第1話:ギフト
人生は一度切り。誰もが知る当然の事実だ。普通の男子高校生、日暮アオイも当然それを知っていた。そして多くの友人たちと同様に、その人生の使い方はまだ定まってはいなかった。
『望むなら、力を与えよう。』
下校中のアオイの脳内に、突如として声が響いた。アオイは反射的に振り向くが、そこには同じように下校する桜岡高校の生徒たちがまばらにいるだけだ。彼は既にその声が何か超越的な存在によるものだと直感していた。
『その腕は巨岩を支え、その足は千里を一夜にして駆け、その拳はあらゆる悪を砕く。』
声は続いた。言葉と共にその光景が想像として映し出される。疑いようのない超常現象を目の前にした凡人に、その誘惑を断つ選択肢はなかった。
「ください、その力!」
直後、夢見のような視界の中で、その身に漲る力を感じた。次の瞬間には浮足立つ感覚は収まっていたが、実感だけは確かに残されている。アオイが感謝を告げようとしたその時、再び脳内に声が響いた。
『ただし、力を使えるのは10分だ。』
そうして、アオイは元の現実へと引き戻された。ただ一つ、力を得て。
家に帰ったアオイは通学鞄を自室へ投げ入れ、すぐにガレージへ向かった。
「よし…」
アオイは目を瞑り、体の中にある力に集中する。力を与えられた時の感覚を思い出しながら全身に力を入れると、心臓が強く鼓動して全身に力が漲り始めた。その場に立ち尽くしているだけだというのに、アオイに不思議な全能感が芽生える。
「まずは…"巨岩を支え"、だ。」
アオイはそう呟いて付近を見回し、父親が昔乗っていたという軽自動車を見つけた。軽やかに歩いてその後ろ側に回って車体の下に手をかける。一息ついて、力を込めると…
ゴン
と音がして車体が天井にぶつかった。慌てて手を離すと、今度はタイヤが地面にぶつかりまた大きな音が鳴った。冷や汗を垂らしながら、車の上部を確認するとかなり大きめにへこんでいた。天井の方は、見た限りでは大丈夫そうだ。ここでアオイはあることに気づいた。
「あれ、俺、こんなに背高かったっけ。」
アオイは本来、同年代と比べてあまり背の高い方ではない。車の上部を確認するなら、基本は踏み台が必要だ。しかし今は、何もしていないのに俯瞰している。ふと足元に違和感を感じ、下を向く。浮いていた。30cmほどだが確かに浮いていた。
「飛べるって言ってたっけ?」
そう言いつつ、感覚に任せてガレージ内を飛び回ってみる。先ほどの失敗を踏まえ、今度はだんだんと速度を上げてみる。飛行という行為は人類が叶えた大望の1つだ。例え低い天井に阻まれていてもその高揚はアオイにとってかつてないものだった。その高揚は速度の向上とともに増大していく。間もなくガレージでは窮屈に感じる速度に到達し、アオイは床上に帰った。
「次は"千里を一夜にして駆け"を…いや、やっぱ"拳"気になるなぁ…」
アオイがそう口にした時、遠くから母親の声とエンジン音が聞こえた。焦りながら車を丁寧に元の位置に戻し、急いで部屋に戻る。通学鞄をひっくり返し、課題を机の上に散らかして布団に潜り込み息を潜めた。耳を澄ましていると、その音がまだ遠いことに気づいた。聴覚までも強化されているのかと不意の気づきに驚きつつ、息を整えて心を落ち着かせた。力みが取れるような感覚と共に、聞こえていた音は薄れて聞こえなくなっていった。完全に聞こえなくなった時、目の前に数字が表れた。
08:57.80
それがこの力の残り時間だということをアオイは直感で理解した。"力を使えるのは10分だ"。その言葉が脳内にこだまする。ガレージ内で1分も使ってしまったことに勿体なさを感じつつも、今は先ほどまでの高揚を胸に抱いて目を閉じた。アオイはそのまま翌朝まで眠ってしまった。