第3話scene2
朝の通学路。
――異変は、あまりにも静かだった。
中谷省吾は、いつも通り歩いている。
いや、“いつも通り”どころではない。
何も壊れていない。
舗道は無傷。
電柱も健在。
周囲の建物にも、ひび一つ入っていない。
その様子を、少し離れた場所から見つめる人物がいた。
青峰咲良。
(……どういうこと?)
破壊神が、破壊していない。
ありえない光景に、青峰は思わず足を速めた。
「中谷君……どうしたの?
何があったの?」
声をかけられ、省吾は立ち止まる。
「どうもしてませんが……?」
そう答えつつ、なぜか本能的に警戒し、後ずさる。
次の瞬間。
青峰は省吾の襟首をつかみ、ぐっと引き寄せた。
「どうもしてないわけないじゃないの!」
苛立ちを隠そうともしない声。
「何も破壊できていない!
破壊神の力はどこへ行ったんですの?」
「な、何を言ってるんですか?
破壊神って……何ですか?」
青峰は叫ぶ。
「破壊神は破壊神よ!
あなた、破壊神でしょ!!」
省吾は一瞬、記憶の奥を探る。
(……そういえば、そんな夢を見たような……?)
だが、すぐに首を振った。
「でも今の俺には関係ない!
俺は――水無月さんに恋する、
ただの男子なんだ!!」
その言葉に、青峰の顔が凍りつく。
「……なっ……なんてこと……」
そして、目を細めて、狂気じみた笑みを浮かべた。
「恋する男子の前に、破壊神であるべきなのに……」
青峰は、ゆっくりと省吾を抱きしめる。
「だったら、男子としての満足は
私が叶えて差し上げる」
耳元で囁く。
「さあ……満足して、
破壊の限りを尽くしましょう?」
「なっ……何を……!」
省吾は完全に動揺した。
そして――
視線の先に、見慣れた姿を見つける。
水無月実花。
「ま、まずい……
こんなところ、水無月さんに見られたら……」
その動揺が、ストレスとなり――
ミシミシ……
地面が軋み、ひび割れが走る。
「中谷君!」
駆け寄ってきた水無月は、迷いなく彼の前に立った。
そして、にこりと微笑む。
「大丈夫よ。
こんなことくらいで、
私たちの愛は変わらない。安心して」
「……私たちの、愛……?」
省吾の目が輝く。
「ということは……返事は……お――」
「保留よ!!」
食い気味の即答。
「……保留……」
低く、地鳴りが始まる。
(やばい)
水無月は即座に修正を入れた。
「保留……だけど!
限りなくOKに近いというか、
近づいている保留よ!!」
省吾は数秒固まり――
「……限りなく、近い……」
次の瞬間、満面の笑み。
「そうか……そうなんだ!!」
地鳴りは止み、
割れかけた地面が、元通りに修復されていく。
青峰は、その光景を呆然と見つめた。
「……なんてこと……」
水無月は、深くため息をつく。
「……疲れる……
身が、持たない……」
こうして今日も――
世界は“保留”によって救われたのだった。




