07 いいんですよ、温情です
作品における断罪劇こと卒業パーティーは、夕方から開始される。
制服ではなく、夜会用のドレスをまとうプレ舞踏会というか。
これから社会に羽ばたく卒業生たちにとっての予行練習であり、彼らをいろんな意味で見初めたり、見出したりする大人たちへの品評会的な意図もあったりするらしい。
私自身、そのパーティーでの振る舞いがきちんとしていたことで、貴族家で働く足がかりになったのだ。
そんなお祭りに備えて、イザベラお嬢様もドレス選定に余念がない。王室御用達のショップのカタログを片手に、あーでもないこーでもないと奥様と一緒にはしゃいでいる。
人気デザイナーが手掛けるオーダーメイドの一点物。
金額は推して知るべし。
その日を最後に没落する彼女たちにとって、贅を尽くしたドレスにどんな意味があるのだろう。
壁際に控えて見守っていると、同じように控えていたレヒトさんが、小声で呟いた。
「いいんですよ、温情です」
「温情、ですか」
「言ってみれば死に装束のようなもの。ご存じですか? 死刑囚には最期の晩餐が与えられますし、シガーを吸わせてやることも可能です」
それと似たようなものですよ――と冷笑を浮かべる。
このひと、本当に怖いな。
「それより、ヴォルフさんとはどうなりましたか?」
「どうなるもなにも、以前と変わっておりませんが?」
「え?」
「え?」
顔を見合わせる。
「嘘だろおい」
あ、素の話し方はそっちなんだ。いつも丁寧に話しているので、ちょっと印象が変わった。これはこれでアリな気がする。クール系男子も二次元的に人気あるよね。
「変わってませんよ。強いていえば、食べたいもののリクエスト比率が上がったかな、程度で」
「あのひと、意外と阿呆なのか?」
「隙のないひとだと思ってたんですが、意外と抜けてるところあるんだなーとは思いましたね」
そう返すと、レヒトさんは眉根を寄せる。一拍置いたあと、くちを開いた。
「進展はないと認識しました。でしたらひとつご提案が」
「なんでしょうか」
「僕とお付き合いしませんか? 損はさせませんよ」
「男女関係のお付き合いでしたら、ご遠慮申し上げます。就職先の斡旋なら、応相談ということでお願いします」
「即答ですね」
お断りしたわりに、表情を変えずに返してくるレヒトさん。私も答える。
「私は平民なので、お貴族さまによくある家の事情とかで結婚は考えていないだけですよ」
「僕があなたを好きになったとは思わないのですか?」
「思いませんねー。レヒトさんにあるのは、『もっと変わった魔法の隠し玉持ってるんじゃないかな』ってかんじですよね」
そう、おもしれー女枠だ。
私の言葉に、レヒトさんはなんとも珍しく、ちいさく吹き出して笑った。
「わかりました。振られましたので諦めます。魔法式についてはいつでも。正式な部署に高値で買い取らせますから」
「ありがとうございます。失業したら相談させてくださいませ」
「失業はしないとは思いますがね」
そのとき、奥様が手を挙げたので、レヒトさんはいつもの無表情に戻り、静々と歩み寄っていく。
私は私で、お嬢様が目線をくれたので近寄った。
この方は目で語る。メンチきってくる。察しないと後が怖いので唯々諾々と従います。
◇
その日、ドレスを着つけるために、私は王宮を訪れていた。
卒業パーティーの会場は王宮にあるのだ。これは原作に描かれていなかったと思う。作者としては「察しろよ」ってことかもしれないし、そこまで細かく設定していなかったのかもしれない。どっちでもいい。
控室でドレスをまとい、イザベラお嬢様は意気揚々と会場入りしたようだ。
彼女も転生者なので、これから起こる事象は心得ているはずなんだけど、なんであんなに自信満々なんだろう?
王子殿下に例の台詞を突き付けられ、ヒロインちゃんにやらかした軽犯罪の数々を言い渡され、断罪されると知っているのに。
そこから逆転できる確信を持っているとは思えない。
だって昨夜も「誰が助けに入るのかしらー」とウキウキしながら、何人かの名前を呟いていた。先生でもいいなー、みたいなことも言っていた。
つまり、現時点で悪役令嬢イザベラを救ってあげようとする男性を認識していないのだ。こんな間際になっても明確に登場していない人物が、終盤で出てくるとかありえないでしょ。
ヒーローは遅れてやってくる、が許されるのは、バトル漫画だけだ。
こと恋愛作品において、ヒロインと結ばれるヒーローは第一話の時点で出てこないとまずい。いや、イザベラお嬢様はヒロインではないけども、お嬢様が信じる『悪役令嬢に転生しちゃった私の物語』のヒロインはイザベラ様で、その相手役がまだ定まっていない時点でお察しである。
真っ赤なお衣装で出かけていったお嬢様を見送ったあと、部屋に残った先輩メイドが私に言った。
「サリー、会場へ行ってらっしゃいよ」
「え? でもお付きのひとは控室でお待ちくださいって」
「毎年、何人かは紛れこんで、こっそり飲食したりするものなのよ。王宮の方もね、それは織り込み済みなの」
貴族家に勤め、卒業生のお世話として王宮に上がってくるのは、やはり同じ学院に通った卒業生であることが大半である。
不審者ではないことは証明されたうえで王宮に来ているし、学生時代を懐かしむ意味でも、こっそり覗くのは黙認されているんだとか。
ハイケム公爵家としては、この卒業パーティーに出席するのは次男様以来であり、お嬢様が末子なので、今回が最後となる。だから行ってらっしゃいな、ということらしい。
うん、正直なところを言えば、見たいよね。作品において一番の盛り上がり先というか、重要局面というか、注目ポイントだと思うし。
お付きとして入城している私たち使用人には、首から下げる証明書が配布されている。いわゆる、スタッフ名刺ホルダーみたいなやつ。関係者ですよーってわかるようになっているやつ。
なので、私が会場にいても、不審者にはならない。
「……ではお言葉に甘えて、すこし覗いてきますね」
「ごゆっくりー」
ひらひら手を振って見送られ、私は数年前の記憶を頼りに、会場へ向かった。
ヒーローの出番が遅いのは恋愛ものにおいて悪手である(自戒)




