02 殴りたい、あの笑顔
「なんなのよ、あの平民女。ヒロインだからって優遇されて、あたしばっかり悪者になってるじゃない」
癇癪をあげた声のあとに、なにかが割れた音が廊下まで聞こえた。さっき運んだティーセットかなあ。あれ高いやつなのに勿体ない。
こういうとき、下手に部屋に入るとますます逆上するので、静まるまでは控えていたほうが無難。ただあんまり遅いと、「さっさと片づけなさいよ、あたくしが怪我でもしたらどうするの!」って金切り声をあげるので、時間配分が難しいんだけどね。
壁でも蹴っているのか、ドカドカ音が聞こえる。
「ブスのくせに生意気! あたしは『転生して悪役令嬢になってしまった』女の子なのよ! あたしを悪者に仕立てあげたヒロインが王子に媚びて、あたしを悪者に仕立てあげて――」
そこで声が途切れた。
次の瞬間、声のテンションが明るいほうに変わる。
「そっかー! いまはそういうときなんだー。あたしが悪者になってるのは、平民ヒロインが嘘ついて王子に言い寄ったせい。ということはこのあと、王子みたいなそこそこの男じゃなくて、もっとハイスペックなイケメンが現れて、あたしと結ばれるのね!」
そうきたか。
私は感心する。
よくここまで自分に都合よく考えられるものだ。
イザベラ様が悪者扱いされているのではなく、普通に周囲からしたら『悪者』なだけだとは思わないらしい。身分を笠に着て、他のお嬢様たちを子分扱いしてパシリにして、お茶会で悪辣な噂流してせせら笑ってる悪行の数々。学園卒業が近づく年齢ともなれば、さすがに許されなくなってくるのに。
うん。イザベラお嬢様が改心するのは無理そう。
転生物語あるあるの、悪役令嬢が前世人格のおかげで性格改善なんてことはあきらめたほうがいい。お嬢様の中にいるひとは、もともと性格に難があるタイプの女の子だ。
悪役令嬢の中に、同じタイプの人格が入ったパターン。
そんな奇跡のコラボ、いらない。
該当の漫画について、じつのところあんまり詳しくなかったりする。
物語の終盤で悪役令嬢が公衆の面前で悪行を晒される。当然、罪なんて認めないし、なんなら逆にヒロインに文句を言う。
ここまでずっと泣き寝入りしていた清純なヒロインだが、このときばかりは震えながらも毅然とした態度で反論。平民に言い返されたことで逆上した悪役令嬢はヒロインに掴みかかり、取り押さえられるのだ。
親に頼ろうとするも、ハイケム公爵家にも王家の手は伸びていた。犯罪に関わっていたとかで罪に問われ、一家総出で捕まって没落する。
そんな流れは知っているんだけど、どうもその後に第二部が開始されるらしい。アニメは断罪劇で終了しており、二期はなかった。どうやら第二部は、悪役令嬢を排除したあと新たな男子たちが登場し、王子を含めた男性陣による多角恋愛関係になるとかなんとか。
それは勝手にやってていいので、私としては、ハイケム公爵家の没落が問題。
私だけの問題じゃなくて、使用人みんなの問題。
こんな状況では紹介状なんて出ないだろうし、悪名高い公爵家に勤めていた使用人なんて、誰が雇ってくれるというのかね(反語)
雇用先の事情で退職する場合、失業保険はすぐに支給された前世の社会と違い、そんな手厚い待遇は期待できない。どうしよう。
あー。どっかに、この邸を使用人丸ごと買い取ってくれる大金持ち、いないかなー。
胸中で叫んでいると、お嬢様の部屋の扉がドバンと開いた。
顔を出したお嬢様が私を見つけ、睨みつける。
「ちょっと、なにぼーっとしてんの。あたくしのティーカップが割れちゃったじゃない、あんたの置き方が悪かったせいよ」
「申し訳ございません、すぐに片づけます」
「早くしなさい。これだから平民は使えないのよ」
割れた破片を片付けていると、珍しくお嬢様が話しかけてきた。
「ねえ、あんた、平民でしょ。アンっていう子、知らない?」
たしか主人公の名前がアンだったと思うので、そのことだろう。
とはいえ私は二十二歳、学生時代は遠くなりつつある年齢だ。お嬢様との年齢差は五歳。アンちゃんがどこの区画出身か知らないけれど、平民街は広いわけで。知り合う機会なんてないと思う。
「私の周囲に、そのような名前の方はおりませんので」
「ちっ、使えないわね。同じ平民なんだから、調べられるんじゃないの? 弱みとかさ。なんか、親が死んだから寮に入って、寮費も払えないから食堂で小銭稼いで免除してもらってるんだって。だっさー、みみっちいわよねー、うけるー」
殴りたい、あの笑顔。
ヒロインのアンちゃんと同じような境遇だった私に喧嘩売ってると思っていいですよね。まあ、イザベラお嬢様は私の身の上なんてご存じないんでしょうけど、人として終わってると思うんだよ、あの発言。
これ以上、聞いていたくもないので早々に片づけて撤退した。
悪口って聞いてるほうも疲れるよね。あれもひとつのハラスメントだよ、まったく。
割れた茶器を庭の片隅にあるゴミ置き場まで持っていったとき、通用門のすぐ傍で立ち話をしている誰かに気づいた。
ゴミ置き場というのは基本的に『ひとけのない場所』に設置される。立ち入るのは使用人かゴミ収集の業者だけ。そのため、隠れてこっそり話をするにはもってこいの場所ではある。だからといって、不穏な話とか聞きたくないわけでして。
「裏帳簿は隠し金庫の中で間違いない」
「金庫の鍵の複製は作成済だ」
「娼館で鍵を無くしたなんて、さすがに言えないらしい」
「だが、時間の問題だろう」
「鍵を変えられるまえに中身をすり替えたほうがいいな」
そんな、いかにもヤバそうな話、一介のメイドが耳にしていいわけがない。消される未来しか見えない。どうしよう。
悪役令嬢が、悪役令嬢として書かれていてもいいじゃない。だって悪役令嬢なんだし。




