その後のはなし 後編
邪魔が入らずに話ができる場所はどこだろう。
ひとの姿がないところを求めて、私たちがやってきたのは、はいゴミ置き場です。我ながら情緒がないと思うけど、仕方がない。
「こんなところでする話でもないんだけど、聞いてくれるか」
「はい、なんですか?」
「レヒトが言ってた。君に付き合ってほしいと申し込みをしたと」
「あ、はい。断りましたけど」
「そうしたらルーベルが『じゃあ、俺が貰っていい?』って」
「あらまあ」
ノリ軽いなー。らしいといえば、すごくルーベルさんらしいけど。
「冗談でもそんなこと二度と言うなって言ったら、告白もまだしてないヘタレに言われたくないって、言われて」
「それはそれは、お疲れさまです。男子同士のノリはよくわかりませんけど、大変ですね」
男同士でも、そういう女子的な盛り上がり、するもんなんだね。
私が同情を込めて言うと、ヴォルフさんは驚愕の眼差しを向けてきた。
「あのさ、俺はさ、わりと頑張って君にアピールしてたと思うんだけど、もしかしてもしかしなくても、まったくちっともさっぱり伝わってなかったりするんだろうか」
「なんの話ですか?」
質問に質問で返すのはよろしくないとわかっているけど、訊き返したくもなるというもの。私の返しにヴォルフさんはまたも驚いた顔になる。
さすがの私も頭をフル回転して考え、ひとつひとつ言葉にしていく。
「えっと、その、ヴォルフさんが私に優しく声をかけてくれていたのはわかってますよ。同世代で同期みたいなもんで、一緒に頑張ろうぜ、みたいな」
「そういう解釈になるのかよ」
「私が貧乏育ちで、公爵家に来て美味しいものが食べられて嬉しいーって言ってたから、私のリクエスト優先してくれて」
「たしかにそういう下地もあってサリー優先が黙認されてたところあるけど、べつにそれだけじゃないし」
「えっと、でも」
「まだなにかあるの!?」
ヴォルフさんの顔がだんだん悲壮感に溢れてくる。こんな余裕ないかんじ、初めてかもしれない。
「珍しく余裕がないですね」
「いつも余裕なんてないよ、あんなのただ単にカッコつけてただけに決まってるだろ、好きな子にはハッタリかましてでも余裕ぶって見せたいだけだよ!」
「――え?」
好きな子。
その『好き』の意味は。
「また誤解してる、というか、サリーはわざとそういう遠回りな解釈をするよね。どうして」
「どうして、と言われましても」
だってほら、ヴォルフさんは自他ともに認めるアイドルフェイスで、共有財産的な美貌であり、誰かひとりが独占するものではなく、それが許されるとしたら、それこそ物語のヒロインのような女の子であって然るべきで。
もぞもぞとそんなことを言うと、ヴォルフさんは大きく溜息を吐いた。
「言ったよな。俺の見目が良いとしても、それは俺自身が勝ち取ったものじゃないって」
「はい」
「そりゃ前世なら、容姿を活かして芸能界って道もあるんだろうけど、ここは日本じゃないし、何度も言うけど俺は料理人になりたいわけ」
「はい」
「俺は、好きな子には優しくしたいし、優先したいし、望みを叶えてあげたいの」
「はい」
こんこんと。ひとつひとつ、諭すように、言い聞かせるように、ヴォルフさんが告げる。
呆れたり焦っていたりちょっと怒っていたりした声色は、次第に落ち着いて、いつもの優しい、私の好きな声になってきた。
うん、私はヴォルフさんのこういうトーンで話す声が好きだ。
ずっと聞いていたいぐらい好きだし、たまに思い返して反芻して、じんわり嬉しくなるぐらい好きだ。
先日、自分で押し込めて蓋をした心が溢れてくる。
声だけじゃなくて、ヴォルフさんのいる空間が、存在が好き。
視界に入らないと寂しいと思うぐらいに好き。
ずっと見ていたいと思うぐらいに好き。
一緒にいたいと思う。
強い独占欲がある。
「……私はヴォルフファン失格ですね」
「その推し扱い、いいかげんやめない? 大体、そういう意味で言うなら、サリーだってファンは多いんだからな」
