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新月の夜、吸血鬼と出会った。  作者: 結城 ユウキ
第二章 吸血鬼と日常
8/18

第七話

 気がつけば、恵人は人通りの少ない住宅街に入っていた。

 図書館を出たあとも考えつく限りの場所を見て回ったが、ノアは見つからず、ただ時間だけが過ぎていった。


 きっとノアは、恵人が見つけられなくとも、恵人が寝ている時間に戻ってきてご飯とお弁当を作っては恵人が起きる前に家を出ていくだろう。

 そしてある程度時間が立ったら何事もなかったかのように戻ってくる。


 けれど、それでは駄目なのだ。

 恵人が見つけなければならない。

 いつまでも待っているだけでは、何も変わらない。


 だが、時刻はもう十八時を迎えようとしている。日は落ち、辺りはすでに暗くなり始めていた。

 このままなにもできないまま終わるのか。

 むざむざと家に帰るのか。

 悔しさでどうにかなりそうだった、その時。

 ふと前を見えると、買い物袋を手に下げた主婦が二人、前から歩いてくるのが見えた。何やら会話をしている様子。


「あんな綺麗な子、いるんだねえ」

「ねえ。外国の方かしらね」


 ノアだ、恵人は直感でそう思った。

 だから気づいたときには、声をかけてしまっていた。


「その人、どこにいましたか⁉」


 当然、主婦二人はぎょっとした顔で驚いていた。当然だ、突然手袋とマフラーを身につけた男子高校生に先程まで話していた会話の内容を聞かれたのだから。

 だが人間は、こういった状況では案外反射で行動してしまう。この主婦も例外ではなかった。


「あっちの公園だけれど……」

「ありがとうございます!」


 雑に例を言いながら、恵人は既に走り始めていた。

 これだけ全力で走ったのはいつぶりだろうか。


 息が苦しい。

 肺がはち切れそうで、足も千切れそうなほど痛い。

 それでも、恵人は走ることをやめなかった。

 やめてしまったら、ノアに会えない気がしたから。

 やめてしまったら、ノアが離れていくような気がしたから。

 気づけばマフラーも手袋も取っていた。

 他人のことなんか考えている余裕なんてない。

 今はただ、ノアのことだけを考えていたい。

 走って、走って走って走って。


 ――見えた。


 薄暗い夜の公園でブランコに座り、街灯の光に照らされた物憂げな表情の吸血鬼が、確かにいた。


「ノア!」


 ノアの姿を見つけた瞬間、恵人はそう叫んでいた。

 ノアは驚いた様子でこちらを見た。突然マフラーも手袋もつけていない息を切らした恵人が現れれば当然かもしれないが。


「け、恵人? どうしてここに……?」

「会いに……来たんだよ……」


 膝に手をついて、息を切らしながら答える。なんとも情けない姿だと、自分でも思う。

 そのままなんとか息を整えて、改めてノアに向き直る。


「言いたいことがあって来たんだ」

「……うん」


 ノアもブランコから立ち上がり、恵人の正面に立つ。


「昨日は、ごめん。酷いことを言って、ごめん。ノアは俺のために言ってくれたのに、それを蔑ろにしてごめん。謝ることもエゴかもしれないけど、それでも俺は謝りたい」


 ノアは黙って話を聞いてくれている。本当に、ノアの優しさに救われるばかりだ。


「あの後色々考えたんだ。最初はノアだけいればいいって思ってた。でも、ノアと過ごしていくうちに、もっといろんなことを経験したいって思い始めてたんだ。今までできなかったことをやってもいいんじゃないかって。それなのに、ノアにそれを指摘されたら、意固地になっちゃって……」


 本当に情けない話だ。ノアのおかげでそう思えるようになっていたのに、そのノアに逆ギレするなんて、まるで子供だ。自覚すればするほど恥ずかしく思えてくる。

 けれど我が身可愛さにその羞恥から逃げる訳にはいかない。


「だから俺は決めたんだ。友達を作る。今まで見ようとしてこなかったものに目を向ける。それで、自分が納得のいく幸せの形を見つける。忌み子に生まれたから幸せになっちゃいけないなんてことはないって、教えてくれたのはノアだから」


