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新月の夜、吸血鬼と出会った。  作者: 結城 ユウキ
第二章 吸血鬼と日常
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第五話

 翌朝、恵人はアラームで目を覚ました。

 無味乾燥な音が、やけに不快だ。今まではこれが日常であったのに、朝起こしてもらうという経験してしまうと何か物足りなく感じてしまうのは、傲慢だろうか。

 朝から気分が重い。

 昨日ノアに対して言った言葉が頭の中で反芻する。


「……よくもまあ、あんな酷いことを言えるもんだよな」


 自虐的に呟き、恵人は頭をガシガシと掻いた。

 少し冷静になればよかっただけなのに、深呼吸すればよかっただけなのに。

 感情に任せて思ったことをそのまま言ってしまった。

 感情で行動するのであれば、それは人間らしいとは言えない。

 人間の気持ちを理解して、酷いことを言われても決して取り乱さないノアの方がよっぽど人間らしいじゃないか。

 恵人は大きく嘆息した。

 ノアのことを考えると胸が苦しい、息が詰まる。

 けれど今日も学校だ。ここで学校からも逃げるようであれば、きっとノアからも逃げ続けてしまう。


(もう一人、謝りたい奴もいるしな)


 ふう、と息を吐いて呼吸を整える。

 気合いを入れ直して、恵人はベッドから立ち上がった。



 身支度を整えて一階に降りると、思いもよらぬ光景が眼前に広がっていた。

 そこには恵人の分の朝食、そしてお弁当までもが用意されていたのだ。


「ノア……」


 リビングにノアの気配はもうない。考えられるのは、恵人がまだ寝ている早朝、一度帰宅して朝食とお弁当を作ってからまた家を出たということ。

 本当に頭が上がらない。

 あれだけ酷いことを言ったのに、なおも恵人のために料理を作ってくれる。学校に着て行くシャツも、アイロンがかかっている。


「……ちゃんと、謝らないとな」


 誤って許してくれるかどうかはわからない。謝罪という行為自体、自己満足かもしれない。

 それでも、恵人はノアに謝りたかった。

 これからもノアと一緒にいるために。

 ノアに恥じない自分でいるために。



 ノアとの問題を解決するために、もう一つ、すっきりさせておきたいことが恵人にはあった。

 昨日の楓とのやりとりだ。

 ノアに対して取った態度と負けず劣らず、酷い対応をしてしまったと思っていた。

 しかし、楓はクラスの中心人物。いつ何時だって隣には友達がいるし、声をかけているところを見られようものなら楓に迷惑がかかる。

 どうやってコンタクトを取ろうか頭を悩ませているうちに、お昼休みに突入してしまった。時間が経つのは早いものだ。

 このまま考え続けても仕方がないことを悟り、恵人はお弁当を持っていつものところへと向かった。

 この階段周辺は相変わらず人気が皆無で安心する。

 階段に腰をかけお弁当箱を広げると、昨日と違うおかずが所狭しと並んでいた。非常に美味しそうだ。


「よし、いただき――」

「あ、やっぱりここだ」


 階段の踊り場からひょこっと顔を出したのは、渦中の人物、南條楓であった。


「……既視感のある登場の仕方だな」

「実は狙ってました」


 悪びれる様子もなく、楓はそんなことを言ってのける。


「隣、座っていい?」

「昨日は聞かなかったろ……」

「そうだったっけ?」


 そう言って楓は恵人の隣に腰掛けた。心なしか昨日より距離が近い気がするが、気にしたら楓の思う壺な気がして言うのはやめておいた。

 思っていた反応と違ったのか楓が不服そうな顔をしているが、そんなの恵人の知ったことではない。

 そんな恵人に飽きたのか、楓は徐にお弁当箱を取り出した。


「ここで食べるのか?」

「ダメ?」

「……そういうわけではないけど」


 友達がたくさんいるクラスの人気者がここで食べる理由が全くもってわからない。昨日と違って用事もないだろうに。

 けれど、この再会自体は恵人にとってかなり都合がいい。


「でも、ちょうどよかった。南條に言いたいことがあったんだ」


 恵人は息を吐き出して、そう切り出した。


「言いたいこと?」


 楓は自然な様子で首を傾げる。


「……昨日はごめん。急に怒鳴ったりして。気分悪かっただろ」


 それは心の底から出た、素直な謝罪。

 きっとノアと出会ってなければ、こんな謝罪自体することはなかったし、できなかっただろう。

 ノアに救われた。

 この事実に変わりはないし、その相手を罵ったことの罪悪感が今も消えない。

 そんな恵人とは裏腹に、その謝罪を受けた楓は目をぱちくりさせている。


「なんだよ」

「――いや、謝るタイプだと思ってなかったから」

「失礼すぎる」


 まだ話して二日だと言うのに、楓は随分と容赦がない。それ故に、話しやすくもあるが。


「というか、私も謝りたくて今日ここに来たんだよ」

「そうなのか?」

「うん。……昨日はごめんなさい。かなりデリカシーのないことをした。反省してる」


 今度は恵人が狐につままれたような顔になった。

 恵人が楓に謝る場面ならばまだ想像できる。クラスの日陰者がクラスの人気者に謝るなんてものは、フィクションでも現実でも起きていた。

 けれどその逆というのは、どうも現実味がない。


「何よその顔は」

「いや、正気かなって……」

「正気だよ! 失礼なのはそっちもじゃん!」


 失礼具合はお互い様であった。



 恵人と楓は互いに謝罪を終え、昼食を再開した。


「お弁当、自分で作ってるの?」

「いや、同居人が」

「ふーん……。一緒に暮らすの、大変じゃない?」


