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101.柿の木山の攻防・1A / いざ松山!

世間は秋真っ盛り、各地で一所懸命働いている方々がいる。己のため、仲間のために、社会を動かしている皆様だ。


それは、勿論丸斗探偵局も同様…なのだが。


「…っはー!道後温泉気持ちいいー!」

「局長、気をつけないと湯冷めしますよ」

「でも気持ち良かったですね…確か日本一古い温泉でしたっけ?」

「うん、僕の見た限りだと縄文時代にはこの近くで温泉に浸かってる人を見たね」


 …何やら凄い事を言っている彼らがいるのは、四国松山、道後温泉の近くにある道後商店街。恵、デューク、蛍の両手に花な三人で、先程まで道後温泉に浸かっていたようである。綺麗好きの恵、やはり本場の温泉に入るのは気持ち良かったようだ。


…念のために連絡だが、遊びのために来た訳ではない。彼女らはあくまで「調査」のためにここに来ているのである。 

 実は最近、この松山近辺で謎の行方不明事件が続発していると言う。山に囲まれた道後の街を中心に、数日間だけ行方が途絶え、そして何事も無かったかのように帰ってくる。そしてその間の記憶は全くないと言うのだ。その情報先は言うまでもなく、松山に本拠地を置いている有田栄司からだ。ミコの里帰りに同行して松山近くの百万都市にやってきた一行は、そこで悪知恵の働く悪徳狸の陰謀に巻き込まれ、そしてそれを解決した。当初は彼が犯人かと思われていたが、実際はそれとは違う事が判明、改めて事件が勃発する松山へ行くと言う事になった、と言うのがここまでの成り行きである。せっかく遠出して事件を解決した後にも関わらず余りにも急かつ強引な対応なのだが、そこは欲望に忠実な恵局長、報酬をたっぷり出すという一言に見事に乗せられて、探偵局へ帰るのがまだまだ後回しになってしまったようである。ただ…


「でも、結構温泉も気持ち良かったですね」


 普段は文句を言うデュークや蛍も、あながち悪くはないといった感じのようだ。これが温泉の魔力なのかもしれない。


 さて、少々急な変更と言う事で今回は松山の栄司宅ではなくホテルに泊まる事に決定していたのだが、そこへ向かう道でちょっとした出来事が起きた。

松山市内を走る路面電車から降り、宿がある場所へと向かっていた一行の眼に、一人の少年が止まった。歩く人々が見つけにくい道の外れでうずくまっている様子を見ると、どこか怪我をしてしまったようである。大丈夫か、という恵の声に驚くも、敵意は無い事を伝えた一行の笑顔を見て、少し緊張がほぐれたようだ。


「松山城…でいいの?」

「うん、お願い…」


どうやらその少年曰く、両親とはぐれてしまい、探しているうちに転んで怪我をしてしまったという。最後に会った場所が、松山市を山の頂上から見下ろす松山城であった事から、探偵局として取りあえずそこへ向かう事にした。少年の言葉を信じる限りそこまで時間は経っていないと推理し、観光地である松山城から遠くは行っていないであろうと考えた恵の推理もある。彼女が推理をするなどかなり珍しい気がするが気のせいである。 


…ただ、その松山城へ昇る道は予想以上に険しく、足を痛めた少年を背負うデュークよりもそれについて行く恵局長の方が疲れの色が見え始めてしまった。こんな事ならお金をケチらずロープウェーやリフトを使えば良かったと少し後悔気味の様子。

ただ、その苦労は報われたようである。二人の前方を行く蛍が何かを探す人影を発見したからだ。


「あ、父ちゃん!母ちゃん!」

「おお、良かった!」

「無事だったかい…良かったよかった!」


松山観光ではぐれてしまった親と息子は、無事に再会を果たす事が出来た。迷惑をかけた事を三人に謝る両親だが、珍しく局長は報酬をもらうと言う事をしなかった。失礼ながら意外に思った蛍だが、案外恵はボランティア的な活動もよく行う。特に今回のような子供相手となると、結構情に弱くなってしまうようだ。彼女と長い付き合いであり、同じような感情を持つデュークが、帰りのリフトを待っている間に彼女に伝えた言葉である。


…去っていく三人の後ろ姿を、親子はじっと眺めていた。これがあの二人が言っていた噂の探偵さんなのかと尋ねた子供の傷は、まるで元から怪我をしてなかったかのように無くなっていた。


===================


そしてその夜。


「もう少し豪華なホテルに泊まりたかったな…栄司はケチなんだから…」

「でも私は逆に新鮮ですね」

「はいはい、どうせお譲様と貧乏な探偵局長は違いますよーだ…」

「局長、そんなにひがまないでください…」


栄司から降りた旅費で、皆はビジネスホテルに泊まる事になった。残念ながら念願の道後温泉のホテルに停まる事は出来なかったようである。勿論デュークは別室、こちらは女性二人の部屋である。街の中では分身などは出来なかったので、ようやくおおっぴらに増殖探偵の得意技を発揮できる。早速二人部屋の中は数人の女性で賑やかになった。夕ご飯も既に済ませたので、後は寝るだけ…なのだが。


「ちょっと、そこ邪魔!テレビ見れないんだけど!」

「貴方こそどきなさいよ、そこは特等席なのよ!」

「貴方だって私でしょうが!」


「…局長…」


風呂上がりの蛍が目にした、丸斗恵の「分身能力込みの」日常生活の一端である。時々恵局長を起こしに部屋を訪れる事はあったが、意外にもこんな光景を直で見たのは蛍は初めてだった。勿論、悪い見本としてしっかり刻まれたのは言うまでもない。