 ノアの真紅の双眸を見つめる。その瞳は出会ったときから変わらず、濁りもなく透き通っている。まるでノアの心を映しているかのように。


「でも、その前に。俺はノアのことを知りたい。今だってノアのこと見つけられたけど、それも偶然で。ノアが何を好きでどんな場所にいるか、想像もつかなかったんだ。一ヶ月も一緒にいるのに、ノアのこと何も知らなかった。だからもしこれからも一緒にいてくれるなら、教えてほしいんだ、ノアのこと」


 言いたいことは、言えた。

 思っていることを、言えた。

 後はノア次第。

 どんな言葉が返ってきても受け止めよう。そんな気持ちで恵人はノアの言葉を待った。


「私はね、結構いろんなものが好きだよ。日本でよく食べるのはそうだなー、オムライスとかハンバーグとか! 子供っぽい食べものが好きみたい。恵人と同じだね」


 ブランコに座り直して、ノアは明るく話し始めた。


「あ、旅行とかも好きだよ! 京都とか大阪、あとは北海道とかも行ってみたいかなー」


 許されるのであれば、ついて行きたい。


「でもそれと同じくらいお家でまったりするのも好きかなー。ダラダラするのって、最高だよね」


 その隣で、ノアの顔を見ていたい。


「でもね、私が一番好きなのは」


 ノアはブランコに座ったまま、優しく微笑んで言った。


「例外なく君なんだよ、折原恵人くん」


 その言葉に、恵人は驚きを隠せなかった。恵人がノアを好きになる理由はあっても、ノアが恵人を好きになる理由がない。


「理由ならあるよ」


 恵人の疑問に先回りするかのように、ノアは答えた。


「私ね、恵人に会う一ヶ月くらい前から君のこと観察してたんだ」

「観察……?」

「そ、二十四時間みっちりね」


 ほとんどストーカーに近い行為だが、ずっと疑問に思っていたノアがなぜ恵人の家を知っていたか、通学路に突然来たのかなどの説明が一応はついた。

 それにしてはなんだか詳しすぎる気もしないでもないが、そこは一旦目を瞑るとして。


「……なんでそんなことを?」

「そりゃあ恵人の人となりを見るためだよ。でも見て大正解だった。自分だって相当生きづらいはずなのに、困ってる人がいたら助けて、周りに迷惑かけないように気を遣って生活して。人が良いってこういうことを言うんだなって思ったよ」


 ノアは続ける。


「でもね、それと同時に、いつか潰れちゃうだろうなとも思ったんだ。君は忌み子だけど人間だからね、心も体もそんなに丈夫じゃないんだよ。だからこそ、私が君の隣にいて支えたいって、思ったんだ」


