の意味で体の力が抜けてしまった。
「…でも、やるしかねぇか」
増殖能力も、時空改変能力も、どんとこい。何が待っていようと、絶対負けるものか。
自分にやる気の鞭を入れ、再び郷ノ川医師は山道を登り始めた。肩に提げた鞄の中の大事な相棒たちと共に…。
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さて、同じ頃。
「どうかニャ、ちゃんと送れたかニャー?」
「はい、大丈夫です!」「ちゃんと写真送信出来ましたよー」
「サンキュ、デューク」「ここって電波届かなかったの、すっかり忘れてたわ…」
「人里離れた山奥ですからね」「でも、さすが局長です」
六人と一匹が、秋深まる山の中でにこやかに会話をしていた。ただ、実際の所六人というよりは「3人×2」と言った方が良いかもしれない。松山からの遠征組と、探偵局からの残留組がここで合流を果たしたからである。
恵とデューク、それにブランチは以前もここを訪れていた。ブランチの友人であるカラスの伝言から、あの柿の木を占拠するニホンザルのオスたちを懲らしめるためにやって来たのである。ニホンザルのオスは基本的には群れを離れて各地で単独行動をとるが、中には数匹で群れを作り、集団生活を送るものがある。ただ、力の強い男たちの事、周りの動物たちを追い払って勝手に乗っ取ってしまったのである。ただ、あの時の探偵局と栄司の合同作戦の中で、巨大なトラに化けたブランチの前に彼らは降参、他の森の動物たちにも謝り、皆で仲良く訳あっていると言う。
今頃は他の場所でもたくさん色んな美味しい木の実が成っている頃、猿や動物たちもあちこちで冬に向けた準備をしている事だろう。そんな山の様子を、二人の蛍はスマートフォンで写真を撮っていたのである。送信先は、以前仲良しになった宇宙人の女の子である。ただ、先程の会話でも述べた通り、ここは人々も立ち寄る事がない場所。携帯の電波も、デュークの時空改変による操作が無ければなかなか通じないようである。実はここに到着する前に、松山側の恵が連絡を取ろうとメールを送っていたのだが、このせいで返信が来なかったのである。ただ、それ以前に探偵局側の恵の携帯の電池が残量ゼロになっていたようだが。
「…さて、取りあえずケイちゃん」
「「?」」
名前を呼ばれ、一瞬首をかしげた蛍の肩を、恵は優しく掴んだ。ここで合流が無事に済んだ時点で丸斗探偵局の遠征任務は終了した、と彼女は言った。今の任務である「魔鏡の捜索」は、双方に共通する目標。ここは一旦互いに元の「一人」に戻り、情報を共有した方がいいかもしれないという考えであった。気が生い茂る狭い場所で人数が多すぎるというのも考えものだ、と言う事でデュークも賛成した様子である。
「ま、一番はケイちゃんの実地訓練は」「無事に成功したっていうところかな」
「「…あ、ありがとうございます!」」
揃って礼を言う二人だが、一番感謝しなければならないのは、丸斗恵ではなく「丸斗蛍」。二人の自分自身が、互いに頑張ってここまで辿りつく事が出来た事へのお礼である。また一歩、蛍が名探偵に近づいた、とブランチが横で笑い、顔を赤くしながらも笑顔を蛍は返した。
そして、久しぶりに丸斗探偵局は元の「三人一匹」へと戻った。二つの記憶が混同する中で、少々蛍はふらついてしまったもののすぐに落ち着く事が出来た。いきなり別の経験が脳内になだれ込むと言う体験は、そう滅多にするものではない。恵局長も始めの頃はそうだったのか、と尋ねたが予想通り彼女は余裕顔だった。勿論、彼女らしいと呆れるデュークとブランチもセットで。
さて、改めて始まった魔鏡捜索の最中、ふと恵はある事に気がついた。
「そういえば、デュークの連絡も、さっきみたいに上手くいってなかったわね」
「…あ、そういえば…」
ここに来る前、もう一方に通信しようとした時、、何故かどちらも通信出来なかった。
そして、双方の恵は、デュークが何か別の思惑を抱えている事に気がついた。向こうが寝ているだろう、と判断したとデュークは言っていたのだが、あの時デュークが連絡したのも、追求すれば同じ時間と言う事が判明。タイムラグは基本的に無視されるのだが、それ以前の問題だ。彼はその事を隠していたのだ。
「きょ、局長、今は魔鏡を探すのが…」
「でもこっちも重要よ、ケイちゃん!私に黙って変な事しようとするなんて!」
どちらとも時空改変を使って場所を見つけるのは確定していたので、重要なのはこちらだというのが恵の持論であった。
そして、観念したような彼の言葉に一同は驚いた。何者かが、回線を遮断していたというのだ。
「じゃ、じゃあ何か目的があって!?」
「間違いなくそうですね。ただ、もしそれが偶発的では無いとすると…」
「出来損ないたち」の仕業というのは、ほぼ確定的だ。デュークが声を重くしながら言った。ある程度は予想していたとは言え、恵もブランチも、そして蛍も驚きの顔を隠せない。丸斗探偵局の頼もしい助手、デューク・マルトの偽者、彼と全く同じ姿、顔、声を持ちながらも邪悪な心を持つ存在。「ニセデューク」と呼称される存在以外に、デュークの脳内回線を止められる存在はいないはずである。
…すると、今回の魔鏡についての彼の推測も現実味を帯びてくる。その内容を言った時、さらに皆は驚きの表情となった。
「もしかして、皆が言ってた仲介者も…まさか…!」
「そ、それもデューク先輩が…!?」
「違うニャ、ニセデュークだニャ」
信じられなかった。もしそれが偽者のデュークの仕業だとしたら、なぜそこまで大掛かりな事をしたのか。狐と狸を巻き込む意味はあったのか。…ただ、まだこれはあくまで可能性に過ぎない。これを100%にするには、現物を見る必要がある。本当は使うべきではないのだが、彼の推測が正しければ事態は急を争う可能性が高い。
「どーせ局長は最終的に頼って楽しようとしてたんですニャ」
「うるさいわね!」
…色々と理屈は付けていたが、ブランチの脳天にタンコブが出来てしまったのをみる限り、どうやら図星だったようである。ともかく、デュークの時空改変の出番が、再び訪れた。
誰にも気づかれないうちにそれを引き起こしてしまう能力故、今回のような場合は何かしら合図が必要となる。基本的に、その時に彼が用いるのは指鳴らしである。今回はそれが二つ、見事に重なり合って冬の森の中に響いた。
そちらに気を取られている間に、蛍の手に何か重いものが乗せられた。金属状の小さな円盤が、小さな彼女の掌に佇んでる。そう、これが間違いなくこの周囲に埋まっていたと言う、狸側へ献上されるはずの宝物である「魔鏡」…のはずである。ただ、その大きさは非常に小さく、まず反射すらしていない。本当にこれが、噂の「未来が見える宝」なのだろうか…?