102.柿の木山の攻防・1B / 狐たちの魔鏡
世間は秋、寒さが近づく時期でも一所懸命働いている方々がいる。己のため、仲間のために、社会を動かしている皆様だ。
それは、勿論丸斗探偵局も同様…なのだが。
「何が道後温泉よ…悔しい…うぅ…」
基本的に恵にとってこの探偵局は第二の我が家と言う事もあり、ほぼ毎日のようにやって来てはのんびりしたり仕事をする場なのだが、今回ばかりはちょっと後悔していた。確かにあの百万都市まで行くのは面倒だと言ったのは「自分」だが、あんな楽しそうな様子をメールで送られては苛立つのは当然だろう。しかも今度は松山に旅行も兼ねて行っていると言うのだ。
「なんか腹立つ!!」
「全くですニャ!」
「まあまあ局長にブランチ、落ち着いて…」
「こ、こっちだって色々楽しいですよ…メールとか色々…」
「…と言うより、行きたがらなかった二人が悪い気がするんですけどね僕は…」
「何よデューク、助手の癖に生意気な!」
「だって本当の事じゃないですか!」
そんなわけで、再び賑やかになる探偵局。いつもの通り、デュークが局長を責め(本当の事だが)、それに局長が反論しまくるという流れだ。そんな中、蛍が皆の話を止めた。呼び鈴が鳴ったのである。依頼人が来た合図だ。
普段はここで身を引き締めて真面目な体制で挑もうとするのだが、今回は違った。肩を撫でおろし、楽な体制で話を勧める事が出来る依頼人だったからである。
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「探し物…ですか?」
やって来たのは、ご存じ化け狐の夫婦、ドンとエルであった。ぱっとしない顔つきのドンだが、その人の良さと真面目さにエルが惹かれ、探偵局の助けもあって晴れて夫婦になったこの二人。毎月油揚げを送ってくれる律儀な彼らは、少々嫉妬心の深い恵局長でも応援したくなる夫婦のようだ。
そして、受け入れる前提で聞いた話は、この二人の正体同様、少々現実離れをした話であった。
どうやら、エルの実家…山の方に住む化け狐たちの中で少々トラブルが起きてしまい、それに関わる物件を探してほしいという事である。トラブルの中身に関してはこの時点では言えない、というのが最初のエルの言葉だったのだが、それを聞いて恵は一旦話を止めた。ただ探してほしい、というだけでは探偵局は動けない、と切り返したのである。報酬を出すと言われても、さすがに今回は例外だ。
「二人には悪いんですけど、顔なじみとはいえ、最低限の情報は直接口で伝えてほしいなって」
「でも局長、黙秘の義務と言うのも…」
「でも、物件の中身も知らないで探すのって…」
「しかし…」
口論が始まりそうな雰囲気になってしまったのを止めるデュークとブランチのお陰で、冷静さを取り戻した恵が先程の無礼を謝った。
そして、それを見てもう一度考え直したエルが、改めて詳細について語り始めた。何故あの時口をつぼめたか、その理由は件の探し物の由来であった。
事情を説明すると、近頃狐たちが住む件の森の辺りで、巨大な物音や嵐のような唸り声が響く、景色が歪む、秋なのに突然暑くなる、といった異常現象が多発しているらしい。その一帯に住む狐たちにも変化能力はあるのだが、それには互いが見合った上で許可を取り、それで行っている。そのため、これらのような現象を引き起こすのはそれを知らないよそからの来訪者である事は確実だ。そこで、それが誰なのか断定するために、「魔鏡」を見つけてほしい、というものである。
「魔鏡…?」
「エルの家に伝わっている、何でも真実を映す鏡らしい」
来訪者が何かの悪意や悪戯心をもってそんな事を行うならば、毅然とした態度で追い返すと言った行動が可能である。だが、そうでなかった場合は最悪相手の命にも関わってしまう事態にもなりかねない。以前の悪徳業者の社長たちのように、交通事故も簡単に引き起こさせてしまうのだ。そのため、情に左右されない真実を見出すものとして、急遽「魔鏡」を用いることが決定したと言う。だが…
「私たちの持つ古文書には鏡の存在のみしか書いていなくて…」
「オレたち狐だけではどうしても限界が生じているんです」
この鏡を使ってどうやって真実を映すのかは分からないが、状況ははっきりとした。狐たちの悩みを解決するのが、今回の依頼の内容だ。
改めて、丸斗探偵局はこの依頼を受け入れる事にした。相変わらず碌でもない内容だが、こういった物を受け入れてくれそうなのは自分たちしかない事は、探偵局の皆が思っている事でもあり、覚悟している事でもある。
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以前、丸斗探偵局は同じように「鏡」に関する依頼を受け、調査に乗り出した事がある。こちらは鏡の精霊「ドッペルゲンガー」の騒動と、デュークを捕らえようとした汚職まみれの未来捜査官相手の大立ち回りというとんでもない事態になった事は、ブランチもよく覚えていた。恵局長の方はずっと鏡の中で脱出方法を悩んでいたのでそこら辺は分からなかったが。ともかく、デュークは今回の「魔鏡」についてはこれとの関連は無い、とはっきり断言していた。
過去を変えられる彼が言うなら信じざるを得ないところはあるが、なぜこうまで言えるのか。山登りの準備を整えた後、デュークの力で狐夫婦と一緒に目的地にやって来た探偵局の一行が抱いた疑問である。
「おニャじ鏡なんですよニャ?」