「は? 冗談はやめてください」
そんな目で見られたこと、一度もありませんよ。私は年齢が下だったので、男性使用人たちからは、娘か妹ポジだったし。
「真面目で可愛い、いつも一生懸命で可愛い、お嬢様の横暴に耐えてる、俺が守ってあげたい。そんなかんじで私兵隊の野郎連中が騒いでたんだよ。ルーベルが押さえてなかったら、どうなってたと思ってるんだ」
「いや、そんなこと言われても」
「無自覚なとこも可愛いんだけど、ちょっとは意識してほしい。俺以外の男は警戒してほしい。無防備すぎて心配になるから」
「すみません、頭の中に平和ボケ日本人思考が根付いているので」
危機感が足りないと言われても困ってしまう。
「あ、でも意識するのはちょっと危険度が高いかもしれません」
「なにが危険なんだよ」
「私、どうもヴォルフさんへの好意を『相手はアイドルだから』とセーブしていたふしがありまして。ほら、アイドルってファンと付き合うと叩かれるじゃないですか」
その枷が外れてしまうと、手を伸ばしていい存在だと認識してしまうと、欲が溢れてしまいそうになるのだ。
「――都合よく解釈するからな」
「はい、私は」
「待った、俺が先。君から始められると、俺は周囲にいる全員に一生『ヘタレ野郎』の烙印を押され続けることになるから」
「はあ」
うーん。順番ってそんなに大事かな。
気持ちを伝えることに、男も女もないと思うんだけど。
だけどまあ、熱っぽく見つめられて、私の大好きな声で、彼の気持ちを聞くのは胸が震えるほど嬉しい。
「俺はサリーのことが好きだ。これから先も、一緒にいたい」
「私もヴォルフさんのことが好きです。職場を離れることを考えたとき、一番いやだと思ったのは、ヴォルフさんと一緒にいられなくなることでした」
職場恋愛なんて面倒なものだと思っていたけど、自分がその立場になると、常に好きなひとが目に入る空間は尊いものだと実感してしまう。まあ、喧嘩とかしたら、逆にイラっとくるのかもしれないけど。
そう言うと、ヴォルフさんも小さく笑った。
「喧嘩は引きずらないようにしよう。たしかに気まずい」
「私がうざかったら、ちゃんと言ってくださいね」
「うざいなんて思ったことないよ」
「オタクの面倒くささを舐めないでください」
「俺だって料理オタクだぞ、お互いさまだ」
好きなことに熱中するのは良いことである。
そんな結論に達して、私たちは顔を見合わせて笑う。
「さて。賄いでも作るか」
「なにを作るんですか?」
「約束しただろ?」
「お味噌汁とだし巻き玉子!」
記憶の奥底にある味を思い出して、よだれが溜まる。
「味噌は手元にないから探さないとだな。とりあえず海藻で出汁を取るところから始めよう」
「そうですよね、すこしずつ、ですよね」
「君に味噌汁を食べさせるために頑張るよ」
「その台詞、男女が違う上に古くないですか?」
「いいの。俺は、俺が作った味噌汁を好きなひとに毎日振る舞いたいんだ。それが俺の幸せなの」
「一生食べさせてください」
私の望みに頷いて、ヴォルフさんは誓いのキスをひとつくれた。
手を繋いで邸に戻ると、今度こそ拍手で歓迎される。
女性陣に祝福される私。
男性陣にこづかれ、もみくちゃにされるヴォルフさん。
ハイケム公爵家の没落が確定したその日、私たちは「くっつくの遅いんだよ」と怒られながら、ひっそりこっそり祝杯をあげた。
ひとまずこれで完結です。
最後までお付き合いいただき、ありがとうございました。
書ききれなかったネタ
・ヴォルフ父が、生家であるハイケム公爵家へ里帰りしたら、執事と家政婦長に「坊ちゃまあぁぁぁぁ、よくぞご無事でえぇぇぇ」って泣かれる
・サリーの魔法を国に売る際、本人の名前を出すと、研究機関に囲い込まれる可能性があるので、「俺の名前を出して」と言って、必ずヴォルフを通じて魔法式を流し、発案者がサリーであることはわからないようにしている過保護っぷり