 素直に嬉しいと、恵人は思った。

 自分が今までやってきたことは、誰にも見られていないと思っていた。

 困っている人を助けても、恵人が忌み子だとわかると何も言わず立ち去る人が多くいた。

 この呪いで人に迷惑をかけないようにと、日々神経をすり減らして生きてきた。

 でも、見てくれる人が、いた。

 そんな人がこんな自分を支えたいと思ってくれている。そんな嬉しいことはない。

 けれど、どうしても信じきれない自分もいた。


「でもそれは、俺が忌み子だっていうバイアスがかかってるからじゃないの?」

 我ながら面倒くさいことを聞いてしまった。


 だが、ノアはあくまで吸血鬼。恵人は忌み子。

 吸血鬼のノアは忌み子の血を求めてわざわざ日本にやってきたのだ。恵人でなくともよかったと言えなくはない。


「まあ、かかってないと言えば嘘になるかな。忌み子はそれだけ、魅力的だし」


 ずきりと胸が痛む。予想していたとはいえ、面と向かって言われると流石に凹む。

 けれど次に発せられるノアの言葉は、意外なものだった。


「でもね、もし私が人間でも、選んでたのは恵人だったと思うよ」

「……え?」

「それに足る証拠、見せてあげるね」


 ノアはそう言うと、ぱちんと指を鳴らした。

 瞬きをした瞬間に、目の前のノアは小学校低学年くらいの女の子になっていた。けれどその姿に、恵人は見覚えがある。


「……君はコンビニの――」


 二ヶ月ほど前、近所のコンビニで買い物をした際に、同じく買い物をしていた女の子が電子マネーの残高が足りずに買えなくて不足分を少し出したことがあった。

 一歩間違えれば不審者物だが、その子が素直に受け取ってくれてよかったと後で思ったことを思い出す。

 そしてまた、ノアは指を鳴らす。

 今度は幼稚園児くらいの男の子。この子もまた、見覚えがあった。


「……迷子だった男の子」


 先程の女の子と同時期に、道端で迷子になっていた男の子を交番に届けたことがあった。

 指を鳴らす音が聞こえる。

 次はお腹を大きくした成人女性。


「……席を譲った妊婦さん」


 電車に乗った際、その日は疲れ切って座っていたが、目の前にマタニティマークを付けた女性が来たので席を譲ったことがあった。

 普段電車に乗ることは滅多にないが、その日はどうしても乗らないといけない日であったので、よく覚えている。

 恵人はまた、指が鳴る音を聞いた。

 その後も彼女は指を鳴らすたびに、恵人が見覚えのある人間に変わっていった。

 四十歳前後のサラリーマン。

 腰の曲がったおばあちゃん。

 紳士的なおじいちゃん。

 そのどれもが、ここ最近恵人が何かしら関わった人であった。


「……」


 驚いたというかなんというか、とにかく言葉が出なかった。

 確かに妙に連続してこういうことがあるなとは思っていたが、まさかすべてノアの仕業だったとは思っていなかった。

 それに加えて吸血鬼の能力も驚きだ。ここまで全くの別人になれるのであれば、もうなんでもありといったところだ。


「私はね、恵人」


 恵人が固まっているところに、ノアは優しく語りかけた。


「君の優しさを、直に受けたんだよ。老若男女誰にでも手を差し伸べる、君の優しさをね」


 今まで、誰かが困っているところを助けたところで誰にも見てもらえなかった。それどころか、手を差し伸べた人に忌み子だからと拒絶されたこともあった。

 だが、ノアはそんな恵人を見てくれた。『忌み子の折原恵人』ではなく、『人間の折原恵人』を。

 そしてその人間の折原恵人を、ノアは好きだと言ってくれた。そんな嬉しいことはない。


「直接話すようになってからも、君は魅力的だった。だからもっと好きになった。千年以上恋なんて興味なかったのに、君のことだけは気になった。信じて、くれるかな?」


 誰にも好かれたことなんてない。

 いつもそれとは逆の感情を向けられて生きてきた。

 愛情なんて知らない。

 恋なんてもってのほかだ。

 だから、知りたい。

 愛情を、恋を、この呪われた身でも許されるというのであれば。


「ノアの気持ち、すごい嬉しい。でも俺には、それを受け止めきれる土台がないんだ。愛情も恋愛も、何も知らない」

「うん」


 ノアは静かに、相槌を打った。

 意を決する。

