09 どうしてその秘密をご存じなのですか
「俺も父も、公爵位なんていらないんだ。公爵令息として生まれた父だけど、後継者としての教育はまともに受けていない。いまさら戻ったところで奇異な目で見られるだけだろう」
「それはたしかにそうでしょうね」
「でも、だからといって放っておくのは問題がある。父にしてみれば、自分を殺して立場を奪った男だし、真面目にやっているならともかく、まったくそんなことはない。ハイケム公爵の名を汚すようなことばかりだ。許してやろうって気にはならなかった」
そんなわけで、ハイケム公爵の断罪劇が幕を開けたということらしい。
イザベラお嬢様の『悪役令嬢もの』に加えて、別の物語も同時進行していたとは思わなかったよね。
「俺の容姿は、見るひとが見ればわかる危ういものだってことで、王宮に呼ばれて、面通しして、間違いないと判断されて、保護下に置かれることになったわけ。面倒っちゃー面倒なんだけど、仕方ないとは思っている」
「どうりで……」
「なにが?」
「レヒトさんもルーベルさんも、妙に丁寧に接していたので。ただの同僚に対する言動には見えなかったんですよね。年齢も近そうなのに、なんでかな? って」
王家に連なるひとなら、敬意を払っても仕方がないかもしれない。
執事さんにしてみれば、ハイケム公爵家の血を引くご子息なわけで。その孫であるレヒトさんは、やはり丁寧に接しはするんだろう。――いや、このあいだはわりと乱暴な言い方はしていたけど。
「俺はほぼ平民だから、そんなかしこまらなくていいって言ってるんだけどな。でも今は王家の子飼いというか、公爵家断絶の仕事を請け負っている立場だから、王家側の人間として扱われるのは仕方ないとは思っている。でもそれもあとすこしで終わりだ!」
両手を上にあげ、伸びをする。首を動かしたとき、ゴキっと音が鳴った。いい音したなあ。
「レヒトさんが言っていた、今の使用人たちに悪いようにはならないっていうのは、そういうことだったんですね」
「うん。ハイケム公爵の名は無くなって、王家の管轄になる。王女殿下がご結婚される際、新しく公爵位を授けることになるらしい」
王女殿下はたしか十七歳で、同年齢のご婚約者は侯爵家のご令息だったような。
お二方が学院を卒業するまでは、王家の別邸的な扱い。王宮に部屋がある王女殿下は、公爵家の騒動が収まったあと、内装を整え直して、結婚後の新居としてお使いになる予定だという。
我々はそのまま雇用可能。
勿論、新しい職場に移ってもいい。自由に選んでかまわないという。きちんと紹介もしてくれるんだって。至れり尽くせりだねえ。
「安心しました。ヴォルフさんはどうされるんですか? ご実家に戻るかんじですか?」
「いや、残るつもりだ。生まれのことが判明しなかったとしても、王都で仕事をするつもりだったし」
「なんのお仕事ですか?」
「今やってるだろ、料理人だよ」
「あ、そうなんだ」
「そうなんだよ。ずっと前から夢だったんだ。せっかくもう一度生き直すことができたんだから、諦めてたまるかってんだよ」
「へえ、夢が叶ってよかったですねえ。……え? 生き直す?」
まるで、生きることをやり直しているような言い方は――。
「君もそうなんだろ? サリー。過去の――前世の記憶がある」
どうしてその秘密をご存じなのですかっ。
目を見開いた私にヴォルフさんは笑った。
「あのとき、ゴミ置き場で声をかけたとき、君が言ったんだよサリー。二度目の人生って」
――さようなら二度目の人生。
――次があったら日本に生まれたいです。
――白いご飯とお味噌汁、出汁巻き玉子が食べたかった人生でした。合掌。
「くちに出してましたか、私……」
「小声だったけど、バッチリと。嬉しかったよ、君と秘密を共有できることが」
「なんでもっと早く言ってくれなかったんですかー!」
「ごめん、なんかそれどころじゃなくなったから、言うタイミングというか、シチュエーションにならなかったっていうか」
むむう、たしかにそれはそうかもしれないけど。
「俺はさ、料理人を目指してた。雇われだったけどいつか自分一人で看板背負う料理人になりたいと思っていて。道半ばでたぶん死んだ」
「ちなみにジャンルは? やっぱりフレンチですか?」
「和食」
意外だ。
いや、今の世界観に引きずられているだけで、日本にいたら普通だったのかもしれないけど。
「さて、サリー。帰ったらなにが食べたい? 君が望むものを作りたいんだけど」
楽しそうに笑うヴォルフさん。
私は言った。
「お味噌汁とだし巻き玉子!」
「焼き魚もつけた定食とかどう?」
「楽しみです」
◇
王国歴XXX年は、さまざまな出来事が起こったという。
三大公爵のひとつ、ハイケム公爵家が取り潰しとなった。
横領を皮切りに、他の罪状が明らかとなった。事故で亡くなったとされていた嫡子の件はおろか、病死とされていた養父の死にも関わっていたとされ、投獄。
不法行為に関与していた長男と次男は、それぞれの行動に応じた罪をつぐない、王都を離れたという。末娘は王族に対する不敬罪で罰せられた。
裁判の折に王子妃アンに対して叫んだという言葉は有名だ。
ヒロインのくせに悪役令嬢に逆らうなんて、あんた何様のつもりなのよ。
これを報じた新聞を読んだ劇作家が脚本を起こし、演劇化。
喜劇として広まり、今や多くの国で題材として使われている『悪役令嬢』の雛形とされる出来事である。
この数年後、新たに女公爵となった王女殿下もまた、歴史に名を刻む女性だろう。
舞台劇もさることながら、彼女がもっとも力を入れたのは、食の世界であった。邸で雇っていた料理人を支援し、彼が作った料理の数々は、我が国に新たな分野を切り開いた。
独創的で味わい深いメニューは次第に国内に広まり、未だ進化を続けているのは、皆が知るところだ。
始祖とされる料理人の名はヴォルフラム。
夫人のサリーとともに店を切り盛りし、食文化の向上に寄与した偉人のひとりだ。
我が国において、愛の告白に使う手料理の代表格となった『味噌汁と玉子焼き』は、彼らが発案だという説もあるが、それは定かではない。
肝心の「主人公カップルの恋愛」についてすっぽ抜けていることに気づいたので、後日談として追加することにしました。