「そうだけど…引っかかるんだ、『真実』を映すと言うのが…」
ドンは勿論、良家生まれのエルも古文書や仲間から伝聞した情報しか持っておらず、詳細についてもよく分からなかった。しかし、彼はその部分について引っかかる部位があった。
デュークのいる未来で限定的に使用されるタイムマシンなのだが、ある特定の部位や指定された分野に関して、その過去を表示するものがあるという。主に裁判所に用いられているようだが、やはり悪用などが問題視され、一般用に関しては流用はされていないとの事である…あくまでも「公式」では。
「じゃあ、それがここに!?」
「でもなんで古文書にそんなものが…」
「そこまでは僕もよく分かりません…調べない限りは」
予想外の言葉に、一瞬気が遠くなりながらも、エルの持つ古文書に書かれた手掛かりを頼みにその箇所をくまなく調べてみる事にした。樹齢数百年の木の洞、落ち葉の下、はたまた岩の中…デュークの時空改変を使えば一発で分かる代物だが、今回はそこまで焦る必要はないという狐夫婦の判断でじっくりと調べ上げる展開となった。
しかし、数時間かけてもなかなか見つからない。デュークの時空改変で探偵局のメンバーや狐夫婦の体の周りは行動に適した湿度と気温にされているものの、体の内部が熱くなる事までは考慮してない仕様だったようだ。その割に燕尾服でも平気な彼を、何もといえない目線で局長は見つめていた。
「あぢー…やっぱり汗かくわね…」
「局長、お疲れ様です」
皆から少し離れた所で休憩を取っていた彼女の元に、蛍が水筒を持ってきた。体力自慢の彼女でも、このような山の中を捜索するのはあまり慣れていないようで、隣に座ってため息をついた。山道では座りこむのはあまりお勧めできないのだが、今回は長丁場での休憩と言う事で彼女も認めていた。
蛍にとって、化け狐など絵本の世界での存在に過ぎなかった。しかし、不可思議な存在である恵やデューク、ブランチらと仲間になって以降、そのような存在に対していつの間にか慣れている自分がいた事に、改めて驚いていた。
「そういうものよ、最初は怯えても次第に慣れちゃう。ミイラ取りじゃないけど、案外そういうのって良くあることなのよ」
「なんだかんだで、恵局長も凄いですね…」
「なんだかんだって何よ…」
とか何とか言いつつ、そろそろ休憩を終えて捜索を再開しようとした時。
異変に気付いたのは、恵の方であった。
「…あれ?」
…誰もいない。近くにいたはずのデュークも、ブランチも、狐の夫婦も。辺り一面、まるで霧に包まれたかのように
何も見えなくなっている。分かるのは、近くにいる蛍だけだ。
「局長…」
怖がる部下を静かに抑えながら、あちこちを見回しながら歩き続ける恵。
…その時、ふと人影が見えた。体格からするとデュークだろうか、それともエルであろうか。偶然にも、相手からも
同じタイミングで声がかかった。そして、その声は…
「「…え?!」」
「「…え!!」」
全く同じであった。服装も、姿も、そして顔も。
分身した覚えは双方ともない。では、目の前にいるのは一体誰だ。口論が始まるかと思ったその時、辺りを見回した
蛍の悲鳴が、幾重にも渡って響いた。
「「「「「「「「「「「「「きゃあああああああ!!!」」」」」」」」」」」」」」」」」
「「「「「「「「「「「「「「ちょっと、これなによこれ!!」」」」」」」」」」」」」」」」
気付いたら、辺りは恵と蛍でぎゅうぎゅう詰めになってしまっていた。突然現れた自分たちの大群は、皆同じタイミングで喋り出すので五月蠅いことこの上ない。それに、胸が大きい恵のせいで自分の体や蛍が押しつぶされてしまう。
まるで何かが幻影を見せているかのような光景…と考えた恵には一つ思い当たる節があったものの、今はそれを口にする余裕はない。何せ、押し寄せる自分の数はどんどん増えているのだ。その証拠に…。
「「「「「「「「「「「「きょ…局長…狭いです…」」」」」」」」」」」」」」
「「「「「「「「「「「「わ、分かってるわ…んぐぅ…よ…」」」」」」」」」」」」」
辺り一面見えるのは自分と相方だけ。この状態では状況を考えるだけで精一杯である。
こうなっては、もう局長に残された道は一つ。
―――助けて…!
そして、救世主は現れた。
「蛍に局長!大丈夫では…ないようですね!」
局長たちの脳内に、直接デュークは自らの姿と声を送信した。彼が空高く手を挙げると同時に、大群は姿を消した。これがデュークの時空改変能力、彼を司る万能の力である。駆け付けたブランチたち側からも、突然恵たちの消息が消え、必死になって探していたと言う。やはり犯人は…。
「デューク先輩の偽者ですか?」
デュークと同等の力と姿を持ち、悪の心を持つ凶悪なる偽者。数度彼らと激突した事がある蛍は、その恐ろしさを存分に分かっていた。その眼は真剣なものであった。
ところが、彼の後ろにいたドンとエルの答えは全く異なっていた。
…たぬき。
この一言。
「このような技を使えると言う事は、あちらの狸に関係する方々しかおりませんわ…」
「え、じゃあどうして…」
犯人は慌てて逃げてしまったために、何故探偵局を襲うような真似をしたのか聞く事は出来なかった。それに関しては後に分かる事になるのだが、日も更けてきた事もあり、探偵局の4人は一旦近くにあるエルの実家に泊めてもらう事になり、引き上げる事にした。
…化け狐の里に泊まると言う展開に、蛍の知識欲の眼が輝いていたのは言うまでもない。