 当然、楓は同居人を人間だと思っている。人間ならば恵人に触れた時点で死ぬため、その疑問はもっともであった。

 つい反射で事実を言ってしまったが、もう少し考えて発言すればよかったと恵人は後悔した。

 吸血鬼であることは言えない。どうにかして誤魔化すしかない。


「あー……、まあ、細心の注意を払って」

「怪しいな……。ま、いいけど。お相手は例の親戚?」

「そうだけど……」

「えー!いいなあ! あんな美人と暮らしてたらそりゃ私ごときじゃ揺れ動かないね」


 やっぱり自分の顔の良さを自覚した上での行動だったらしい。ノアで耐性がついていてよかった。


「というか、なんで顔知ってるんだ?」

「あー、なんかクラスの子が写真撮ってた」

「盗撮じゃねえか」

「ちゃんと言っといたから次からはしないと思うよ」

「ほんとかよ」


 画像自体は見たが、楓としても盗撮はいただけないらしい。なんとなく、学生がノリでやってしまう犯罪に緩いイメージがあったが、そんなこともないらしい。自分の偏見具合にほとほと呆れる。


「私、こう見えて意外と真面目なんだよ?」

「はいはい、わかったよ。その真面目な南條さんは、二日連続でこんなとこに来ていいんですか」


 恵人が軽口を叩くと、楓の表情が少し曇った。


「……私がいなくても何も問題ないよ」

「友達じゃないのか?」

「友達、ね。折原はさ、友達の定義ってなんだと思う?」

「友達いたことないからわからん」

「真面目に聞いてるんだけど」

「真面目に答えてるんだよ」


 友達という存在を持ち得なかった恵人にとって、友達の定義など知る由もなければ考えたこともない。

 そもそも友達なんてできるわけがないのだから、そんなこと考えたって無駄なのだ。


「いると仮定して、言ってみてよ」

「無茶言うなよ……」


 そう言いながらも、恵人は自分なりに考えてみた。

 連絡先を交換したら? 

 今の時代それだけじゃただの知り合い止まりだ。

 一緒に遊んだら?

 どこかに出かけたくらいで、本当の意味で友達になれるとは思わない。

 少なくとも、何かをしたら友達、ではないと恵人は思った。


「良いことも悪いことも、言いたいことを言い合える関係性だったら、友達って言えるんじゃないか」


 そのくらいの答えしか、恵人には用意できない。

 これで楓が納得するとも思えないが、今の恵人にできる精一杯だ。

 けれど楓は、虚を衝かれたような顔をしていた。


「……君は意外と、核心をつくね」

「そうか?」

「それが全てとは言わないけど、それも一つの形だと私は思うよ」

「そんな友達が、うじゃうじゃいるのでは?」

「私のことなんだと思ってるの?」


 ふっと鼻で笑い、楓は目を伏せ自身の爪を見つめる。


「いないよ、そんな友達」

「一人も?」

「一人も」

「それは、意外だな」


 楓はクラスの中心人物。

 クラス替えをしてまだ日は浅いが、既にその地位を築いている。

 当然彼女を慕うものは男女関係なく多く、楓が一人でいるところを恵人は見たことがない。

 そういえば一年の頃も目立っていたなと、恵人は今更のように思い出した。


「まあでも、一緒にいる人間がいるだけマシだろ」

「……ここは、優しく慰めてくれるもんじゃないの?」

「甘えんな。こちとら学校に一緒にいてくれる人間すらいないんだぞ。むしろ俺を慰めろ」


 空気のように扱われている中健気に登校しているのだ。慰めるどころか褒めてもらいたいくらいだ。


「でも」


 恵人は続ける。


「そんなに急ぐ必要ないと思うけど、俺は」

「え?」

「南條だったらこれからいくらでも出会いがあるだろ。高校生のうちに友達という友達ができなくても大学、社会人ってあるわけで。だから今友達がいないことを嘆かなくてもいいと思うんだけど」


 そうだ、楓は恵人と違ってこれからも多くの人に出会う。

 全員が友達になり得る存在ではないだろうが、こんな狭い世界ではなく、もっと広い世界で会う人間は多種多様だ。

 その中で楓の感性に合うような人間が一人や二人絶対にいる。

 だから今気にすることではないと、恵人は思った。


「さすが、友達がいない人は言うことが違うね」


 最初は面食らっていた楓も、微笑みながらそう言った。彼女の中で、合点がいったのかもしれない。


「まあ友達いない歴イコール年齢だからな」

「友達がいない時に使うフレーズじゃないな……」


 ただ、昨日とノアとの問題の中心であった『友達』という話題で恵人が担がれるような形になるのは、少し罪悪感というか耳が痛いというか、とにかく良い気持ちではない。


「なんか浮かない顔してるね。何かあった?」


 そんな恵人の様子を察してか、楓が恵人の顔を覗き込みながら聞いてきた。


「――いや、なんでもないよ」


 正直、人に話したい内容ではなかった。自分の中で答えは出ているし、楓に話してその結論が変わるとも思えなかった。

 だから話したくなかったのだが。


「ふーん……」

「……なんだよ」

「いや別に? 乙女から本音を聞き出して心の奥底まで覗き見たくせに自分は何も話さないなんて都合のいい奴がいるんだなあと思ってるだけだけど?」


 楓は完全に不貞腐れている。声音も完全に拗ねている。

 恵人としては放っておいてもよかったが、確かに楓の言うことにも一理ある。 

 何よりも楓は今日もここに来てくれた。

 それに対して何か返すと言う意味でも、話さざるを得ない恵人であった。


「……わかったよ。話すから、機嫌戻してくれ」

「うん、わかった」


 さっきまでの不貞腐れた態度はどこへ行ったのか、楓はケロッといつも通りになった。

 この女の仮面には二度と騙されないぞと誓いつつ、恵人は話し始める。


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