 息を大きく吸って、吐く。


「だから、それもノアに教えてほしいんだ。ノアのことを好きになる土台を、ノアに作って欲しいんだ」


 馬鹿げた提案だと思う。

 自分のことが好きな相手に、自分が相手を好きになれる下地を作ってくれと頼んでいるのだから。

 あまりにも傲慢で厚かましい。

 一般的な感性を持った人間ならば、到底受け入れられない提案。

 けれどノアは、満面の笑みを恵人に向け、


「うん、任せて!」


 と、元気に言い放った。

 ――ああ、そうだった。

 彼女は吸血鬼だった。

 人間の尺度や価値観なんて、彼女には関係がない。

 身体も思考も、人間とは作りが違う。

 きっと多くの人間はその事実を受け入れられず、恐怖するだろう。

 だが恵人は違った。

 人間とは決定的に違う彼女に、一種の安心を覚えていた。

 恵人は人間だが、この呪いのせいで身体は真っ当な人間とは言いづらい。そしてその呪いに付随して生まれた価値観や思考も、通常の人間とズレていると言っても過言ではない。

 だから安心できる。

 どれだけ人間の常識から離れていることを考えていても、きっとノアは理解を示してくれる。そんな確信が恵人にはあった。


「私、恵人に好きになってもらえるように頑張るね!」


 同時に、ノアを都合の良く見てはいけないことも心に刻む。ノアは決して恵人のものじゃない。彼女は尊ぶべき存在なのだ。

 ノアのことを大切にする。その意識だけは決して忘れぬよう心のなかで誓いを立て、恵人はノアに向き直った。


「じゃあ、帰ろうか」

「うん、帰ろ」


 出会って一ヶ月、ようやく心で繋がれた気がして、恵人はノアと手を繋ぎながら帰路についた。


          ◆


「じゃあ、寝室行こっか」


 ご飯を食べお風呂に入り、二人でくつろいでいる時。突然、ノアが言った。


「え、もう寝るの?」


 時刻はまだ夜の十時を過ぎたところ。確かに疲れてはいるが、寝るのには少し早い。


「まあまあ」


 そんなノアに押し切られる形で、恵人は寝室がある二階への階段を登った。



「さあさ、座って座って」


 ノアに促されるまま、恵人は両肩を押されベッドに座らせられた。

 状況が一切飲み込めない恵人を見て楽しんでいるのか、ニコニコしながらノアが隣に座ってくる。

 だがその距離は非常に、近い。

 服の布越しにノアの体温が伝わってくる。

 ノアの息遣いが聞こえてくる。

 一ヶ月一緒に暮らしてきたが、ここまで近いのは初めてだ。さすがに緊張する。


「ど、どうしたの、ノア。なんか、いつもより近いけど……」

「ん?」


 聞こえているはずなのにとぼけながら、ノアはさらに距離を詰めてきて腕を組み始めた。


 ノアの柔らかい胸が腕に当たる。


「……当たってますけど」

「当ててますけど」


 そんな使い古されたやりとりも許されるような、甘い雰囲気。そんな空気を、ノアが一瞬で作り上げてしまった。


「恵人、私のこと知りたいって言ったじゃない?」

「言ったね」

「私もね、私の全部を、恵人に知ってほしい」


 思わず聴き惚れてしまいそうな声音で、ノアが続ける。


「だからね、私とセックスしてほしいの」


 思ってもなかった言葉に、恵人は固まってしまう。聞き間違いでなければ、ノアはなんだかとんでもないことを言い出している。


「あれ? 聞こえなかった? 私とセッ――」

「聞こえてる! 聞こえてるから!」

「じゃあどうして固まるの?」

「聞こえてるからだよ!」


 固まって当然だろ!と言いたいところだ。

 ノアのことを知るという行為と、ノアが提示した行為に一体どんな因果関係があるというのか。発想が突飛すぎて、ついていけない。


「なんでまた、急に」

「うーんと、もちろん時間をかけて相手のことをしることも大切だけどね、これを通してでしか知ることができないことも多いから、かな」

「はあ……」


 そういう経験が一切ないどころかそれをしたら相手が死んでしまう恵人は、そんなことを考えたこともなかった。そもそもそんな選択肢があることさえ、忘れてしまっていた。


「私とするの、嫌? そんなに魅力ない?」

 問われて、改めて目の前のノアを視る。

 お風呂から出た直後からか、頬が少し赤らんでいて、髪先も湿っている。それが妙に艶めかしい。

