鸚鵡
〈陽光が季節裏切る秋である 涙次〉
【ⅰ】
さて、これから先は枝垂哲平と桂憂花のお話です。
臺湾には「思念上」のトンネルなんてない。從つて魔界を(人間界向けには)自由に出入り出來ない。だから憂花は幾ら枝垂が戀しくても、追つては來られない。で、憂花は枝垂の夢枕に立つと云ふ方法を採つた。「枝垂さん」‐憂花、日本語堪能である‐「またこつちに來る?」憂花と枝垂の契りも夢の中で行はれた... それをしも罪と認める枝垂が糞(失敬!)眞面目と云ふか何と云ふか。
幾ら夢だと云つても、間近に接近しなければ親密な仲にはなれない‐ 憂花は話をする、顔を見る、と云ふだけぢや物足りないのだ。何せお年頃の彼女。
【ⅱ】
然も彼女は、あらう事か枝垂の子を身籠つてゐた‐ こゝで枝垂の名誉の為云つて置くなら、飽くまで夢の中での出來事。普段の(魔界に於ける)彼女は、妊婦ではなく、要は想像妊娠、を彼女はしてゐたつて譯。だから子を成すにも、夢の中だけの子しか産めない。
【ⅲ】
「当分そつちへは行けない。日本でシグナスX(前回參照)を賣らなきやならない」‐「さう.... わたし淋しいわ。貴方との赤ちやん、大事にするから‐」。枝垂、愕然とした。彼は前述の「想像妊娠」の件は知らない。「だつてあれは夢の中での‐」と云ひかけたら、憂花、「女の武器」を持ち出した。しくしく一頻り泣いて見せた後、(この人に、夢と現實との區別付かなくさせちやおつと。)意地惡なのである。其処ら邊は流石に【魔】の娘、である。
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〈癇癪玉破裂する迄眠れない私は何て莫迦正直か 平手みき〉
【ⅳ】
ところが、この夢の中での經緯を見てゐる第三者がゐた。カンテラである。「シュ―・シャイン」はやはり彼に、枝垂と憂花の事を報告してゐたのだ。「たかゞ(と云つたら憂花には惡いが)夢の中での事を‐」それと同時に、「やつぱり女は怖いな」とも思つた・笑。で、だうするカンテラ? と自分に問ふ。(斬るつてのも藝がないしなあ。)‐ふと気付いたのだが、このコ、實體は何だ? 魔界の出身者には、ハーフでもない限り、必ず實體がある。要するに妖魔としての、本性を現はす時用に。タイムボム荒磯にも時軸母子にも、まるで「翁」の實體が一本の櫟の老木であるかのやうに、隠された「本體」があるのだ。
【ⅴ】
(それを見せれば、枝垂も「退く」かも。)と云ふ事で、テオに命じて、桂憂花なる【魔】の身上調査をさせた。
「兄貴、分かりました! 憂花の實の姿、鸚鵡ですよ」‐「鸚鵡! ぢや良く喋る譯だ」‐「然も彼女、人間としての見てくれよりも艶やかだ~つて云ふくらゐ、立派な鸚鵡なんスよ」‐「ふーん。ぢや哲平、飼つてやりや、話は丸く収まるぢやないか。テオ、さうは思はん?」‐「卵産んだりして」二人とも他人事と思つて云ひたい放題である・笑。
【ⅵ】
カンテラは枝垂に會ひに行つた。ちよつとお節介かな、とも思つたが、日頃不愛想過ぎな自分としては上出來、だとも思つた。
「やあ哲平。調子はだう?」‐枝垂、見るからに暗鬱さうな顔だつたが、「まあまあですよ」と取り繕ふ。(健氣なやつちや)カンテラ、感心したが、「ところでお主、鸚鵡を飼ふ積もりはないか?」‐「鸚鵡、ですか。いきなりですね」‐「惡い惡い(何で俺が謝らなければならないんだ)、突然過ぎたか。實はお主の想ひ人、想はれ人、か。實體は一羽の美しい鸚鵡だ」‐「え、マジつスか」‐「シグナスXの件が片付いたら、もぐら國王に臺北にでも『思念上』のトンネル、掘つて貰へばいゝ。それで迎へに行くんだ」‐「はあ」。それでも枝垂、實感が湧かないのか、浮かぬ顔である。
【ⅶ】
「これが俺の考へ得た最上策なんだ。不滿は?」‐こゝでやうやく何とか枝垂らしい、好靑年の笑顔。「わざわざ濟みません、お禮は、シグナスが賣れたら、たんまりと」‐「いゝつて事よ。俺にも仲人狂の安保さん、佐武ちやんの氣持ちがちと分かつたよ」
次の憂花の夢で、枝垂は云つた。「鸚鵡としてだが、俺の傍に仕へる氣はないか?」‐「えー!」‐「それが駄目なら、諦めて子供産むなり何なりしてくれ。頼む! この通りだ」
【ⅷ】
と云ふ譯で、大分後にはなつたが、枝垂のマンションには一羽の鸚鵡がゐる。國王の旅費等經費は掛かつたが、このクラスの鸚鵡一羽の価格と比べると、破格の安さださうだ。
「憂花チヤン、愛シテル」と喋るのは、惠都巳には聞かせられないなあ、と枝垂は苦笑した。
そして或る日の事、鸚鵡(勿論憂花と名付けた)は卵を産んだ‐ 其処から先は、カンテラにはだうにもしてやれなかつた。つー事で、この話、閉幕。
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〈もう少しじわりと來いよ日に云ふ秋 涙次〉
PS:「實體が吸血蝙蝠だとか狼女だつたなら、斬つてお仕舞ひにするところだつたが... 鸚鵡なら穏便に濟ますしかないぢやないか」と、カンテラ。
登場人物の大半の説明は、次回当該シリーズ第100回目(通算第300回!)にする豫定です。作者より一言。ぢやまた。