第4話 scene1
授業中。
黒板に向かう教師の声は、富永翔の耳にはほとんど入っていなかった。
(……限界だ)
富永は気づいていた。
いや、気づかないふりをしていただけかもしれない。
――微妙な距離作戦。
水無月実花が告白の返事を保留し続け、
中谷省吾は「NOではない」という言葉だけを支えに精神を保つ。
その均衡は、あまりにも綱渡りだった。
(このままじゃ……どこかで必ず崩れる)
富永の脳内に、もう一人の富永が現れる。
〈無理だろ、これ〉
〈無理だよな……〉
脳内の富永は、がっくりと膝をつき、床に手をついた。
(でも……)
富永は歯を食いしばる。
破壊神を刺激しないこと。
水無月を守ること。
そして何より、学校と町を守ること。
(諦めるわけにはいかない)
考えろ。
考えるんだ。
――そして、放課後。
◆◆◆
下校時間。
三人は、横一列で歩いていた。
ただし配置が、明らかにおかしい。
中谷省吾――右。
水無月実花――左。
そして、その真ん中に富永翔。
水無月は、内心で首を傾げていた。
(……助かった?)
いや、確かに中谷と二人きりよりは安全だ。
だがこの状況は、この状況で異様すぎる。
(助かったと言っていいのかしら……?)
省吾が、不満を隠そうともせずに口を開く。
「……なんで?」
低い声だった。
「なんで冨永君が、ここにいるの?」
水無月(……そうよね、普通そう思うわよね)
水無月も、戸惑いながら尋ねる。
「冨永君……これは……?」
富永は、一瞬言葉に詰まり、それから苦し紛れに言った。
「……いや、その……心配だったから……」
即座に、二人の声が重なる。
「「何が?」」
水無月は、顔を近づけ、富永に小声で詰め寄る。
「ねえ、なんなの?どういう状況?」
富永も小声で返す。
「大丈夫だから……俺に任せて」
その直後。
「冨永君、邪魔なんだけど」
省吾の声と同時に、
足元の地面が――ミシミシ、と嫌な音を立てた。
ひびが、走る。
富永は即座に割って入る。
「おおっ、落ち着け中谷君!これは二人にとって大事なことだから!」
「……大事?」
省吾が眉をひそめる。
富永は、勢いだけで語り始めた。
「そうだよ!だってほら、いきなり二人きりとか気まずいし緊張するだろ?
水無月さんだって困ってしまうさ!
前にも言ったけど、こういうのは焦らず徐々に、だ!」
水無月(……何を言ってるの……?)
富永は止まらない。
「だからまずは俺が二人の間に入る!
明日から少しずつ……そうだな、10センチくらいかな?
徐々に離れていくんだ!そうすれば気まずくならずにうまくいくはずだから……!」
(俺、何言ってるんだ……?)
富永自身が一番混乱していた。
省吾は、じっと富永を見てから、正直に言う。
「……今、すでに気まずいんだけど。
冨永君が真ん中にいる感じとか」
「違うぞ!」
富永は必死だった。
「今、俺がここにいるから何とか歩けてるんだ!
いなかったらとんでもないことになってるぞ!」
省吾は、割れかけた地面を見下ろし、
「……そう……なのかな……?」
水無月も、慌てて頷く。
「そ、そうよ……冨永君のおかげよ」
(水無月は思った)
――とりあえず助かった。
でもそれ以上に、
この無理筋すぎる詭弁に、ただただ唖然としていた。
省吾は、ぽつりと呟く。
「なんか……思ってたのと違う……」
三人の影が、夕暮れの道に、歪に伸びていた。