その後この事を突っ込まれ、仕方なく元の一人に戻って一緒にテレビを見た後、身支度をして寝る事にした。

…そして、事件は勃発した。


何か良からぬ気配があると、野生の勘というものが働くのだろうか、人は目が覚めやすいものである。特に、文字通り純粋培養の蛍に比べていろいろ経験を積んできた恵は、それに探偵のカンも加わるので、辺りに良からぬ気配がする事を察知すればすぐに目が覚める。

普段は居眠りをする彼女を部下が起こすと言う展開なのだが、今回は逆であった。


「ふわぁ…」

「大丈夫、ケイちゃん?無理に起こしちゃって」

「す、すいません…こっちこそ…」


彼女を最初の仮名である「ケイちゃん」と呼びつつ、辺りを見回す恵。一見すると先程までと変わらずごく普通のビジネスホテルの一室、先程まで彼女たちがぐっすりと寝ていた場所である。暖房も良く効き、少々薄着でも過ごせるほどである。だが、何かがおかしい…。

目で合図した恵は、部下の蛍に分身を出させた。彼女の能力はまだ発展途上、こういう時は能力を磨くのには絶好のチャンスだ。ベッドに座った「本物」の蛍は、先輩の指示をよく聞く良い子である。


「ケイちゃん、こういう時はどうすればいいか分かる?」

「えーと…」


怪しいと思った所は決して見逃さず、じっくりと探る。もしかして、を見逃すのは決してあってはならない。


「もし私なら、ドアや窓を重点的に調べるかな?」

「どうしてですか?ゴミ箱とかじゃなくて…」

「うん、それも確かに重要。だけど、なんかこのやな感じは外部から来てる気がするの。そこと私たち内部を隔てているのは何だっけ?」


…さすが局長だ。話を聞いていた分身たちも、本物の蛍とほぼ同意見であった。

リビングの窓、トイレのドア、風呂を隔てるカーテン…遮断するものを重点的に調べたものの、何も確証が掴めるものは無かった。そして、残るは外と中を分けるもう一つの場所…この部屋のドアであった。

これに関しては、最後に残っていると言う事もあり決定的なものに繋がる可能性もあるという事も考え、恵局長がリーダーとして直接開く事にした。


「…後悔しない?」

「いえ、局長と一緒ですから」


相変わらず良い子だ。ツインテールの髪型が似合う部下の頭を撫でて、恵は静かにドアを開いた。


そう、確かに静かに、ゆっくりと外開きに開いたはずであった。突然の衝撃は、ドアを壁に叩きつけ、大きな物音を鳴らした。「ドドドド」という効果音はまさにこれに使われるであろう如く、大量の何かが部屋に押し寄せて来たのである。最初、それが何か恵と蛍には分からなかった。しかし…


「「「「「「「「「「「「「「ちょっと、これなによ!…ってえ!?」」」」」」」」」」」」」」」」

「「「「「「「「「「「「「「きょ、局長!?」」」」」」」」」」」」」」」」


確かに局長は寝像が悪く、幸い今日は起こらなかったもののたまに分身してしまい蹴っ飛ばされる事がある。

蛍も自らと離れた所に分身を出す能力があるものの、あまり遠い所まで分身は出せず、なおかつそこまで大人数は出来ない。


…では、一体これはなんだろうか。


ドアから次々に押し寄せ、部屋を埋め尽くしたのは部屋にいる恵や蛍と全く同じ衣装の、大量の恵や蛍であった。


「「「「「「「「「「「「「ちょっと出してよ…ってやかましい!」」」」」」」」」」」」」」」


自分が喋ると同時に、他の自分も一斉に喋りだすので五月蠅いことこの上ない。蛍も完全に怯えきり、ユニゾンで怖がり切っている。まるで何かが幻影を見せているかのような光景…と考えた恵には一つ思い当たる節があったものの、今はそれを口にする余裕はない。何せ、押し寄せる自分の数はどんどん増えているのだ。その証拠に…。


「「「「「「「「「「「「きょ…局長…狭いです…」」」」」」」」」」」」」」

「「「「「「「「「「「「わ、分かってるわ…んぐぅ…よ…」」」」」」」」」」」」」


今や部屋の床どころか天井まで恵と蛍でいっぱいである。この状態では状況を考えるだけで精一杯である。

こうなっては、もう局長に残された道は一つ。


―――助けて…!


そして、窓ガラスすら割れかけるほどの缶詰め状態になった時、救世主は現れた。


「蛍に局長!大丈夫では…ないようですね!」


局長たちの脳内に、直接デュークは自らの姿と声を送信した。彼が空高く手を挙げると同時に、ベランダから落ちるギリギリの所にいた恵と蛍を残し、大群は姿を消した。これがデュークの時空改変能力、彼を司る万能の力である…。


…それにしては遅すぎる。万能ならもっと早く来てピンチを助けてほしかった、と例もそこそこに彼に文句を言う恵。止めようとする蛍だが、今回はデュークもそれを認め、謝った。


「今回の元凶…と言いますか、原因を突き止めていましたら少々時間がかかってしまいまして…」

「原因…もしかしてまた!?」

「いえ、原因は…」


ニホンカワウソ。


 探偵局の助手の足元でへばり、参った表情を隠さずにいる動物の姿を、最近恵と蛍はニュースで目撃した事がある。ただし、それはこの生物がもうこの世には住んでいないというものであった。では、ここにいる動物は一体何なのか?その理由は、彼の後ろに立つもう一人の男性が教えてくれた。その顔を見て、局長は勿論、蛍はさらに驚いたのは言うまでもない。

申し訳ない、と言って謝ったのは、あの時松山城で会った家族連れの父親だったのだ。これは一体、どういう事なのだろうか…?

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