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お仕えするお嬢様が悪役令嬢だった件 ~没落後の再就職選定が急務です~  作者: 彩瀬あいり


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03 いったいどこのミステリー小説


 動けずに固まっていたら、かすかな足音が聞こえた。

 と同時にそっとなにかが肩に触れ、私はビクリと体を震わせる。漏れそうになった悲鳴は大きな手でふさがれてしまう。背後から迫った誰かの吐息が耳にかかり、「あ、これ死んだわ」と思った。


 さようなら二度目の人生。

 次があったら日本に生まれたいです。

 白いご飯とお味噌汁、出汁巻き玉子が食べたかった人生でした。合掌。


「勝手に終わらないでくれ」


 その声には聞き覚えがあった。

 視線を動かすと、こちらを覗き込む琥珀色の瞳と出合う。


「オウフはん……」


 正確にはヴォルフさんと言いたかったけれど、くちがふさがれているので発音不可でした。

 それでも言いたかったことは伝わったらしく、私の情けない声に微苦笑を浮かべ、ヴォルフさんはまたも耳もとで囁く。


「ごめん、巻き込むつもりはなかったんだけど、こうなったら仕方がないよな。聞かなかったことにしてくれって言っても、さすがに無理だろうし」

「ほれはふまり。オウフはんもあのはたばたのおなはまとひふほとでふか?」


 ふがふが問う。

 それはつまり、ヴォルフさんもあの方々のお仲間ということですか?

 さすがに、ふがふが言語を続けるのは気の毒と思ったか、「ゆっくり離すから、まだ大声は出さないでくれるか?」との問いかけに、わたしは頷きを返す。そっと手が離され、私は大きく息を吐き出した。ずずっと鼻をすする。心臓がドコドコ音を立てる。


 あやしい取り引き現場を目撃し、背後から近づいてきた犯人の仲間に襲われる。

 いったいどこのミステリー小説。いやサスペンス?

 かと思えばそれは勘違い。相手は顔見知り。こちらを気遣うイケメンのバックハグ、耳への吐息、囁き声。

 こんなの平気でいられるわけがない。

 身内ではない異性とそんな近距離で接したこと、人生初である。息も荒くなるってもんでしょ。


 あー、やばい。ヴォルフさんの手のひらに唾と鼻水がついてたらどうしよう。ひとまず生き延びたけど、精神的には死んだかもしれないなこれ。


「えーと、サリー。平気?」

「……あまり平気ではないですね」

「だよね、ごめん。聞こえちゃったからわかったと思うけど、不正の証拠を見つけて公爵を当主の座から引きずり落とすのが、俺たちの狙いなんだよね」

「俺たち?」

「そう。そこで話している執事補佐のレヒトと私兵隊長の補佐であるルーベルは、実行部隊。さすがに上長が動くと旦那様にバレる危険があるからね」


 ということは、使用人の中でも役職持ちはこの件に噛んでいるということなのか。そしてヴォルフさんも知っているということは、料理長も仲間? 不正を暴く事態に料理人が関与することってなにかある? さすがに毒は盛らないよね。


 考えこむ私の脳内などお見通しなのか、ヴォルフさんが笑みを浮かべる。


「料理長は直接関与はしていないよ。俺がやっていることは知ってるけどね」

「知ってて黙っている、と」


 たしかにね。あの一家の横柄さは目に余るものがある。食べ方もきったないし、味付けにはうるさい。残ったものは下げ渡すのが高位貴族の在り方だけど、「我々が食する高級なものを下々の者が食べるのはけしからん」みたいに思っているのか、皿の中でわざとぐちゃぐちゃに混ぜて、およそ食べる気がしなくなるような状態にして戻してくるのだ。


 食べ物を粗末にするのは許さんマンの料理長が業腹なのは当然で、すこしは痛い目を見ればいいと黙認する気持ちはよくわかる。賛同しない使用人は、公爵家にはいないのではなかろうか。

 そう考えるとすごいよね。ちっとも敬われていない雇用主って憐れかも。同情する気持ちはまったくないけど。


「ちなみに家政婦長も事情は知ってるよ。奥方から得られる情報もあるからね」

「まあ、そうなんでしょうねえ」


 執事と家政婦長は、先代公爵の時代からお仕えしている超古参勢力だと聞いたことがある。今の腐れ具合をもっとも嘆いており、なんとかしたいと思っていたのだろう。


「そろそろ事態が大きく動きそうだし、何名かには事前に説明して協力を依頼しようって流れになってはいたんだけど――」

「言ったじゃないですか、お嬢様付きのサリーは抱き込んだほうがいいって」


 ひょいと声が差し込まれた。

 顔を向けるとニコリと笑って返したのは、公爵家お抱え私兵の隊長補佐ことルーベルさん。気のいいお兄ちゃんってかんじの好青年――だと思っていたひと。

 そしてもうひとり。

 高齢執事の後継者として仕えている執事補佐のレヒトさん。たしかお孫さんだと聞いている。

 真面目が服を着て歩いているような印象で、常に冷静で表情を変えない。まだ二十代半ばなのにひどく落ち着いたお兄さん。

 そんな青年の肩を抱き、ルーベルさんはにっこり笑う。


「サリーちゃん、俺たちと一蓮托生しない?」

「旦那様を含め、公爵家の皆さま方が国にとって有益ではないことには同意しますが、いち平民でしかない私ができることなんてありますかね」

「んー、でもサリーちゃん、魔法使えるでしょ?」


 ははは、まっさかー。

 と笑い飛ばせたらよかったんだけど、これは言い逃れできそうにないかんじですね。

 はいはい、そうですよ。私は平民ながら魔法が使える女でございます。魔法使いのサリーちゃんです。



変な薬を飲まされて、体が縮んだりはしませんでした。

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