第3話scene6
チャイムとチャイムの合間。
生徒たちの足音と話し声が、廊下に雑音のように満ちていた。
富永翔は、人の流れを避けるように歩きながら、水無月実花に小さく声をかける。
「……水無月さん、ちょっと」
「?」
省吾の姿がないことを確認し、富永は柱の陰で立ち止まった。
休み時間は短い。
だが、今話さなければならない。
富永は、やや言いにくそうに切り出す。
「じつは……中谷君が」
その一言で、水無月の胸がざわつく。
「……まさか」
富永が続きを言う前に、水無月は察してしまった。
「ええっ……一緒に……?」
――一緒に下校。
休み時間のざわめきの中で、その言葉だけが妙に浮き上がる。
(……嬉しくないわけじゃない)
正直な感情だった。
学校が終わったあと。
並んで歩く帰り道。
それは、普通の女の子なら胸が高鳴る提案だ。
(でも……)
水無月は、唇を噛む。
(勇者としては、困る)
今はまだ、距離を測る段階だ。
曖昧で、微妙で、踏み込みすぎない関係。
それが、破壊神を刺激しないための、唯一の安全圏。
(それに……)
中谷省吾の告白。
あの真っ直ぐで、逃げ場のない視線。
休み時間ですら、あれほどの圧なのだ。
放課後、二人きりで向き合えばどうなるか――考えなくてもわかる。
水無月の思考が、勝手に未来を描き始める。
――脳内シミュレーション。
***
放課後の校門。
二人並んで歩く。
距離が、近い。
中谷がちらりとこちらを見る。
微笑む顔。
思わず、少しだけ頬が熱くなる。
(……だめだめ)
「あ……あの、返事……」
来た。
「うーん……」
言葉を濁す。
「返事……」
間が詰められる。
「ふふ……」
困ったように笑ってごまかす。
――その瞬間。
ミシッ。
足元の地面に走る亀裂。
電柱に入る不穏なひび。
(……まずい)
中谷の感情が揺れた途端、世界が反応する。
道路が割れ、建物が悲鳴を上げる。
(止めて……!)
だが、制御できない。
――暴走。
***
「……っ!」
水無月は、はっと現実に引き戻される。
目の前は、休み時間の廊下。
生徒の笑い声。
靴音。
すべて、いつも通り。
ただ、自分だけが。
じっとりと汗をかいていた。
(……無理)
今は、まだ無理だ。
水無月は、短く息を整え、富永を見る。
「富永君……」
一拍置いて。
「……無理」
きっぱりとした拒絶だった。
富永は、その一言に肩をすくめるように息を吐く。
(……やっぱり、そうなるよな)
廊下の向こうで、誰かが省吾の名前を呼んでいる。
休み時間は、もうすぐ終わる。
水無月は、胸の奥のざわめきを押し殺しながら思う。
(私はまだ……選べない)
一緒に帰ることも。
告白に答えることも。
そして――
破壊神をどうするのかも。
チャイムが鳴る。
現実が、再び動き出した。




