05 異世界のコンプライアンスはどうなっているのか
決行の日は、卒業式典のパーティー。
王家の手勢を動かしてハイケム公爵家を一斉捜査となれば、準備には時間がかかる。
そのまえに我々現場の人間がやるのは、執務室にある隠し金庫から、裏帳簿を取り出し、別の書類とすり替えること。
盗むだけでよくない? って思ったけど、「あるはずの帳簿がなくなる」のはまずいので、それっぽいものを入れておく必要があるんだとか。「旦那様はボンクラなので、中身が変わってても気づきませんよ」とレヒトさんは冷笑を浮かべていた。
奥様とイザベラ様は観劇へ出かけ、旦那様は当主の集まりに参加中。後継の長男様も一緒に行っているので、警戒すべきは次男様。
こちらはいつものようにふらっと外へ出かけたので、今がチャンス。
職場を離れる旨を同僚たちに告げると、なにやらニヤニヤと笑みを浮かべて送り出された。なんだったんだあの顔は。
疑問に思っていると、ヴォルフさんに尋ねられた。
「いえ、なんていうか、あの顔はなんだったのかなーって」
「たぶんそれは、俺が君に別の仕事を頼んだってことになっているからだろうね」
「なるほど、変な勘繰りをされたということですね。まったく皆さん、こういうの好きですねえ」
娯楽が少ないからって、私とヴォルフさんで遊ばないでいただきたい。ご迷惑でしょうが。
「迷惑なわけがないだろう。嬉しいに決まっている」
あー、はいはい。あいかわらず、ファンサービスに余念がありませんね、ヴォルフさんは。
執務室に近い廊下の片隅でレヒトさん、ルーベルさんが待っていて、私は彼らの前で結界を張った。私自身と、少し範囲を広げて隣にいるヴォルフさんまで。たぶん見えていない、はず?
「うん、気配はあるけど、目には見えていない。すごいねサリーちゃん」
「黙って立っていれば、ほぼ気づかれないでしょうね。これは隠密行動に便利です。売れる」
レヒトさんが不穏なことを呟いた。
売れるとは、どこに? 怖いから聞かないほうがいいやつだ。
「サリー、ここにいるんだよね?」
「はい、そうで――ひゃあ!」
自分だけで完結していたので、相手が見えないとは思わなかった。これは改良の余地がある。ヴォルフさんらしき手が頬に触れて、うっかり変な声を出してしまった、恥ずかしい。
「ヴォルフさん、それはどうかと思いますよ」
「サリーちゃん、いざとなれば正当防衛だから、遠慮なくやりなよ」
「違います違います、変なとこ触られたとかじゃないです、急だったから驚いただけですからー」
私は頭の中で光の折り曲げ方を変更する。
単体ではなく、接地しているもう一体も包むような、そんなイメージ。
「ヴォルフさん、一部でも触れあっていたほうが範囲が分かりやすいんですが――」
「わかった」
もうちょっと近寄っていいですか? と訊く前に、ヴォルフさんの手が頬から降りて肩に触れ、腕を伝って、手を取ってぎゅっと握られた。ひい!
しかし、そのおかげで隣にいる相手を認識できるようになった。
至近距離で悪戯っぽく微笑むイケメンの破壊力よ。
免疫のない私はたぶん顔が赤いはず。
「じゃあ、行こうか。敵陣へ」
「……はい」
「御武運を。無理はなさらず」
「こちらでなにか動きがあれば、声をあげます」
「承知した。頼む」
見えない私たちにふたりは敬礼めいた仕草をして、その場を去った。私たちは足音を忍ばせ、執務室へ向かう。
そういえば扉の鍵は? と思ったところ、ヴォルフさんが懐から鍵を取り出してあっさり開けてしまった。部屋の扉に関してはマスターキーがある。執事や家政婦長はスペアキーを持っているだろうから、借りてきたのだろう。
当主の執務室には何度か入ったことがある。お嬢様付きのメイドとはいえ、四六時中、傍にいるわけではない。呼ばれないあいだは邸内のお掃除をやっていた。なにしろ雇用人数が少ないので、手が足りていないのである。
隠し金庫というからには、どこかに隠れているのだろう。
こういうの定番は本棚だよね。なんらかのギミックがあって、棚が動いて隠し部屋があったりするやつ。
そう思っていると、ヴォルフさんに手を引かれ、壁の前に連れていかれた。有名か無名か知らない絵画が飾られている。まさか。
額を外すと、ほーらね。壁の一部に亀裂が入っていて、ゆっくり押し込むとぐるりと一回転。ちいさな金庫とご対面。
回転扉。忍者屋敷みたいで好き。
「でもこれ、結構新しい仕掛けって気がしますね。壁紙の色とかまだ綺麗ですし」
「旦那様が公爵家を継いでから、新しく作ったんだろう。だからこそ、こんなお粗末で、わかりやすい仕掛けになっている」
なるほど。ハイケム公爵家に代々伝わっているようなやつを、旦那様は知らない。知らされていないのだ。秘密を継ぐに値しなかった、ということか。
「でも、ここに隠し棚と金庫があるって、よくご存じですね」
「これをつくった業者から聞いた」
「顧客情報を漏らすとか、どんだけ」
異世界のコンプライアンスはどうなっているのか。
「その程度の者しか雇わなかったんだろうさ」
「ケチるとこ、間違ってませんか?」
「こっちとしては助かるけどな」
鼻で嗤い、ヴォルフさんは用意してきた書類と差し替えた。
大事な証拠である裏帳簿は懐に仕舞い、額縁を戻したところで、近づく足音に気が付いた。
え、戻ってきた? 早くない?
からくり屋敷ってロマンがあるよね




