第1話scene2.5
――授業中、教室。
チョークが黒板を叩く音が、一定のリズムで響いている。
国語の授業。内容は古文。正直、今の水無月実花の頭には一文字も入ってこない。
(……残りの勇者)
頬杖をつき、視線だけを黒板に向けながら、思考を巡らせる。
国語の授業は淡々と進んでいた。
黒板に書かれる文字。
担任の声。
ページをめくる音。
そのすべてが、水無月実花の耳には遠い。
(……)
視線は前を向いたまま、
思考だけが、今朝へと引き戻される。
――あの、憎たらしい牛のぬいぐるみ。
『あのよぉ、意気込むのは良いんだけどよ』
軽薄な声が、頭の奥で蘇る。
『お前一人じゃ無理だぜ』
(……どういうことよ)
当時、そう問い返した自分の声もはっきり覚えている。
『破壊神を倒せるのは勇者十傑……
10人の勇者だけだ』
(勇者……十傑……)
ノートに視線を落としながら、水無月は眉をわずかに寄せる。
(私以外にも、勇者がいるってこと……?)
『当たり前だぜ!』
牛は、得意げだった。
『お前が勇者なのは確かだけどよ。
お前のほかに、9人いるぜ』
(……)
胸の奥に、小さな棘が刺さる。
(必要ないわ)
その時、即座にそう言い切った。
(私一人で、十分)
それは強がりでもあったし、
本心でもあった。
誰かを巻き込みたくなかった。
誰かが傷つく未来を、最初から排除したかった。
『無理すんな!』
牛の声は、やけに必死だった。
『無理無理無理ぃ!
破壊神なめんなだぜ!!』
(……)
水無月は、机の下でぎゅっと指を握る。
破壊神。
――中谷省吾。
彼の名前が、
意識せずとも浮かび上がる。
(……)
勇者は一人じゃ足りない。
頭では、わかっている。
それでも。
(……それでも)
自分以外の誰かを、
この戦いに引きずり込む覚悟は、まだなかった。
教室では、変わらず授業が続いている。
誰も知らない。
誰も気づいていない。
この平穏な教室の中に、
破壊神と勇者が揃っていることを。
水無月は、静かに前を見つめた。
(……どうすればいいのよ)
答えは、まだ出ない。
勇者十傑。
破壊神に対抗するために選ばれる、特別な存在。
(……あと、何人)
確かなことが一つある。
――この学校の中にも、勇者の気配はある。
昨日から、微かだが感じるのだ。
あの“違和感”。
(勇者になるような人なら……)
自然と、条件を洗い出していく。
特別な才能。
突出した能力。
人の上に立つ資質。
(……目立つ存在になる可能性は高い)
普通の生徒に紛れているとは、考えにくい。
そう考えると、候補は自然と絞られてくる。
(まず……高永)
学年トップの成績を誇る優等生。
常に冷静で、教師からの信頼も厚い。
(知力型の勇者……あり得る)
次。
(新井崎)
野球部の絶対的エース。
体格、反射神経、精神力、どれを取っても群を抜いている。
(……戦闘型なら、間違いなくここ)
そして――
(青峰先輩……)
生徒会長。
圧倒的なカリスマ。
そして、あの異様な力。
(……)
そこまで考えて、水無月は小さく息を吐いた。
(この辺り……かしら)
問題は、次だ。
(……どうやって確認する?)
勇者であるかどうかを見分ける方法。
それを――水無月は知らない。
剣を向ければ反応する?
魔力を流せば?
それとも、特定の言葉?
(……全部、推測でしかない)
間違えれば、ただの一般人を危険に晒すことになる。
(正直……向こうから名乗り出てくれないかしら……)
心の中で、そんな都合のいい願いを呟く。
チョークの音が止まり、教師が振り返る。
「水無月。ここ、読んでくれ」
「……はい」
水無月は姿勢を正し、教科書を開く。
だが、視線の奥には、
すでに教室の外――
破壊神と勇者が交差する未来が映っていた。
(時間は、あまり残されていない)
何も知らずに笑っている、
あの少年の顔を思い浮かべながら。
水無月実花は、静かに覚悟を固めていた。
――この学校は、
もう普通の場所ではいられない。




