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10.恋するアプリケーション・中編

「プログラムが…犯人!?」


いきなりの発言に、恵は拍子抜けした。いくらなんでも突拍子も無さ過ぎる発言だろう、と突っ込みを入れようとした。しかし、助け船はコンピュータのプロからも入った。


「悪いけど恵はん、今回はデューク君が正しいようじゃのぉ」

「ええ!?ちょ、どうしてよ…」


納得のいかない局長。それもそうだ、「OTENTO」は話題になったばかりのプログラムである。幾らなんでもそんな訳のわからない事態が起こる訳が無い。

しかし、デュークは確信していた。


「局長、以前貴方が妖怪の事を教えてくれた時に、僕は言いました。目で見たものは確実に信じる、と。局長も恐らく探偵なら、きっと目で見てくれれば分かるでしょう」

「つまり…何が言いたいわけ?」


妖怪という言葉がさらりと出た事に勘の鋭いミコもさすがに驚くが、二人の間に割って入る事まではしなかった。結構頑固な局長の説得は、やはり一番信用する助手の任務だ。しかし、その助手が顔を向いたのは、意外にもそのミコ本人だった。


「ミコさん、変なお願いをしてしまいますが…

 明日、貴方のコンピュータにお邪魔をしてもいいですか?」

「…へ??」


―――――――――――――


「まぁ…そういう訳なんじゃけどなぁ…こんなの母ちゃんの腹の中から出て初めてじゃ…」


おっさん臭い一言を言いつつ、ミコは自らの愛車にぎっしり詰め込まれたコンピュータの画面と向き合っていた。耳にはめたマイク付きのヘッドホンから、デュークと恵の声が聞こえてきた。


今、二人はこのパソコンの中にいる。正確に言うと、二人の意識そのものが。自らをデータ化してネットの中に侵入、ふざけた真似をするプログラムに喝を入れるという事にしたのだ。ミコに一任するというのがデュークの案だったものの、いざ乗り気になった恵は逆に自分たちが入ればいいと提案したのだ。これはあくまで自分たちに来た依頼、ならばここで解決させなければ探偵としてのプライドが許せない、そう考えたからである。


「男らしいと言うか、イケメン的っつーか…」

『あのー私の性別一切入ってないのはどーゆー…』

『局長、もう少しですよ』

パソコンの画面に映るのは文字列が並ぶプログラミングの画面なのだが、それがここから見える今の二人の姿。扱いに長けているミコにとってはこのような事態はどんとこいのようで、慣れた手つきでプログラムを入力、的確に二人を案内している。


「そろそろじゃの、そこの壁を突き抜けたら彼女さんのケータイの中…というか『OTENTO』プログラムじゃ」

『ありがとうございます。局長…』

「ええ、ここは私に任せて」


そう言った途端、ミコのパソコンには何十列も同じ文字の列が並んだ。局長得意の分身である。それぞれがOTENTOプログラムの壁の穴を探るべく動き出した。ただ、あまり増えすぎると彼女の携帯電話の機能自体にも支障が出かねない事を考慮し、今回は大人数の分身やデュークの時空改変能力の使用は抑え目にしている。ただし…


「ん!?こりゃまずい、デュークはん!」

『見えてます、ちょうど光線のように…向こうのセキュリティシステムが作動したようですね』


有事の時となれば例外だ。

まるで特定の部分を消すように、文字列が動き始めている。恐らくデータとなっている彼らの眼には、何か光線のようなものとして映っている事だろう。だが、こちらとて負けてはいない。助手の方は比較的軽い身のこなしで避けているものの、恵の方は捜索に重点を置いている事もあるために支援が必要なようだ。

ミコの手の指が、まるで量子力学上の電子のように動く。どの可能性にも対処できる凄腕だ。ただ、やはり相手は手ごわい。それに、静かな戦いの中でミコはどこか違和感も感じていた。対象物を消し去るプログラムが、ここまで長期戦を強いらせる事はあまりないはず。やはり、何かしらの「意図」を持っている可能性が高い。