 長いまつげ。

 凛とした瞳。

 綺麗に通った鼻筋。

 柔らかそうな唇。

 その生物として完成された美しさは、出会った時から変わらない。


「そんなわけ、ない。ノアは今まで見てきたどんなものよりも、綺麗だ」

「じゃあ、どうして?」

「……俺から何も差し出せてないのに、ノアからの好意を一方的に受け取るのは、駄目なんだ」

「私がいいって言っているのに?」

「うん」

「君はなかなか、頑固だね」

「そうらしいね」


 自分が納得できないことは、どうしてもできなかった。

 けれど自分が納得できる形なら、一個だけある。


「だからノア、俺の血を吸ってほしい」


 この一ヶ月、ノアは恵人の血を吸わなかった。いくらでもタイミングはあったはずなのに、決して吸おうとはしなかった。

 それがどういった理由からなのかはわからない。

 だが、自分のことを考えてのことだというのは、さすがの恵人にもわかった。

 ノアは優しい。

 恵人がこの生活になれるまで待ってくれていたのだろう。

 だからこそ、自ら提示したかった。

 その優しさに返すつもりで、偉そうではあるが血を飲んでいいよと、言いたかったのだ。


「……いいの?」

「いいもなにも、そういう契約でしょ」


 恵人が血を提供する代わりに、ノアが恵人を守る。それが当初の契約だ。まあそこに、「ノアのことを好きにしていい」というのも含まれているのだが。


「正直ね、言い出しづらかったんだ。人間にとって吸血は未知の行為でしょ? だから、怖いかなって」


 ノアは自らが優位に立てる契約を結んでもなお、恵人のことを心配してくれていたのだ。そんな心優しいノアに、恵人が自らの血を差し出さないのは、道理が通らない。


「怖くないよ、大丈夫」

「私のこと、受け入れてくれるの?」

「ノアが俺のこと大事にしてくれているように、俺もノアのこと大事にしたいと思ってるから」


 ノアが幸せそうな笑みを浮かべる。瞳も、心なしか潤んでいるように見えた。


「うん、うん……、ありがとう、恵人。じゃあ、いただきます」

「どうぞ」


 ノアが恵人の首筋に歯を立てる。

 なんとなく痛いのだろうと思っていたが、痛みはなかった。

 首に二つの小さな穴が空いた感覚。普段は普通の歯並びをしているノアだが、吸血のときは尖るらしい。

 一瞬首筋からノアの顔が離れ、牙が抜かれる。そして間髪入れず、吸血に至る。

 ちゅーと、血が吸われる音が聞こえる。

 採血の時とはまた違う感覚。採られることと吸われることの違いはこんなにもあるのかと、そんな場違いな感想を抱く。

 不思議と、心地よかった。

 血は確かに吸われている。

 だがそこに違和感や不快感は一切ない。

 自然と両手がノアの腰に回り、抱きしめる形になる。

 ずっとこうしていたい。

 そう思えるほど、この時間が尊く、愛おしいものだと感じていた。

 どれほどそうしていたか、ノアの「ぷはあっ」という声で意識がはっきりとする。

 ノアは恵人の首筋から離れ、そのまま恵人に抱きついた。


「……私は恵人の血を吸うために生まれてきたのかもしれない」

「それは、光栄だね」

「おかげで吸いすぎちゃった」

「貧血になるかも」

「そしたら看病してあげる」


 ノアはそのまま恵人に体重を預けて、恵人はノアに押し倒されるような形でベッドに倒れた。そのすぐ横に、ノアも寝転ぶ。


「血、吸ったね」

「吸われたね」

「すごい美味しかった」

「それはよかった」


 中身があるようでない会話をしながら、二人は手をつなぐ。


「でもしばらくいいかも」

「なんで?」

「だって、なくなっちゃう」

「レバーたくさん食べるよ」


 次第に指が絡んで、恋人繋ぎになる。

 体が熱い。

 血は減っているはずなのに、心臓が高鳴って血が全身を巡っていく。


「恵人」


 それは、ひどく優しい声音だった。

 全てを包み込むような、穏やかな声。

 だから次の一言で、恵人の理性は弾け飛んだ。


「いいよ」


 その言葉を合図に、恵人はノアに覆い被さった。

 唇を重ねた。

 身体を、重ねた。

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