06 顔のいいひとにも苦労はあるらしい
焦る私をよそに、ヴォルフさんは繋いでいた手を引いて、私を別の場所へ誘う。本棚のほうへ向かうと、何冊かの本を移動させる。するとどうしたことか、本棚が横へ滑り階段が現れたのだ。
隠 し 階 段!!
私の背を押して階段のほうへ降りる。続いてヴォルフさんが入ってきたあと、内側から入口を閉じた。本棚の裏側は引き戸のようになっており、こちらから開閉ができるようになっているらしい。
本の隙間から、部屋の様子が見える。
うっかり本を動かさないように観察していると、執務室へ誰かが入ってくる。
現れたのは、出かけたはずの次男様だった。こそこそ周囲を見渡しており、いかにも「後ろ暗いことをしに来ました」といった行動。
壁沿いに置いてある金庫に近づき、ダイヤルをまわす。そして中から幾ばくかのお金を取り、己が持つ袋へIN。
親が出かけているあいだに、家の金をこっそり盗みに来た息子の姿を見てしまった件。
うわー、不良ドラ息子だー。
次男様は、来たときと同じようにこそこそと身を屈ませながら執務室を後にした。
犯行時間はわずか数分。手馴れている。きっと何度もやっているのだろう。
「さすがお金持ち。ちょっと現金が減ったところで気づかないんですね」
「たしかに杜撰だな。これは金庫番もグルということか」
「金庫番って、外部の方ですよねたしか」
「監査役を外に置いて、内部操作はしていないとアピールするのはよくある話だが、その監査役を抱き込んでいれば、まったく無意味だ」
こういうことがあるから、無作為に選出した人物に抜き打ち調査させるのが一番いいんだろうけど、監査ってだいたい調査に入る日程が知らされていて、そこに合わせてなにがしか整えるのは、まあよくある話。
「とにかく俺たちも出よう。目的のブツは手に入れたし」
「そうですね。しかし危なかったですね。ていうか、ここの隠し階段があることも知ってたんですね」
コンプライアンスの問題はさておき、今回はとても助かったので、よかったと思っておきましょう。
姿を隠したまま部屋の外へ出て鍵を閉め、私たちが所定の場所へ戻ると、そこにはレヒトさんが待ち構えていた。魔法を解いて姿を見せる。はあ、緊張したー。
「時間通りですね」
レヒトさんは懐中時計の蓋をパチンと閉じ、「お疲れさまでした」と一礼した。
私も慌てて頭を下げる。
ヴォルフさんはといえば、こちらは鷹揚に軽く手を振っていなし、取り出した裏帳簿を渡す。レヒトさんは恭しく頂戴する。
なんだなんだその貫禄は。
たしかにヴォルフさんのほうが年上だったはずだけど、執事補佐と料理長補佐にそんな上下関係が存在するとは思わなかった。
男の世界はよくわからないね。社会に出て働き始めると、女性同士ってわりと年齢差が気にならなくなってくるもんだけど、男性陣は違うのかもしれない。
「祖父に報告したのち、然るべき場所へ届けます。期日まで、お二方は普段通りにお過ごしいただければと思います」
「私にできることはありますか?」
「――どうしました、急に乗り気になったようですが」
「ここまできたら、気になりますよ。だいたい、事がバレたらハイケム公爵家は傾くわけですよね。今後の身の振り方を考えないといけませんし」
なにしろ私は平民なので、再就職もそう簡単に見つからないと思うわけ。そりゃあ選ばなければ就職先なんていくらでもあるかもしれないけど、この公爵家は居心地がよかったし。また最初から仕事を覚えて、新しい人間関係を構築するって、面倒なんだよねえ。
そんなことを漏らすと、レヒトさんはすこし驚いたような顔をしたあと、薄く笑う。
「詳しいことは言えませんが、ご心配なく、とだけお伝えしておきます。今回の件を主導しているのは王家です。使用人に非がないことはあちらも承知していますから、悪いようにはなさらないと思いますよ」
「だといいのですが」
しょせん私は平民。他の貴族家にお勤めが叶うとは到底思えない。働けても下位層がいいところだと思う。
考えこむ私をよそに、レヒトさんは戻っていった。手に入れた証拠を持って、動き始めるのだろう。具体的に何をどうするのかさっぱりだけど、あとは専門家にお任せだ。
「俺たちも戻ろう」
「そうですね。いつまでも場を離れていたら、みんなに変な噂を立てられそうです」
「変な噂って」
「だって出てくるときでさえ、妙に含んだような顔で送り出されたんですよ? 戻りが遅かったら、なにしてたんだろう、みたいに思われかねないじゃないですかー」
実際にやっていたことは、会社の社長室に忍びこんで重要書類を盗むという犯罪行為なわけですが。
「サリーは、誤解されたくない相手でもいるわけ?」
「ん? それはどういう意味の『誤解』ですか?」
「恋愛的な意味で。他にある?」
話の流れ的に、「好きなひとがいて、そのひとに他の男となにかあったと思われたくはない」という意味だとは私も思うけど。
でも。
でもだよ。
平凡が服を着て歩いているような私と、ハイスペックイケメン料理人のヴォルフさん。この組み合わせにおいて、恋愛というワードには違和感しかなくないですか?
ヴォルフさんは見目麗しい素敵男子で、アイドル的な意味では好意あるけど、ガチ恋というわけではないと思う。身の程は知っているし。
そんなことを伝えると、じつにわかりやすく機嫌を損ねた。
こんな表情もするんだなー、このひと。
先日、事情を知って、彼らの仲間入りをはたして以降、こんなふうに飾らない顔を見られるようになった気がする。アイドルの裏の顔というか、普段の生活を垣間見たようなかんじがして、ちょっとお得感あるよね。
「たしかに俺は、平均値より上の容姿をしているとは思うけど、べつにそれは俺自身が努力で手に入れたものじゃないからな」
「親御さん、引いてはご先祖様の遺伝要素の賜物ですよね」
「そう。今みたいに、仕事上で有用な場合は利用させてもらうけど、それだけだよ」
顔のいいひとにも苦労はあるらしい。
「すみません。私もキャーキャー騒ぐ側の人間として、申し訳なく思います」
「……いや、それはべつに。むしろ嬉しいというか」
「ファンはいたほうがいいと」
「違うから。承認欲求モンスターなわけじゃないからな。俺はどこまでも料理人のつもりだし」
うん、それは知ってる。料理長に怒鳴られながらも、きっちり自分の仕事をしている姿を、私はずっと見てきたのだ。
ヴォルフさんは私のちょっと後に雇われていて、部署は違えども、数少ない同期みたいな存在だった。
ほんの数か月だけ私が先輩で、だけど彼のほうが三歳上。慰めあったり檄を飛ばしあったりしつつ、こうして過ごしてきた。
あー、そうか。職場が変わってしまうと、そういうこともなくなる。
もうヴォルフさんと同じ邸で働けなくなるんだ。
当たり前のことにいまさら気づいて、ひどく落ち込んだ。
寂しいなーという感覚をもっと煮詰めたような、どろりとした感情。なんだろうこれ。
これ以上考えるとまずい気がして、私は思考に蓋をした。