そして、彼女の耳に待ち望んでいたメッセージが届いた。恵の一人がついに抜け穴を見つけたのである。追跡用のプログラムと頼もしい助手に後を託し、ミコは二人を排除しようとするセキュリティを撒く事にした。機械のように冷たく計算のみの力では、今回の事件の真相を解決できない、そう考えたからである。ただ、念のためにちょっとだけ細工を加えておいたのは、少なくとも恵には内緒にしておく事にした。


「一応あたしだって、今回の依頼主じゃけぇの…。

 お巡りじゃどーにもらならん相手、この手で焼き入れたる!」


―――――――――


二人が見たものは、無数の写真、ポスター、そして人。どれもみな、ある特定の女性のものばかりであった。そして、空間に響くのは無数の笑い声。勿論全て同じ声である。

「…改めて聞くと、結構不気味ね…」

問題発言をする局長を諌めつつ、デュークは彼女と共にそこに立つもう一人の影と対峙した。彼らの眼には、それはどこか卑屈な男…というより典型的なヲタ系の男に見えた。

『ボクハ彼女ガ好キダ』

先程から何度も繰り返されている言葉だ。全ては彼…いや、彼女の携帯電話にダウンロードされたアプリケーション『OTENTO』が語った。


そもそもこのプログラムの目的は、ダウンロードした相手が選んだ人物…例えば恋人などの位置などを知る事が出来るというものである。ネット上や最近ではテレビなどでもそれがスパイ行為ではないかと騒がれている。

だが、『彼』が語った真相は、それとは違ったものであった。

プログラムが真に監視していた者、それはこのダウンロードした相手そのものであったのだ。ネットの履歴、データファイルの内容、その全てを静かに、しかし確実に見ていた。それを聞いた恵の体に寒気がしたのは言うまでもない。

その後も『彼』は語り続けた。そうしているうちに、やがてダウンロード相手の写真が消されたりデータが消失する事が度々起きた。何度も吟味していくうち、それはその「恋人」からの電話やメールの内容によるものであると言う事が明らかになっていた。恥ずかしめな写真や失敗作、それらを消して言っていたのだがその行為を許す事は出来なかった。


『ボクハ、彼女ノ全テヲ愛シテイタ』


そのような事が出来ない「彼」は疎ましい。

それが、あのような行為に走らせた理由であった。


「…どうしてそのような事を…」


『言ッタジャナイカ、彼女ヘノ恋ダ』


「ふざけないで!」

説明は怒りの恵の声で遮られた。それは恋ではなく、れっきとしたストーカー行為である。それ以前に、相手の嫌がる事を平気でする事自体、セキュリティシステムに消されていいレベルの悪事である。例え相手が何であろうと、恵の持つ正義感は揺るがなかった。


『君タチニハ理解デキナイヨウダ…ナラ』


冷たく、どこかねちっこいその声が響くと同時に、対峙する恵の体に異変が生じた。まるで体の構造が書きかえられるかのように、全身を痛みが走る。それが収まった時、『彼』はようやく自分の体に何が起きたのか気がついた。だが、それと同時にその周りの情景も変化を始めたのだ。グリッド上の地面が各地で盛り上がり、次第に何かの形になり始めたのだ。

まさか、と思った時には遅かった。


…以前、女性の尊厳を分かっていなかったデュークに女性役の囮を頼む事で、彼に女性の気分を味わってもらった事があった。胸や急所を無理やり触られる事への嫌悪感、ついでにちょっとした興奮など。だが、まさか今度は自分が逆に同じ状態になるとは思わなかった。


『で…デューク…あぁ…』


今、「彼」は無数の体に埋もれていた。どれも依頼人の彼女と同じ姿を取っている。男の体にとっては、女性の胸や尻を体に当てられる事、キスをされる事はどれも自らのホルモンを興奮状態にさせる事に値する行為であることを、無理やり局長は知らされる羽目になった。


『コレデワカッタダロウ、ボクノ気持チガ』


「分かる訳ないでしょ…この変態…くっ…」


言葉とは裏腹に、恵は自らの溢れる欲望に必死に耐えていた。今、彼の視線から見えるのは豊胸な肉体が作りだす肉の海。助手を呼ぼうにも、彼がどこにいるかも分からない。分身して逃れようにも、四方八方を抑えられ、どうにもできない。


…まさに絶体絶命であった。これを乗り越える方法は、果たしてあるのだろうか…。


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