01 お仕えするお嬢様が悪役令嬢でした
「嘘でしょ、この顔、間違いない。あたし、悪役令嬢に転生してるー!?」
お嬢様の部屋からそんな悲鳴が聞こえて、私は足を止めた。
ハイケム公爵家のお邸は広大だけど、幸か不幸か、その言葉を耳にしたのはお嬢様付きメイドである私だけらしい。
その後もまるで自分に言い聞かせるように、つらつらと独白が続く。状況把握のために言葉にするのはわからなくもない。私もそうだったし。
そう、私も『転生者』ってやつなのだ。自分に別の人生の記憶があることに気づいた経緯は割愛する。
社会人の意識があったことでかなり大人びた子どもとして生活。教師の覚えもめでたく、平民でありながら公爵家の使用人として雇われる快挙を成し遂げた。
まあ、この公爵家がかなり評判が悪く、使用人がどんどん辞めているせいで、すんなり雇用されたらしいことが後でわかったんだけどね……。
さて。お嬢様の言った『悪役令嬢』というワード。その後に漏らした作品名には聞き覚えがあった。アニメ化された少女漫画だ。深夜アニメ飽和状態のなか、リアタイするほどハマっていたわけでもなく。配信サイトで視聴する程度の認知度。
内容はお約束のやつで、平民ヒロインをいじめた悪役令嬢が、王子に婚約破棄&断罪されたあげく、実家の公爵家にもメスが入って一家まるごと没落するのである。
「まさかあたしが悪役令嬢イザベラ・ハイケムだなんて、信じられないわ。でも、同じ顔だし」
ぶつぶつ言っているけど、ちょっとそこには物申したい。
だって漫画のキャラクターだよ? 二次元の絵と三次元の人間の顔が完全一致するってありえなくない? 見てすぐにイコールで結ばれるぐらいなら、漫画の実写化が叩かれることはないんだよ(血の涙)
◇
お仕えするお嬢様が悪役令嬢でした。
そんなまさか――とは思わなかった。むしろ納得した。それぐらい、イザベラお嬢様は性格がキツい。女子に嫌われる女子の典型っていうか。欲しいものはすべて手に入れる我儘娘で、両親はそれを認めているかんじ。使用人の評判はすこぶる悪い。
私がお嬢様担当なのはべつに『平民だから使用人の下位層』として、嫌な仕事を押しつけられているわけではないです。
平民女にマウント取っているのはお嬢様本人のほう。仲間たちはいつも同情してくれている。
あー、でもなー。これで前世の人格が出てきて、断罪回避のために改善してくれる可能性もあるよね。
旦那様の横領とか、ご長男様のギャンブル狂いとか、次男様のセクハラ&娼館通いとか。そういうのを正していってくれたら使用人一同、とても助かります!
なんて思っていた時期が私にもありました。
イザベラお嬢様、ぶれない。まったく言動が変わっていない。逆に居丈高になってきた。
なにかにつけて「こんなことも知らないの?」と言って、前世知識をひけらかす。見知らぬ知識で無双でもしたいのかしらないけど、言っていることが微妙に間違っている。合ってればまだいいんだけど、間違ってるからねそれ。
「イザベラ様が最近よく言っている『異世界ちーと』ってなにかしら?」
「俺は『前世ちーと』っていうのを聞いた」
「前世? ついに宗教にでもかぶれたのかしらね。なにか知ってるサリー」
ほっと一息の休憩タイム。
厨房の片隅で、若きイケメン料理人お手製の菓子を食べながら話していると、お嬢様の話題になった。
たしかに最近、その手の単語が頻出している。隠す気がまるでないのは、私のように転生仲間を認識する意味では正解だと思うけど、知らないひとからすれば、精神面を心配するだろう。
「さ、さあ? お嬢様、私に対しては辛辣なので」
「そうね、まともに話しかけず、わざとらしく無視するわよね」
「本当、よく耐えてると思うわサリーは」
「ほら、食べな食べな。ヴォルフお手製のクッキー」
レーズンと砕いたフレークを混ぜて丸めたクッキーは、ザクザクとした歯触りが楽しいお菓子。
貴族の世界では、混じりけのないものが持てはやされるので、こういうのは庶民菓子として嘲笑されがち。敢えて食材を混ぜることにより、使用人のための賄いの体裁を取って作成しているっぽい。使用している材料は上質なので、味はもちろん最上級。
ヴォルフさんは顔で雇われた料理人だけど、腕もいい。なお顔で選ばれたのはみんな知っているので、本人もネタ扱いしているところだ。
ちなみに奥様がイケメン好きです。そしてショタ寄り。
ヴォルフさんは奥様の守備範囲から外れていたので、毒牙にはかからなかったと聞いている。年齢なんて重要事項、面接時点でわかるでしょうに、どうして雇ったんだか。それでも顔面偏差値は高いので、雇用されているようだ。
金持ちの思考回路はよくわからないね。わかりたくもないけど。
勧められるままクッキーを食べていると、対面に座っているヴォルフさんと目が合った。
黒髪に琥珀色の瞳が美しいコントラスト。いつもながら、料理人にしておくには惜しいビジュアルである。前世日本なら、『イケメンシェフ』とか『イケメンパティシエ』とかって雑誌で特集組まれてそう。
目の保養というのもわかる気がする。彼が雇われてからは、食材の配達や御用聞きにやってくる若い女の子が増えたらしいし。私にとっては同世代の仲間だけど、外部の人間だったらミーハー心が騒ぐかもしれない。
「サリー、なにか食べたいものある? 次の賄いで作るよ」
「ヴォルフさんの作るものならなんでも美味しいんですけど」
「君の望みを叶えたいんだ。どうかな?」
ふんわり微笑んで小首を傾げる。一緒にテーブルを囲んでいるメイド仲間が黄色い声をあげた。
わかる。わかるわー。アイドルばりの仕草だよね。特別な意味はないってわかっててもドキドキする。
ヴォルフさんは己の顔面効果を認識していて、こういう『あざとい』ことをするのだ。奥様の侍女はよく「寿命が延びるわああ」と言っている。おかん世代の心すら鷲掴みするイケメン力。すごいよね。
何が食べたいかと問われたら、私の心は和食を求めてしまうのだけれど、欧風世界でそれは無理なわけでして。
だから私はいつも無難な答えを返すしかない。
「今日はすこし肌寒いので、リゾットとかどうでしょう?」
「了解。チーズたっぷりでね」
「怒られない程度でお願いします」
「大丈夫大丈夫」
ヴォルフさんは笑っているが、その背後で仕込み中の料理長はどう思うかね。
「こらヴォルフ、いいとこ見せたいからって安請け合いしてんじゃねえぞ」
その声に使用人たちが笑う。
ハイケム公爵一家は軒並み性格悪いけど、使用人たちはみんないいひとなんだよなー。
お嬢様、なんとか開眼して、お家存続に力を入れてくれないかしら。




